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第5話「未来を進む者と過去を辿る者」


 ジョーがチョウジャノキの葉を教会に納品してから一週間ほど経っていた。

 あれから聖女の御業に癒されたという人が増え、評判を呼んだ。


「あれぞ、まさに魔法だ」

「呪いから毒から病気まで、何でも治療してしまうのだそうだ」

「薬草いらずとはこのことじゃ。聖女は神のお力をお持ちなのだよ」


 周辺の町や山間の村でも噂になり、カプリまで海を越えてくる者までいるという。

 

 教会の僧侶がジョーの家に再び訪ねてきたのは、そんな頃だった。コロシアムに行くにしても人の目が多すぎて、無理かもしれないと思っていた。


「コロシアムに行きますか?」

「いえ、そうではなく……」

 申し訳なさそうに下を向く僧侶を見て、ジョーは察した。

「チョウジャノキの葉がなくなりましたか」

 僧侶は頷いて「すみません」と謝った。

「いえ、報酬は頂いていますから。人の波が収まった頃、日が沈む前に持っていけばよろしいですか?」

「お願いいたします」

 僧侶はそう言って、坂道を下って行った。

 前の週に教会へチョウジャノキの葉を持っていくと、通常の三倍ほどの価格で買い取ってもらえた。多すぎるので断ったが、内密にする約束のもと渋々受け取っていた。

 これをジョーは借りを作ってしまったと思っている。できるだけ早めに返したいとも。


 ジョーはすぐに準備をして、森へと向かった。

シズクは『くず屋』の仕事をしているし、セキは「家を借りるにはどうしたらいいんだろうな」とつぶやきながら、借家を探しに行った。


「冒険者として一本立ちするまでは、家にいても構わないんだぞ」

 朝方、ジョーはセキに言ったが、首を横に振っていた。「新婚の家にいつまでもいるのはよくない」と気を遣っている。

 冒険者の仲間を作ろうとしているが、馬が合う奴がまだ見つかっていないようだ。

「狩りはそんなに難しく考えない方がいいと思うんだけど……。なかなか山の方法は好かれないみたいなんだ」

 罠に嵌めるために追い込んだり、待ち伏せしたりしても、結局はとどめを刺した者が優遇されてしまう。わずかな報酬を分け合って、手に入れた小銭を酒代に溶かしていくことに抵抗があるのだそうだ。

「収支も合わないし、準備も不足している。これじゃあ続かないよ」

 愚痴も吐いていた。

 今頃、一人でできる依頼を受けている頃だろう。


「チームは難しいよな……」

 ジョーは弟のような新米冒険者と、過去の自分を重ね合わせながら、チョウジャノキの葉を採取していった。それほど奥まで行かなくても、木が生えているので、難しい仕事ではない。


