虫から見た婚約破棄
サラッと読める小ネタです。
はい。虫でーす。ぶんぶんぶん。
俺には人様に大っぴらに言えない趣味がある。十人が聞けば十人、眉を顰める。えーと、つまり悪趣味ってやつで。
今もその悪趣味を慣行中なのだ。
ここは貴族街にある公園。木々の密度が丁度良く、うら若き王侯貴族の子女が逢瀬を重ねる人気の場所。人前では憚られるアンな事やコンな事が行われるのだ。
おっと、勘違いはしないでくれよ? 俺の趣味はそんなイチャコラを覗くことじゃない。断じて違う。むしろ逆。俺が求めているのは──。
「聖女クレア。君との婚約を破棄させてもらう」
──そう。婚約破棄の現場だ。
人生には重要な転機ってモノが幾つかある。入学、就職、結婚。しかーし、俺が好きなのはそれらじゃない。イチャコラでもない。
婚約破棄。こんなに緊張感があって、人間の悲喜交々が濃縮された出来事は他にはない。アンタも一度試してみなよ? やめられなくなっから!
「ユリウス様! 私に何か不満があるというのですか!?」
ほーん。聖女クレアは自信満々、自己肯定感高めだね。これは揉めるやつ、来たァァァ!
「ふん! まさか分からないのか?」
「分かりません! 私は完璧な筈です!」
「……その完璧さ故だ……」
「えっ……?」
あん? どゆこと?
「君の完璧さが……私を追い詰める……。君が隣にいる限り、私の心に安らぎは訪れない……」
こ、この型は新しい!! 滅茶苦茶斬新だぁぁぁー!! やるじゃないの、ユリウス殿下!! さぁ、聖女クレアはどう返す?
「やっぱり私は完璧ではありません! これを見てください!!」
ガサッ! っとドレスの裾をたくし上げる。そして――。
「私、パンツを裏表逆にはいてます!!」
ええっ!! それでいいの? 俺、アンタのことパンツ裏表聖女って呼んじゃうよ!?
「……クレアッ!」
グッとユリウス殿下が彼女を抱き寄せる。大丈夫ですか? パンツ裏表ですよ!!
「君は完璧なんかじゃなかった!!」
はい! そうですね!!
「ユリウス様……」
二人は潤んだ瞳で見つめ合う……。っておかしいだろ!! もう見てられないよ!!
俺はそっと跳び立ち、別の木の枝に止まった。しばらくすると、別の虫がやってくる。
『交代の時間だ。問題なかったか?』
虫は俺だけに聞こえる声で鳴く。お楽しみの時間は終わりだ。急に冷静になる。
『糞みたいな婚約破棄未遂が一件あっただけです。全く、嫌になります』
『おい。自分の趣味を優先するなよ。高貴なる方々の子女を見張ることは我々【虫】の重要な任務だ。この十日間で――』
『婚約破棄をめぐって二件の刃傷沙汰が起きている。でしょ? わかってますよ。……では』
そう言って俺は大きく跳んだ。
公園から足早に離れ、【虫】の巣を目指す。
すれ違う王都の人々は、俺達の存在なんて知らない。
諜報機関なんていっても、やっていることは泥臭い仕事ばかりだ。
俺は目に焼き付いた聖女のパンツに思いを馳せながら、すっかり暗くなった大通りを一人静かに歩くのだった。
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