惑星〈ドラン〉6
「あたしも行くわ!」
クレアは、ハリスに向き直っていった。
「だめだ。危険すぎる。この船にいれば少なくとも、クレアたちは逃げられる。もしおれが失敗した時は、この星系を脱出して王国に知らせるんだ」
「いやよ。失敗なんかさせないわ。そのためにあたしも行くの。第一、基地のある洞窟は迷路も同じよ。ハリスが迷子になるかもしれないじゃない」
「おいおい、そこいらのガキと一緒にするなよ。主要通路は、地表をセンシングして把握している。迷子にはならん」
「あたしを連れていくとお得よ。なにしろ細かい通路まで知っているんだから」
彼女達がここへ来たのは洞窟探検のためであり、前もって洞窟の構造を催眠学習にて頭に叩き込んでいた。
「だったら、ここで地図を書け」
「い・や・よ!!」
クレアはおもいっきり、イーをした。
「いいかげんにしろ! 遊びじゃないんだ。敵のただ中へ、ほとんどまる腰でいかなきゃいけないんだ。そんな中へ女子供を連れていくわけにはいかない」
「いいかげんにしない。遊びじゃないもん。おじいちゃんと基地の人たちを助けるために、あたしもなにかしたいの」
クレアは目にいっぱいの涙を溜めて訴える。
「わかった。連れていこう。そのかわり足手まといになるようなら、有無をいわさず置いていくぞ」
ハリスはクレアの頭をくしゃくしゃにしながらいった。
「クレア、足手まといになんかならないもん。きっと役にたつわよ」
クレアは髪をくしゃくしゃにしているおっきな手に、なにか心地好い物を感じながらいった。
それから十二時間後、ハリスとクレアは、〈ドラン〉に向けて落下していた。出る前にミリナと一悶着あったが、冷蔵庫にあるケーキとフルーツをみんな食べていいって事でなっとくさせた。
二人はロープで繋がれているが、それ以外彼等を繋ぎ止める物はない。大気圏突入用のカプセルはまだ分解されたままだ。一人乗員が増え、少し大きく作り直したため、探知範囲外に収まらなくなったのだ。これは突入寸前に組み立てなければいけない。
その他の荷物は、ヘリウムボンベ四本と、耐熱性のバックパック、それに核融合バーナーだけだ。バックパックはそれぞれが持ち、下で使う装備を入れていた。核融合バーナーとヘリウムボンベのうち二本には、コンピュータ制御の噴射装置が付けられている。これにより、大気圏突入直前まで何もしなくていい。
「気分はどうだ? 気持ち悪くないか?」
重力コントローラが普及してからは、宇宙空間とはいえ無重力を経験する機会はほとんどなく、熟練したパイロットでも無重力酔いをする。
「だいじょうぶよ。かえって気分がいいくらいだわ」
「やせ我慢じゃないだろうな? いまならまだ引き返せるぞ」
ヘリウムボンベによる推進装置は、あくまで減速用であり、重力に逆らって進むだけのパワーはない。ほんのちょっと船から離れるだけで、もどれなくなってしまう。かといって、パワーのある核融合バーナーでは、熱センサー等に、あっさり引っかかってしまうだろう。核融合バーナーが使えるのは海賊船が〈ドラン〉に隠れている時だけだ。
「A級パイロットの免許取ったのついこの前だもの。まだ無重力に耐性があるわ」
A級パイロットは宇宙でのエリートだ。免許取得試験は激烈を極め、ほとんど合格者がいない。この免許は、中性子星やブラックホール等の高重力星の近辺や、隕石群やガス雲等の劣悪環境の操縦免許で、これさえあれば宇宙のすべてを飛ぶことができる。
こういった宙域では操縦技術の他に、事故や故障による船外作業や救助活動等が重要になる。当然A級の教習や試験にも、無重力および高重力下の船外作業が取り入れられていた。
ただし、この免許は任意であり、劣悪環境を飛ぶのに絶対に必要なわけではない。
なぜなら、個人で飛ぶ場合、危険にさらされるのは自分だけであり、他人に迷惑をかけないからだ。仕事としてならA級がないと困るが、個人的に飛んでみるだけなら、C級以上の免許があれば事実上どこへでも行ける。ハイパードライブが使えないD級では恒星周辺にしか行けないが、恒星や超重力惑星に降りるのはその人の勝手である。B級より下は強制であり王国内や、国交のある国の航路を通る時は、絶対に必要だ。
「そうか……ならいいが。しかし重力が戻るまであと四十八時間もある。もし気持ち悪くなったらすぐにいえよ。遠心力でわずかながら重力を作ってやる」
「うん、わかった」
遠心力は原始的な方法だが効果的である。特に使えるエネルギーに限りがある時は。
重力コントローラは膨大なパワーを消費するのだ。もちろん対消滅エネルギーが使えればそれほど問題ではないが。
ヘリウムガス二本が作り出す加速度は問題にならないほど小さい。
〈クイーンマリア〉を出て四十五時間経過したところで、大気圏突入用カプセルの組み立てに入った。
カプセルの組み立ては驚くほど簡単だ。スイッチ一つで自動的に組上がっていく。
ハリス達がしたのはでき上がったカプセルのチェックだけだ。カプセルは水の滴の様な流線型をしており、摩擦が最低限になるようになっている。
カプセルの下側にはヘリウムボンベ二本が並べられ、冷却と重りの役目を果たす。
ボンベには金属製の枝割れしたパイプが繋がれている。これにはカプセル下部に向けて、何箇所かの噴出口がついていた。
