惑星〈ドラン〉5
ハリスは、すぐに惑星開発基地の方と通信をつないだ。そして、ここに来た事情と現在の状況を説明した
「そちらの方はけが人とかありませんか?」
『数人が軽いけがをしただけです。今は、すべての職員が第一居住区に閉じ込められていますが、とくに暴力をふるわれてはいません』
惑星開発基地の警備主任が答えた。
『ネットワークは切られていますが、生活に必要な機器は使えるので、狭いのを除けばこれといった不自由は感じないくらいです』
「どうやら約束は守っているみたいですね。基地の方の被害はどうですか?」
『ほとんど抵抗する暇もないくらいでしたから、一部の防衛機構が破壊されたぐらいです。エアコンプレッサーが停止しない限り、少々の穴が開いたくらいでは有毒ガスも入ってきませんので、私の把握できなかった部分が破壊されていたとしてもだいじょうぶです』
〈ドラン〉の大気は、有毒成分をろ化すれば呼吸することができる。それを利用しない手はない。エアコンプレッサーは大気をろ化した後、〈ドラン〉の大気圧よりわずかに高い気圧で基地内に送り込む。そうすることにより、少々の亀裂や、穴が開いたぐらいでは有毒ガスは入ってこない。かえって、うまく空気を流すために小さな穴を開けているくらいだ。
「そうですか……。しかし今後、どのように状況が進展するかわかりませんので、非常用の食料や、医療品等はすぐに持ち出せるようにし、緊急の最にすかさず行動できるようにしておいて下さい」
『わかりました。物はあまりありませんが、暇だけはたっぷりあるんで、可能なかぎり準備をしておきます』
ハリスはその後二、三の事を聞いて通信を切った。
「ちょっと、コンピュータルームに行く。二人とも適当に休んでいてくれ」
「シミュレーションするの? あたしも手伝おうか? ……こう見えてもあたし、コンピュータには、ちょっと自信があるんだ」
クレアが協力を申し出る。彼女は専門の技術者に比べてもトップクラスの腕前だった。
「いや、いい。コックピットの端末は標準だけど、向こうはテスト的にインターフェイスを変更してあるんだ。慣れないとちょっと使いづらいから、おれ一人でやる。
それに、いつ何が起こるかわからんから、それに備えて休んでおいてくれ」
「うん、わかった。ミリナ、部屋に行こ」
二人が操縦室を出る。その後につづいて、ハリスが出て、コンピュータルームに入った。そして、きっちりロックする。
「ファル、もういいぞ」
“やったぁ! どーも澄ましているのって体質に会わないのよねぇ。回路がこっちゃいそうよ”
部屋の中に突然、十五、六才の少女が現れた。しかしよく見ると、わずかながら後ろが透けて見える。その少女は、精巧な3D映像だった。
「産みの親も育ての親も、固っ苦しいことは嫌いだからな」
“そうね、パパ”
「パパはやめろ。まだおれは十八才なんだぞ」
“あたしは一才よ。このくらいの子供がいてもおかしくないわ”
「お前だけで、十分手がかかるんだ。これ以上は要らん。それより解読作業の方はどうだ?」
“もう終わっているわよ。この程度なら、本気でやれば一時間かからないもの。暇潰しにもならないわ。ハイパードライブはあんなにとろとろだし……。ストレス溜まりそう”
ファルは、軽く溜息をついて見せる。
“いつまで、猫被ってなくちゃいけないの?”
