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第7話「蜂蜜酒で回る依頼」


「エウリアと申します。以後、お見知りおきを」

 そう言って聖女ことエウリアは夕飯の席に着いた。

 聖女が美味しそうにヤギ肉の煮物を見ている様はなんだか悪いことをしているような気分だ。

「ここ最近、教会では魚料理ばかりで飽きていたところなんです」

 シズクとしても自分の作った料理を褒められたようで嬉しいのだが、聖女がこんなところにいていいのかという思いの方が圧倒的に強い。


 シズクとジョーはお互いを見合い、夕飯を食べさせたら教会に送っていこう、と決めていた。


「聖女様でも脂っぽいものを食べていいんですね」

 セキは素直な疑問を口にした。教会ではあまり獣肉は食べないと言われていたが、そうではないらしい。

「ええ、神が人の食事を規制するなんて変ですよ。単純に掃除が面倒だとか、屠畜が教育的に刺激的すぎるだとか、そんな理由ですから。人の好みはあるでしょうけどね」

 エウリアはフランクに説明した。


 食後に皿を片付け、お茶を用意する。チョウジャノキの葉で淹れたお茶だ。

「ところでエウリアさんは……」

「エウリアでいいわ」

 できるだけ友達として接してほしいのだろう。

「エウリアは、もう目は大丈夫なのか?」

「全然。正直限界。人を診すぎて、普通に見ていてもどこか悪いところがあるんじゃないかと思うくらい」

「俺の悪いところは?」

「ジョーは耳のあたりに疲れがたまっているところくらい。シズクさんは足が少し疲れてるんじゃないかと思うのだけれど」

「確かに……」

 シズクも突然話を振られ、ドキッと驚いていた。

「俺は?」

 セキもエウリアに聞いた。

「セキ君には異常がない」

「なんだよ。俺だけ仕事してないみたいじゃないか」

 セキはそう言って自虐的に笑っていた。

「それが不思議なのよ」

 真剣な顔でエウリアはセキを見つめた。

「不思議って何が?」

「たいていは体の重心がずれていたり、癖があるものなのだけれど、セキ君にはそれがないの。特に矯正されてそうなっている様子もないし、よほどまっすぐ育ってきたのね」

「ああ。でも正直すぎると、衛兵に殴られたりするよ」

「そう……、かもね。この家の人たちは、あんまり人にどう見られるか、悩まないんじゃない?」

「他人の気持ちを想像して悩んでもしょうがないからじゃないか。どうでもいいし」

 セキはお茶をすすりながら、あっけらかんと言った。

「エウリアは聖女様らしく振舞ったりしないといけないから、悩むのか?」

「そうね。やっぱり信じてもらわないと、治療が上手くいかないときがあるから、なるべく簡潔に言ってるつもりなんだけど、言い方間違えたかなとか悩んだりするわ」

「薬草貼って寝てればいいじゃねぇかと思うこともあるってことかい?」

 セキがそう聞いたら、エウリアは笑い始めた。

「ほとんどそうね。骨引っ張って薬草巻いといてよって言えたら楽よね。シスターたちもいるし、言えないんだけど」

「時々、正直になって自分を出した方がいいかもしれないね」

「本当? 本当にそう思う?」

 エウリアは目を見開いて、ジョーの方に身を乗り出してきた。

「仲間たちとパーティーを組んで冒険者として生活していた頃、仲間内の調整役をしていたんだけど、仲間に気を遣っていたら、自分が怪我する羽目になった。療養で俺が抜けたらパーティーは崩壊するし、いいことはなんにもない。人に気を遣うのもほどほどにして、自分にも気を遣うといい」

 そう言って、ジョーはコザックに貰って隠しておいた蜂蜜酒を戸棚から取り出した。

「あ! そんなものを隠していたんですね。じゃあ、私も……」

 シズクは地下に隠していた干し芋と干し肉を抱えて持ってきた。仕事の合間に、非常用として買っていたものだ。あまり長く保存していても美味しく食べられる期間が過ぎてしまう。


