地下大迷宮2
「この下に第一居住区につながる通路が走っているはずだ。上からの測定では、およそ一メートルから二メートルの深さにある。ここを最低限の爆弾で穴を開けなければいけない。できるか?」
「まーかせて! このくらいなんでもないわ」
爆発が大きすぎれば、爆風が逆流し気圧が上がり、穴が大きすぎれば気圧が下がる。どちらもエアコンプレッサーが警報を発する。
だからといって、小さい爆発を何度も繰り返せばいいというものではない。爆破した後は地盤が緩み、再度爆弾を仕掛ける前に、これ以上崩れないことを確認しなければいけない。この作業は非常に手間と時間がかかり、できれば一度で済ませたい。
クレアは自分のバックパックからいくつもの音響センサーを取り出し、地面に設置し始めた。そして、それぞれの端子を万能アナライザーに接続した。非常に微妙な作業のため、念入りに調整する。
音響センサーは音をキャッチするのと、自ら発するのと二つの機能がある。あるセンサーから発した音を別のセンサーで捉えることにより、地層の状態や固さなどを調べられるのだ。
しかし、どのくらいの爆弾をどこへ仕掛けるかは、人間が判断しなければいけない。もちろんコンピュータでもできるが、かなり大型の物が必要だ。今の状況では、使えようはずもなかった。
クレアは万能アナライザーを目ま苦しく操作し、地層マップを作成していく。
地層マップの作成が終了した後、そのデータをハンディコンピュータに移し、計算と簡単なシミュレーションを行う。その結果を元に、爆弾を数ヶ所に仕掛けた。
ここまでにおよそ一時間ほどかかった。すでに日は傾き、空は真っ赤に染まっていた。
「やるわよ。頭引っ込めて」
二人は、窪地に身を潜めた。そして、クレアが起爆スイッチを押す。腹にずんと突き上げるような衝撃が来て、その後、吹き飛ばされた砂塵が降ってくる。
爆破した付近は砂煙で覆われていたが、すぐに風が洗い流した。
「うまくいったかな?」
二人は穴の縁から下をのぞき込んだ。そこにはちょうど一人が入れるぐらいの穴が開いていた。
「お見事」
「このぐらいどうって事ないわ」
クレアはこういうが、満足な計測機器もコンピュータもない状態で、これほど正確に爆破できるものではない。一流の腕前だ。
「日が暮れないうちに、下に降りよう」
ハリスは一抱えもありそうな岩を幾つか転がし、足を乗せただけでも崩れそうな脆い部分をこそぎ落とし、多少の衝撃では落盤が起きないことを確認した後、穴にロープを垂らした。ロープの端は、岩の裂け目にハーケンを打ち込み固定する。
「まずおれが降りる。穴が崩れそうになったら知らせてくれ」
ハリスはロープを体に巻き付け、ゆっくりと穴の中へ降りていく。穴の直径は一メートル弱、深さ一メートル半ほどだが、さらにその下の洞窟は直径三メートルぐらいある。
ロープに削られた砂が舞落ち、バイザーを汚し、洞窟の暗さと合いまって、まったく何も見えない。そんな中で、ようやく足が下についた。
そこは、崩れた土や岩が小山のようになり、お世辞にもいい足場とはいえない。
ハリスはバイザーとヘッドランプのほこりを払い、辺りを見回した。しかし、目に付く大きな亀裂はない。少し離れて、拳大の石を天井に当ててみる。やはり崩れるような気配はない。
「いいぞ。降りてこい」
ハリスは、降りてきたクレアを途中で捕まえ、下に降ろしてやる。
「ここはいつ崩れるかわからん。もう少し中に入ってから休もう」
二人は、風上へ向かって歩きだした。
ハリス達は洞窟の少し広くなった所で、極地用宇宙服を脱いだ。まだ居住区は遠いとはいえエアコンプレッサーは十分に効いており、宇宙服は重く邪魔臭いだけだからだ。
二人は持ってきた服に着替え、〈ひっつきほたるくん〉を両肩に付けた。これ一つで、最高二百七十度照らす事ができる。二人の肩で光るほたるくんが、洞窟の内部を隙間なく照らした。その後バックパックから非常用食料を出し、食べ始めた。
「早くちゃんとした物がたべたいよう」
クレアがぼやく。非常用食料は、お世辞にも旨いとはいえない。それをもう二日以上も食べ続けていいかげん嫌になっていた。
「それをいうな。おれだって、こんなもん食いたくなんかないんだから」
重量制限の関係上、吸収効率の悪い通常食料は持ってこれなかったのだ。
「早く食っちまえ。すぐに出発するぞ」
クレアは恨めしそうにハリスを睨んで、一気に残りの固まりを飲み込んだ。
三十分ほど休んで、さらに洞窟の奥へと進んでいく。幸い、極端に狭いところや急な場所もなく、しばらくは順調に進むことができた。
「変だなぁ」
二時間ほど行ったところで、ハリスがつぶやいた。
「どうしたの?」
「いや、気のせいだと思うんだが、風が後ろから吹いてないか?」
「そうかな? よくわかんない」
エアコンプレッサーが送り込む空気は、惑星の気圧よりほんの少し高いだけだ。
風といっても、そよ風程度でしかなく、歩いていたのではよくわからない。
ハリスは立ち止まって風の向きを調べた。
「やっぱり後ろから吹いている。道を間違えたかな」
「そんなはずはないわ。アナライザのマップは、合っているわよ」
クレアはアナライザの表示を見ながらいった。
「さっきあった脇道の位置も正しかったし。単に前の方が気圧低いだけじゃない?」
洞窟は大小様々な通路が複雑に絡まっているために、単純に中心から外へ流れているとは限らない。場所によっては逆流しているところもある。
「もう少しこのまま行ってみよう。そのうち風向きが変わるかもしれない」
ハリス達はそのまま、奥へと進む。しかし三十分後には早くもこの決定を後悔していた。
〈クイーンマリア〉にマッスル・マイヤーから通信が入ったのは、ミリナが冬物のセーターを編んでいた時だった。ハリス達が外へ出てからというものの、ずっと操縦室につめっきりで、必要最低限しか外へ出ていない。
『ハリスはいねえのか?』
ミリナ一人しかいないのを見て、マイヤーがいった。
「みんな寝てる。今はあたしが見張り番なの」
ミリナが、舌っ足らずな声でいった。これは打ち合わせ通りの返答だ。
「なにか用? 起こしてこようか?」
しかしハリス達がいないのをすっかり忘れている。
『お嬢ちゃんでかまわん』
幸い、マイヤーはハリスを呼んで来いとはいわなかった。
『作業が終わった。持ち込んだ装備を回収した後、ここを出る。きっちり二十四時間後だ。そん時までにグロムじーさんも下に降ろしておく。そう伝えといてくれ。
わかったか?』
「うん、わかった」
『じゃあな』
通信が切れた。
……今頃は、まだ洞窟に入ったばかりかな? 予定だと……うーんちょっときわどいなぁ。ま、いいか。
作戦が始まった以上、ハリス達に知らせる方法はない。
「ひい、ふう、み……」
ミリナは中断された編み物を再開した。