「アーノルドマークIIIが安定していることを証明するまでだ。それまで公開するわけにはいかない」
“それは知っているわ。あたしのいっているのは、それに何日かかるかって事”
「そんな事は、おれだってわからん。ぎりぎりまで追い詰められるような状態になった時、制御がきくかどうかをチェックしないといけない。テストじゃない本物の危機だ。もしかしたら今回の仕事でそうなるかもしれないが……」
“はやくOK.出て欲しいけど、壊されたらやだなぁ”
「致命的な損傷を受ける前にロックが外れると思うけど、多少の損害は避けられないから、今のうち覚悟しておいた方がいいぞ」
“やっぱり日の当たるとこに出るには、しょうがないのね”
「そういうこと。それより仕事だ。今まで知り得た情報に元づきシミュレーションする。おれの出す設問に対して可能性の高い状況を推測してくれ」
“久々に腕をふるえそうね”
「まず……」
ハリスが仮定の状況を続け様に陳べ、それに少し間をおいて、ファルが答える。
これの繰り返しがいつ果てるともなく続いた。
「おれは〈ドラン〉に降りる」
コンピュータルームから出てきたハリスが、とんでもないことをいい出す。
「ちょっとまって。話が見えないわ。辺り一面海賊だらけだというのに、どうやって降りるわけ? あいつ等が素直に降ろさせてくれるとは思わないけど……」
クレアがいった。ミリナは部屋で熟睡中だ。
「シミュレーションした結果、下にいる人質をなんとかしない限りこちらからは動けない上、状況がどう転んでも好転する見込みがないことがわかった。おれは下に行き、人質を解放する」
「あっさりいってくれるけど、この船はあらゆるセンサーで監視されているのよ。
ちょっとでも変な動きを見せたら、すぐに知られちゃうわ」
「それについては解決済だ。やつらの使っているセンサーやレーダーの性能を解析した結果、何とか見つからずに降りられることがわかった。今その準備をしている」
「それって計算が甘いんじゃない? 電波や光によるセンサーぐらいなら、電磁波吸収塗料かなんかでもごまかせるけど、重力センサーやハイパーレーダーをごまかすには、相当に小さい質量や大きさでなくちゃいけないし、エネルギーセンサーなんかだと、対消滅や核反応系のエネルギージェネレータを使ったら一発でひっかかっちゃうわ」
「コンピュータで、引っかからない大きさとエネルギー量を割り出した。その結果、直径二メートルの球体で一トン程度。エネルギーは化学反応系のバッテリーならだいじょうぶだ。〈ドラン〉が近いおかげで、だいぶ精度が落ちているみたいだし」
〈ドラン〉の様な惑星は、電磁波や重力波などを発し、センサーやレーダーなどの精度を著しく低下させる。周りにほとんどなにもない空間なら、野球のボールぐらいでもみつけられるだろうが。
しかも今の場合、海賊達との間には大気層を挾んでいる。その分さらに精度が低下しているはずだ。
「でも、そんな大きさじゃ緊急カプセルぐらいしか出せないわ。まさかそれで降りるつもりじゃないでしょうね? そんなのじゃ大気圏突入なんてできないわよ。重力コントローラが使えれば別だけど、化学反応系のバッテリーじゃパワーが足りないし。海賊達がいる反対側なら重力コントローラも使えるかもしれないけど、そこから基地のあるところまで歩くわけにはいかないでしょ?」
「緊急カプセルじゃないが、それとたいして変わらない。今、自動工房で耐熱フィルムと耐熱構造材で、はりぼての大気圏突入艇を作っている。スピードを落とすために三段のパラシュートを付け、冷却と推進剤として液体ヘリウムのボンベを持っていく。探知能力のほとんどなくなる裏側では小型の核融合バーナーを使用する。
さらに極地用宇宙服を着て行けば、降りるのになんの支障もない」
「無茶よ! パラシュートで降りるなんて聞いたこともないわ」
「大昔、まだ重力コントローラやワープですらできていなかった時代は、そうやって降りていたんだ。今できないはずはない」
「仮に降りられたとしても、どーやって人質を解放するつもり?」
「惑星開発基地は中央にあるエアコンプレッサーを中心にして、放射状に作られているんだろ? ここにガスを流せば、基地全体にまわるまで、わずかな時間しかかからないはずだ。海賊たちを無力化した後、基地の人たちを船に乗せ脱出する」
「それじゃ、基地の人もガスをすっちゃうんじゃない?」
「水溶性の睡眠ガスを使う。口と鼻を濡れたタオルかハンカチで覆えばだいじょうぶだ。まず基地の人たちと接触した後、時間を合わせてガスを流す。ガスは数分でまわり、十分以内には、きれいさっぱりなくなるはずだ。そしたら、みんなを連れて船に乗せ、合図を送る。合図を受け取ったら、〈クイーンマリア〉が攻撃にはいり海賊を引き付ける。その隙に下から脱出するって寸法だ」
「エアコンプレッサーは基地の生命線よ。海賊たちにだってそのぐらいわかってるはずだわ。監視や護衛が相当いるわよ。そんなところに行ったら、すぐに見つかってやられちゃうわ」
「どのぐらいの護衛がいるかはわからんが、やるしかないだろう。下の人質を解放しない限り、結末は皆殺しだった」
「そんな……」
「当然だろう。このことを知っているのはおれたちだけだ。皆殺しにすれば、惑星〈ドリーム〉の事を知る者はいなくなり、ゆっくりと麻薬を精製できる」
クレアは無意識のうちに爪を咬み、考え込んだ。
※1.緊急カプセル
脱出用の簡易宇宙船。
生命維持装置の他、推進装置や緊急用の通信機などを備える。