カプセル上部には、三段になったパラシュートがつけられ、高度計と連動し、規定の高度で自動的に開くようになっている。一段目は、耐熱フィルムでできた小型のパラシュートで、わずか三十秒で切り放される。二段目は少し大きく、一分ほどで切り放される。速度が高すぎるため、耐熱フィルムといえども、そうはもたない。
しかもパラシュートという性質上あまり厚くすることはできない。そして三段目が、地上に降ろしてくれるのだ。
「大気圏突入まであと三十秒だ。準備はいいか?」
「だいじょうぶよ。すべて固定したし、ヘリウムガスの噴出準備もできているわ」
宇宙空間では質量や密度に関わらず、重力井戸への落下速度は一定である。しかし、大気圏内では、面積が小さく重い方が速くなる。よって突入直後は多少振り回されてしまうのだ。
「突入するぞ」
ハリスの声と同時に、身体がひっくり返ったようになり、クレアは身体をばたつかせたが、すぐに下が“下”として感じられるようになった。四十八時間ぶりに、わずかではあるが重力を感じた。
しかし変化はそれだけではない。カプセル内に備え付けた温度計が見る見るうちに上昇していっている。うすい大気ではあるが、突入速度があまりにも高いため、その断熱圧縮による熱は膨大なものとなるのだ。
「ヘリウムガス噴出します」
クレアはそういうと一本目のボンベのバルブをゆっくりと開いていった。カプセル内は高温になるため自動制御できず、バルブの開閉は手で行わなければいけないのだ。パラシュートの制御も単純な高度計との組み合わせであり、コンピュータ制御しているわけではない。ヘリウムガスはパイプ内を流れ、断熱膨張によりカプセル内を冷却する。だが温度上昇は止まらず、多少上昇速度が鈍ったぐらいだ。温度計には、耐熱フィルムや耐熱構造材が耐えられる限界温度が記され、これを超えた場合、カプセルは溶けて空中分解する可能性がある。また、カプセルは耐えられても中の人間は蒸し焼きになっているだろう。
極地用宇宙服は通常装備ならば、高熱に何時間も耐えられるだろうが、今ははるかにエネルギー量の少ない、化学反応系のバッテリーしか繋がっていないため、ほんの僅かな時間しか耐えられない。
二人の耳元で警告音が鳴り、上部の赤ランプが点滅した。パラシュートを開く十秒前の合図だ。クレアは思わず身を固くする。
そして、衝撃が襲ってきた。計器がないので正確にはわからないが、計算ではおよそ五G以上の加速がかかっているはずだ。クレアの体重は百五十キログラム以上、ハリスにいたっては、三百キログラム以上も増えている。
もう少し探知外の質量に余裕があれば、パラシュートをもう何段かに分ける。あるいは、耐熱フィルムを厚くして、高熱にも耐えられるようにすれば、ゆっくり減速できたのだが……
わずか三十秒のはずなのに、クレアには何時間にも思えた。
身動き一つできない。呼吸するのもつらいほどだ。
これだけの加速にも関わらず、落ちた速度はマッハ一ぐらい。しかも二段目は一段目をさらに上回る加速が、倍の時間もかかる。
「ヘリウムボンベ二本目開けます」
一本目のボンベが残り五分の一を切った時点で、クレアは二本目のボンベのバルブに手を伸ばした。
「ハリス! まわんないよぅ!!」
「なに!」
クレアは両手でバルブを回そうとしたが、びくともしない。
「貸せ!」
ハリスはクレアの手を払い除け、バルブをつかんだ。しかし、開かない。
「バルブが熱で膨張しているんだ!」
一本のボンベはもうほとんど空で、だいぶ噴出量も少なくなっている。
カプセル内の温度は急速に上昇し始めた。
ハリスは体を固定しているベルトを外し、体制を整えた後、再び挑戦した。
「もう温度が限界よ!」
温度計はレッドゾーンに達しようとしていた。
ハリスは呼吸を整え、一気にパワーを爆発させる。わずかに回った気がして、手を離した。しかしそれは回ったわけではなく、心棒が捻れただけだった。
ハリスは、枝別れしたパイプの一本を床から引剥がし、噴出口をバルブに当てた。
しかし、もうほとんどガスは出ていない。
「噴出口をふさげるだけふさげ!」
「うん」
クレアが近くの噴出口に手と足を伸ばし六つほどふさいだ。スカートをはいてたらとてもできないような格好だ。
その時警告音とレッドランプが、二段目を開く十秒前を知らせる。
「ハリス! パラシュートが!!」
二段目のパラシュートは計算では十Gの加速がかかる。極地用宇宙服を着て寝そべり、体重を分散してようやく耐えられる加速だ。打ち身はおろか、下手をすれば骨折することだってありえる。身を起こしていれば床に叩き付けられるだろう。
もちろん動き回ることなどできはしない。
もしパラシュートが開くまでにバルブが開けられない時は、切り放される一分後まで黙って見ているしかない。それまで分解していなければだが……
ハリスはバルブを手で覆い、ガスができるだけ逃げないように冷却をつづけた。
「もうひらいちゃうわよ!!」
「おれの事はいい! 早く寝そべろ!」
クレアは噴出口から手足を離し、素早く寝そべった。
「くっ!」
気持ちを落ち着ける間もなく、十Gの減速に入った。
一段目など子供騙しに感じる程だ。
目の前がすうっと暗くなり、クレアは気を失った。最後に見たのは、レッドゾーン達した温度計だった。