 籠いっぱいに摘み、夕方まで家で休憩をしているとセキが帰ってきた。


「家は見つかったか?」

「いや、もうちょっとだけいさせてくれ」

 セキが家賃分として銀貨をテーブルに置いた。

「家賃なんか出世払いでいい」

「それじゃ、悪いよ」

「どうせセキなら人よりも多く稼ぐから、その時に多めに貰うんだ。その銀貨はしまっとけ」

 ジョーがそう言うと、セキは頭を掻きながら、銀貨を自分の財布にしまった。


「随分、悩んでるな。どうやって稼ぐか少しは考えてるんだろ?」

「うん。まぁ、ね。ただ、まだ何が買えるのかちょっとわかってないんだよな」

「聞かせてみろよ」

「わかった。家って大金を積めば買えるだろ?」

「大金があればな」

「中古のボロ屋だったら、ちょっと安くなる?」

「うん、そうだな」

「長年、広場に出店していた屋台とかは買えるのかな? 例えば店主が働けなくなったりして、売りに出されることもあるのかい?」

「屋台をやりたいのか? 商売ごと買い取りたいってことか?」

「ん~……、わかりにくいか。どうなるかもわからないんだけどさ。コロシアムの仕事を見てて……」

 セキはこの時初めて自分がやろうとしている事業をジョーに語った。



◇ ◇  ◇



 一通りセキの計画を聞き終えたジョーは半笑いで頭を抱えた。

「お前、そんなことを考えていたのか。新米の冒険者が考えるようなことじゃないが、セキらしいと言えばセキらしい」

「いけると思うかい? ジョー兄」

「隣町の情報は必要だろうな。あとは、貴族と知り合いになった方がいい」

「細かいところも詰めていかないといけないし、どのくらい予算がかかるか」

「金はどうにかなるさ。それよりもこんな冒険者は聞いたことがないぞ」

「そうかなぁ?」

「どうなっていくんだろうな」

「先のことを心配しても仕方ないよ」

「お前が言うな」

 二人が笑いあっているのを見て、ちょうど帰ってきたシズクは訝しげに見ていた。


 日が落ちてきたので、ジョーは人通りの少ない道を通って教会へ向かった。裏門には鍵がかかっていない。依頼しに来た僧侶が開けておいてくれたのだろう。


 裏の勝手口の扉をノックすると、僧侶が出てきてジョーを迎えてくれた。


「お待ちしておりました。どうぞ」

 僧侶は教会の台所に案内してくれた。すでに僧侶たちが割烹着を着て、薬の調合の準備を始めている。

「チョウジャノキの葉です。これで足りますか?」

「ありがとうございます」

 僧侶たちが葉の品質を確かめながら、水甕で洗っていた。

「では……」

 ジョーはとっとと教会を出ようとした。

「お待ちください。お代がまだです! すぐに用意しますから、いましばらく……」

「いえ、前回過分にいただいていますから」

「それでは教会の示しがつきません」

 ジョーと僧侶が揉めている間に、台所に若い僧侶が飛び込んできた。


「薬草を持ってきた冒険者さんが来ていますか!? 聖女様がお呼びです!」

「え……?」

 台所にいた僧侶たちに見られ、ジョーは若い僧侶についていくしかなかった。



 聖女は教会のホールに並べられた長椅子で寝ていた。

 目に濡れた布を当て冷やしている。衣服も乱れ、かなり疲れているようだ。


「聖女様、冒険者の方をお連れしました」

 

 聖女は少しだけ布を外して、ジョーをちらっと見た。濡れ光る眼がなにかこの世のものとは思えぬほど輝き放ち、魔力を帯びているようにさえ思えた。

一瞬の出来事だったが、ジョーの背中には大粒の汗が浮かんでいた。


「やっぱりあの時、スリを捕まえていた方でしたか」

 そう言いながら聖女は目を冷やしながら上体を起こした。広場で微笑みかけてくれたとはいえ、あの大勢いる町人の中で自分を記憶している聖女にジョーは驚いた。

「治療が思った以上に多く、このままの状態で失礼します」

 聖女は長椅子に座り直し、濡れた布を頭に巻いて後頭部で結んだ。

「どうぞ、無理をなさらずに」

「いえ、いつものことです。どうも私は呪われていまして、あなたの薬草がなければこれほど人を治療することはできませんでした。ありがとうございます」

「聖女様は呪われているんですか? 信仰心でも治らないほどに?」

 ジョーがそう聞くと、聖女は少し微笑んだ。

「これでも治った方なんです。教会のシスターに見つかった当初は石化した赤子だったらしいですから」

「見つかったって……?」

「どこで生まれ、誰から生まれたかもわからない孤児です。ただ魔物に襲われたようで、産着のまま石に変えられ川を流れていたそうです」

 聖女にも記憶はないらしい。

「教会の人たちが石化の呪いは解いてくれたんですけどね。魔物の力の一部を受け取ってしまいました」


 聖女はそう言うと、髪を覆っていた頭巾を外した。

 金髪の髪が逆立ち、まるで蛇のようにうねうねと動いている。


「心が乱れると、どうしても毛が逆立つんです」

「毛ですか?」

 目の力だと思っていたジョーは驚いた。

「人の多いところに行くとどうしても興奮してしまって髪の毛が動いてしまうのです。幼い頃は短くして隠せていたのですが、聖女と認定されてからは教会の許可なく切れなくなってしまいました。不自由なことです」