「ちょっと炙るか?」

「悪い顔して……」

 ジョーとシズクは笑いながら、七輪の用意を始めた。


「……でしたら、私も自分のために時を費やしてもいいのでしょうか?」

 エウリアのフランクだった口調がいつの間にか聖女に戻っている。

「いいんじゃないか。ちょっと働きすぎだよ。聖女にもこういう休日くらいあっていいと思うぞ」

「ジョー、お願いがあります」

「ん? なんだい?」

 一泊くらいなら教会も謝ったら許してくれるんじゃないか、と思ってジョーは返した。

「遺跡を探しているんです。私がゴルゴンの呪いを受けた迷宮を……」

 ゴルゴンとは髪の毛が蛇の魔物だ。旅人を石に変えてしまう魔物で、鏡を使って勇者が倒したという逸話がある。

「呪いを受けたのは王都の近くにあるダンジョンとかじゃないのか?」

 王都はカプリよりもずっと北の方だ。

「ええ、私を見つけた牧師は南部の川辺で私を拾い上げたと聞いています」

「古王国の遺跡なら、コロシアムもその一つだよ」

「人を石に変えてしまうゴルゴンがいたという記録はありますか?」

「調べてみようか……」

「お願いします。カプリに滞在しているうちにどうしても私の生まれ故郷を見つけたいんです」

「遺跡なら山の上にもあるな」

 セキが蜂蜜酒を舐めながら言った。

「その山の上の遺跡はどんな遺跡なの?」

「わからないけど、山賊のねぐらに使っていたところだよ。たぶん他の山賊がアジトにしていたところも元は遺跡だったところがあるはずだから探してみようか」

 エウリアはセキの手を握った。

「お願い! セキ君、私を連れて行って」

 涙を浮かべたエウリアがセキに懇願した。

「お、おう……」

「セキ、お前は今、大変なことを請け負ったんだぞ。わかってるのか?」

 ジョーはセキに問いただした。エウリアの人生も左右しかねないことなので、安請け合いして傷つけるような真似はするなよ、と釘を刺したのだ。

「わかってる。でも、誰だって親の顔ぐらいは見たいと思っていいじゃないか。もしかしたらエウリアさんの両親が迷宮の遺跡にいるかもしれないと思ったら、協力してやりたいよ」

 セキはちゃんとエウリアの気持ちを察していた。

 ゴルゴンがいた迷宮があるなら、エウリアと同じように石化した両親がいるかもしれない。生きているのかどうかわからないが、姿形だけでも残っている可能性がある。


「大丈夫。俺は山育ちだから、山には慣れてる。もしゴルゴンの遺跡が山の中にあるなら、きっと見つけられるよ。で、南部のどこの川辺で見つかったの?」

「それが……、南部とだけしか。牧師、育ての父に聞いても魚料理が美味しかった町の近く、という記憶しかないみたいで」

「捜索範囲が広いな」

「いや、広すぎるぞ」

 ジョーもセキも同じように干し芋を食べながら、天井を見上げて考えた。

「私も少しなら記憶があるから!」

「本当に?」

「……髪の毛が反応するはず。たぶん」

 エウリアの能力について知っているのはジョーだけだったが、シズクとセキにも蜂蜜酒を飲みながら説明していた。


 夜が更けていくにつれて、教会の周辺が騒がしくなっているのにジョーは気づいていた。


「エウリア、どのくらいカプリにはいられるんだい?」

「ひと月ほどです。ただ、周辺の町にも行かなければならないので、ずっとカプリの教会にいるわけではないのですが……」

 冬になる前に、歴史上の聖人が起こした奇跡を見て回るのが旅の目的なのだとか。本を読んで知っていることばかりだが、行く行くは国を代表する聖女となるために必要な儀式などもあるらしい。


