地下大迷宮1
開発基地の通信室で、マッスル・マイヤーはドン・グレイトの参謀、キル・フォースの指示を仰いでいた。元々彼はあまり考えることが得意ではなく、とにかく暴れていればいいという性格だったから、キル・フォースのいう、こ難しいことはあまり好きではなかった。特に、思いっきり暴れさせてくれないことが気に入らなかった。
しかしながら、彼が来てからは、被害が少なく上がりが増えたことも事実なので、おとなしく指示にしたがっている。マッスル・マイヤーはできる人間には敬意を払うのだ。それは部下に対しても同様で、ドン・グレイトに次ぐNo.2の地位を得ているのも伊達ではない。もしマイヤーとキル・フォースの意見が割れたら、部下達は間違いなくマイヤーの側につくだろう。
もちろんその辺はキル・フォースも心得ているらしく、決して無理強いすることはなかった。
「解読作業の方はほとんど終わりだ。重要な項目に対してはもういくつかのプロテクトがかけられているようだが、時間の問題だそうだ」
『そうか。それならそろそろ撤退の準備を始めてくれ。長居は無用だ』
高度な暗号通信のため、スクリーンには白いノイズしか映っていない。コンピュータの処理が映像の暗号化と復元までまわらないせいだ。
「ここの職員はどうする? ほっといていいのか?」
『やはり始末するしかないだろう。金になる木は独り占めするに限る』
「まあそうだろうなぁ。しかし、上にいる船はどうするんだ。軌道要塞とやり合えるような化け物とドンパチなんかしたくねえぜ」
『そのことだが、ちょっと外へ出て調べたところ、そいつのはったりだったらしい。
設計上ではそうなっているが、実際にはそこまでいかず、失敗作としてハリス・ホワイトに払い下げられている』
「おめのそのデータがどこから出ているかはしらねーが、本当だろうな? まさか俺をはめる気じゃあるめぇな?」
『馬鹿なことをいうな。だが、情報が二転三転していることから、情報操作されている可能性が高い。まともにやり合うのは避けた方がいいだろう』
「じゃあどうするんだ?」
『基地周辺に爆弾を仕掛けるんだ。数発のテラトン級で十分だろう。我等が立ち去った後、基地に降りるはずだ。そこを狙って爆破する』
「降りなかったら?」
『そんなことはないと思うが、無人機を待機させておき、基地を攻撃させろ。そうすれば降りてくるだろう。着陸しなくても、テラトン級なら、破片一つ残らない』
普通、ミサイルに搭載している弾頭は数キロトンから数メガトンぐらいである。
これでも直撃すれば、戦艦といえどもひとたまりもない。その百万倍以上の爆弾となれば、想像を絶する物がある。普通テラトン級といえば、小惑星や巨大隕石を破壊するのに使う爆弾で、攻撃で使うようなことはあまりない。
「わかった。解読作業が終了次第連絡を入れる」
マイヤーはそういって通信を切った。
男が歩いていた。その男の背にはまだ七、八才の少女がおぶさっていた。少女は、父の大きな背と力強い腕に守られて、安心しきってうたた寝を始めた。父が歩く度にかすかに揺れるリズムが、ことさら眠気を誘う。
そこでクレアは目が覚めた。
なぜ、今まで思い出しもしなかった夢を見たのかわかった。彼女はハリスにおぶわれていたのだ。
その大きな背と歩くリズムは、父のものとそっくりだった。
「もうだいじょうぶよ。降ろしてちょうだい」
「気がついたのか? 意識がはっきりしないようならまだおぶさっていてもいいんだぞ」
「意識ははっきりしているわ。たぶん歩けると思う」
ハリスは立ち止まり、クレアを降ろした。
「どのぐらいおぶってくれたの?」
「三時間ぐらいかな? 宇宙服の生体センサーには異常はなかったから、下に降りてからすぐに出発したんだ」
「重かったでしょう?」
クレアの体重は三十九キログラムだが、極地用宇宙服は十キログラムあり、さらにバックパック等を合わせると、八十キログラム近い重量を背負って歩いたことになる。
「たいしたことはないさ。それより急ごう。日が暮れる前に基地につながる洞窟を見付けたい」
二人は並んで歩き出す。
この辺は造山運動がかなり前に終了しているためか、地面は風化が進み、なだらかで、比較的歩きやすかった。
「でもよく平気だったわね? 十Gの加速にあんなしゃがんだ様なかっこうで……」
やはりこうして生きているからには、ハリスがバルブを開けてくれたのだろう。
「定期的に高重力下での格闘訓練を受けているからね。十Gはちょっときつかったが、バルブを開けるぐらいはできた」
「格闘訓練って、レスリングか何か?」
クレアは前にコブラツイストをかけられたのを思い出した。
「いろいろさ。でも、レスリングみたいな寝技は高重力でもあまり関係がないから、立ち技にボクシングか空手の訓練が多いけど」
「探偵って、そんなことまでやるの?」
「調査には危険が付き物だし、護衛なんかも受けるつもりだから、受けられる訓練はみんな受けている」
「あたし格闘技はイマイチなのよね。ミリナにいつも負けちゃうし。ミリナってトロそうに見えるのに、凄い強いのよ」
クレアは機械や銃、爆発物の取り扱いではミリナに勝るが、格闘技では勝ったことがない。ただこれはクレアが劣っているわけではなく、ミリナが強すぎるのだった。クレアにしても、年齢と体重が同じクラスならば、大抵の男子にすら負けない実力の持ち主だ。
「それなら今度、お手合わせ願いたいな」
「だめよ! ミリナが得意とする格闘技って、プロレスなんだもの。男の人とやらせるわけにはいかないわ」
「なるほど、あの時かけた技で喜ぶわけだ。まっ、クレアと一度対戦したからいいか」
クレアは思わず顔を赤くする。ハリスには、言葉にするのも恥ずかしい、まんじ固めとコブラツイストをかけられたのだ。この責任は取ってもらわねば、と密かに思うクレアだった。
それから二時間ほど歩いて、ようやく目的の場所についた。
ハリスはバックパックから万能アナライザーを取り出し、正確な位置を測定する。