 聖女は目を隠したまま笑った。落ち着いたようで逆立っていた髪の毛がゆっくり重力に負け、普通の金髪のストレートヘアーに戻っていった。

 聖女は大きく深呼吸をして、目を覆っていた濡れた布を外した。


「聖女様は目の力が強いのかと思っていました」

 ジョーは素朴な疑問を言った。

「目は訓練によってできた後天的なものです。目で見た瞬間の出来事を心に落として、髪の毛が記憶する……。と、言ってもわかりませんよね?」

「ちょっとわかりません。脳で記憶するのではなく、髪の毛で記憶するのですか?」

「心、つまり感情的な記憶は私の場合、髪が記憶しているようなんです。おそらくそれが最も特異な能力です」

 ジョーも瞬間記憶と言う能力に関しては聞いたことがあるが、髪で記憶するという能力は聞いたことがない。御伽話のようだ。

「患者の立ち姿や目の動き、話し方などの様子を瞬間的に見て、心を動かし記憶を辿る……」

 聖女は髪を触りながら説明した。

「同じ症例があれば、過去と同じように治すわけですか?」

「その通りです。難しいことではありません。人よりも多く細かく記憶しているというだけです。ただ、この能力のせいで、身体的に最も疲労を溜めてしまうのが目なのです。ですから、チョウジャノキの葉が必要で、本当にありがたく思っております」

 能力の影響で辛い出来事も見てきたのかもしれない。誤解も多いことだろう。部位が違うが、似たような経験をしているジョーには、他者になかなか理解されない者の悩みとして受け取った。なにより強がってはいるが、きっと目よりも心が疲れているはずだ。


「いえ、仕事ですから」

「一言お礼が言いたかったのです。どうやら教会のシスターたちが変な気を回して、コロシアムを案内させようとしているようですね?」

 聖女は少し抗議するようにシスターを見た。

「そのようなことでお手を煩わせるわけにはいきません。呪われて生まれてきたのは私です。コロシアムに行きたければ一人で行けます! 奇異な目で見られるのは私一人で十分。これ以上、こちらの方に迷惑をかけるわけにはまいりません!」

 教会中に聖女の声が響いた。

 ただ、声を荒げてはいるが、聖女の髪は穏やかで、心音の乱れもない。むしろ落ち着きすぎている。心臓の音と語気が合っていないのだ。


「ウソですね。気を遣ってらっしゃる」

 ジョーはボソッと口にした。

「……どうして? どうしてあなたにそんなことがわかるのです?」

「聖女様とは違いますが、俺は人よりも耳がいいんです。違う建物の世間話も聞こえるほどに。聖女様の心音は落ち着いている。にもかかわらず、口では激高している。心と口のバランスが合っていないんです。聖女様、目も大事ですが、どうか心も大事にしてください。怪我や呪いよりも治しにくいですから」

 聖女は面食らったような表情をして、目を見開いた。

「教会の僧侶様には不遜でしたね。猿に木登りを教えているようなものだ。申し訳ございません。では、失礼いたします」

 ジョーはそう言って立ち去ろうと裏へ向かった。


「冒険者様! お待ちください!」

 聖女の甲高い声が石造りの教会に響いた。

ジョーは立ち止まって振り返った。

「お友達になってくださらない? 僧侶のエウリアと申します」

 聖女ではなく、僧侶として名乗った。

「ジョーです。コロシアムでも森でも案内しますよ」


 ジョーは手を上げて、教会の裏口から出ていった。




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