「じゃあ、町の人を診てばかりもいられないのかい?」

「ええ、日々のお務めはあります。ですから、さほど時間はありません。明日にでも……!」

「いや、待て。時間が限られているなら、無駄にすることはない。今日は教会に帰った方がいい。俺たちでゴルゴンの遺跡は探しておくから」

「でも、それじゃあ……」

「見つけたら、エウリアがどこにいても必ず連れ出すよ。それまで少し手を抜きながらお務めをしておいてくれ」

「でしたら、これを……!」

 エウリアは首にかけていたネックレスを外してジョーに渡そうとした。

 ジョーはそれをそっと押し戻す。

「端っこにいるとはいえ、これでも俺たちは冒険者さ。報酬は依頼が達成した後に受け取るよ」

「必要経費はこれだけ」

 セキは蜂蜜酒の入ったコップを掲げて笑った。


 すっかり夜も更けてしまい、僧侶たちが町の酒場にエウリアを探しに行こうとしていた。

 ジョーはシズクと一緒に、エウリアを教会へ送っていくことにした。

 魔石灯を掲げて3人が暗い坂道を下りていく。森の中は月明りが差すこともなく、夜鳥の鳴き声だけが響いていた。


「お二人とも本当に仲がいいんですね?」

 自然と手を繋いでいたジョーとシズクを見て、エウリアが羨ましそうに言った。

一瞬恥ずかしく思ったシズクだったが、ジョーが握った手を離すことはなく、坂を下っていた。

「夫婦だからな」

「シズクさんはいつでも真っすぐジョーを見ている。こんなに強さも愛情も目に表れている女性を見たことがありません。嫉妬はされないんですか?」

「ん? 嫉妬ですか?」

 初めて聞いた言葉のようにシズクは返した。

「私が大切な旦那様を誑かすかもしれないじゃないですか」

「旦那様に他に好きな人ができたとしても、私が旦那様を好きなのは変わりませんからね」

「ジョーは?」

「俺はあんまり甲斐性がないから、好きな人が増えるってことがなかなかないかな」

 ジョーの説明に、エウリアは何を言っているのかわからないという顔で見返した。

「例えば、コップが俺の甲斐性だとしたら、シズクを思う気持ちを結婚っていう制度で蓋をしている感じ」

「もっとわからなくなりました。では、結婚してなかったら……?」

「魔物になっているかもな……。人間としての生活は捨ててるかも」

「シズクさんは?」

「私は旦那様がいない時期は幽鬼のようになっていましたから」

「なっていた……!?」

 事も無げに事実を口にしたシズクとジョーに、エウリアは誰も付け入る隙がないのだと理解した。


「ほら、聖女様を探しているシスターが見えてきた。すみませーん!」


 坂を下りきったところで、ジョーが魔石灯を掲げているシスターを呼び、事情を説明した。


「すみません。ちょっといいお酒が手に入ったので、友人として食事に招待しただけです。大事な聖女様をお借りして申し訳ありません」

 ジョーが頭を下げると、シスターは「いえいえ、とんでもございません」と手を振ってお礼を言った。

「教会ばかりに閉じ込もっていたから、少し外の空気を吸いたかったの。心配させてごめんね」

 エウリアも謝って、教会に戻っていった。


 ジョーとシズクは夜風を浴びて、酔いがさめていた。つかの間の夫婦水入らず。少し広場まで散歩することにした。

 特に会話もしないのに、これから二人で山に遺跡を探すことを考えて、厚手の毛皮と保存食を買っていた。

 ちょっと覗いてみようとした冒険者ギルドの前に、中年の痩せた農夫が頭陀袋を抱えて途方に暮れたように月を見ていた。


「どうかしましたか?」

 落ち込んだ様子に声をかけずにはいられなかった。

「ああ、すまねぇ。退くよ」

 そう言って、去ろうとした頭陀袋の穴から、芋がころっと石畳の地面に落ちた。


「ちょっと落ちましたよ」

 ジョーは芋を拾って、服で拭ってから渡した。農夫の指は太く、擦り傷が多かった。太い腕には服で隠してはいるがあざが見える。

「行商人の方ですか? よければこの芋を買い取らせていただけませんかね。日持ちしそうな食べ物を探しているんです」

「欲しければ持って行ってくれ。金はいいから」

「いや、そういうわけにはいかない」

「なんで……?」

「あなたが丹精込めて作った芋を無料でもらうわけにはいかない。この芋にはちゃんと価値があります。代金を支払わせてください」

 ジョーがそう言うと、農夫は顔を伏せて、「うっ」と喉を詰まらせたようにうめいた。


「……この芋には本当に価値があるかい? 町のことはなんにも知らない田舎者だ。冒険者ギルドで『こんな芋じゃ依頼書を掲示板に貼れない』と言われた」

「そうですか。俺も冒険者の端くれです」

「私も」

 シズクも一歩前に出た。

「夫婦揃って冒険者なんです。うちは現物支給でも構いませんよ。依頼を聞かせてもらえませんか?」

「村が死にそうなんだ。助けてくれ」


 農夫の消え入りそうな声を、ジョーとシズクははっきり聞いた。


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