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第4話「闘う者の論理と祈る者の願い」


 セキはコロシアムで、シズクの仕事を見ていた。

 

「エイッ!」

「オウッ!」


 訓練場では剣闘士たちが、それぞれの得物を持って模擬戦を行っている。身体を見るだけで相当な筋肉量があることはわかるし、先のスリ捕り物でも剛腕を見せつけていた。

 スピードを出そうと思えば出せるはずなのに、何かを確認するように戦っている。セキは目的が勝利に向かっていないような気持ち悪さを感じた。


「どうだ?」

 ジョーがセキに入れたてのお茶を渡して聞いた。

「どうって?」

「剣闘士たちの訓練を見た感想だよ」

「不思議。相手を壊すような戦い方じゃないんだけど、動きは派手だし、痛そうなんだ。仕留めようと思ったら、もっとうまく仕留められるはずなのに……」

 セキの感想にジョーは噴き出してしまった。

「なんだよ。俺はそんなに面白いことを口にしたか?」

「いや、そうじゃない。セキは正しいよ。今、ここにいる剣闘士たちは相手を壊そうなんて思ってない。どうやったら観客が盛り上がる打ち合いができるかを考えながら戦ってるんだ」

「盛り上がる? コロシアムじゃ真剣に勝負はしてないのか?」

「そんなことはない。皆、真剣だ。ただ、一度体を壊すと治らない怪我も出てくる。勝っても負けても、もう一度戦いたいと思うような連中が、こうして残ってしまうんだ」

 セキはジョーの説明を聞いて、剣闘士たちが人体を壊すような中心線から逸れたところを狙っている理由に納得した。

「対人戦はどうしても個人の思いが強くなる。『あの野郎、訓練で調子に乗りやがって、闘技場でかましてやる』とかさ」

「武術とは違うのか」

「そうだ。武術の身体操作は使うけどな。呼吸の仕方とか、体重の乗せ方、足さばきとかさ」

 よく見れば確かに、剣闘士たちはなにかしら武術の技を使っていた。シズクはそれを丁寧に自分でやって見せながら教えている。剣闘士たちも真剣な眼差しで聞いていた。打ち合っている者たちも聞き耳を立てている。強くなることに素直でどん欲だ。


「皆、真面目なんだな。シズク姉さんを疑わないのか?」

「効果を体が覚えるからな。疑ってる暇はないし、対魔物戦で背中を預けられないだろ?」

「ああ! そうか……」

「見に行ってみるか? ちょうど魔大陸から魔物が届いたはずだ」

「うん!」


 二人はコロシアムの奥にある魔物の檻へと向かった。


 ガチャン!

 ダンッ!


 檻を揺らす音が、石造りの床や壁に反響している。

 暗がりの中で槍を持った魔物使いが、丸椅子に座って檻の中で暴れる魔物たちを見ていた。


「見ていいか?」

 ジョーが魔物使いに許可を取る。

「いいぜ。あんまり近づくと餌にされるからな。気をつけろよ」

 檻には石の壁で区切られていて、大蜘蛛や砂漠の大蜥蜴、半身半獣のラーミアなどが敵意を放っていた。

だいたい半月に三、四頭が海を渡ってやってくる。


「それぞれ別の種類なのかい?」

 セキが檻の中を見ながらジョーに聞いた。

「同じ魔物ばかりだとお客も飽きるからな。ただ、繁殖期なんかで特定の魔物が多いときはたくさん連れてくるらしい」

「弱り切っている魔物とか死にかけみたいなのも混ざらないのかい?」

「カプリのコロシアムはお得意さんだからな。魔物も適正な価格で買ってくれるから、そういう魔物はほとんど送られてこない。海が時化っているときはどうしたって遅れるけど」

 座っている魔物使いが説明してくれた。

 ただ、このコロシアムでは以前、魔物使いが使役できていないマンティコアと言う大型の魔物を安く買い取ったことがある。闘技場に出る前に多数の剣闘士が怪我をしたため大きな損害を出した。それ以降、コロシアムの運営側も厳しくなった。


 視線を感じて、セキがラーミアの檻に目を向けた。上半身が人間の女で、下半身が大蛇の魔物だ。妖艶な上半身で男を誑かせ、警戒心がなくなったところをガブリと食べてしまう。知識があっても被害者は後を絶たないと言われている。


「目を見るなよ!」

 ジョーはセキに注意した。

 聞いているのかいないのか、セキは手を挙げて答えた。


 シャオラ~!


 ラーミアがじっとセキの目を見て近づいてくる。大蛇の下半身がうねらせ、誘惑しようと腰を振っている。鉄格子から手が伸びてきて、セキとの距離が縮まった。


「おいっ! 離れろ!」

「セキ!」


 魔物使いとジョーが大声を上げた瞬間、セキが手を横に振った。


「キャオラッ!」


 口の端を首元まで開けて牙をさらしていたラーミアは奇声を上げて奥の壁まで逃げ出した。


「何をやったんだ?」

「幻惑を返したんだ。ほら」

 セキは手の平に木炭で描いた目の模様を見せてきた。


「ラーミアは目がいいからね。目を増やすと人間じゃないものに見えるはずだ」

檻の中を見るとラーミアはとぐろを巻いて顔を隠してしまっていた。

「おいおい、戦う前に戦闘不能にしないでくれよ。連れてくるのだけでも結構値が張るんだ」

 魔物使いが文句を言う。

「え!? そうなんですか? それは申し訳ないことをした。すみません」

 すぐに謝ったので許してくれたが、セキは新しく来た魔物に近づけなくなった。


「ちなみに一頭、おいくらくらいなんです?」

「銀貨30枚から金貨数枚なんてのもいるな」

 金貨数枚なら一年遊んで暮らせる額だ。

「そんなに……!」

 セキは目を丸くして驚いていた。

「それだけ魔物と剣闘士の戦いはお客が入るってことだ」

「なるほど。勉強になりました。ありがとうございます!」

 よほど感銘を受けたのか、セキは頭を下げて魔物使いにお礼を言っていた。



 ポンッ!


 昼休憩の花火が上がった。

 

「お前、まさか魔物使いになりたいとか言うんじゃないだろうな?」

 家に帰る途中、ジョーがセキに聞いた。

「そんな単純じゃないよ」

「なら、いい」

「ただ魔物は討伐するより生きたまま捕らえた方が金になるってことがわかってびっくりしたんだ」

「コロシアムという売る場所がある場合に限りますよ」

 シズクも目を輝かせているセキを危ないと思ったのか注意した。


「わかっています」

 そう言っているセキの口角は上がっていた。

「本当にわかってるのか?」

「仕方ないだろ。魔物との関わり方が山とは違うから、考え方の幅が一気に広がっちゃったんだ」

 とにかくセキは嬉しそうだった。

「そんなにコロシアムが面白かったか?」

「ああ、予想の10倍は面白かったよ。ただ闘技場の中で奴隷が戦ってるだけかと思ったけど、全然そんなことなかった。山から出て、最初にジョー兄に会いに来てよかったよ。ありがとう。シズク姉さんも」

 シズクは随分感謝してくれるセキを好意的に見ていたが、ジョーは、変な商売でも考え付かなければいいな、と危ぶんでいた。



 午後は本業の「くず屋」の仕事がある。

割れた皿を直したり、竹箒を売ったりするだけだが、街の中を一周する。

どこになんの店があるか、子どもが多い通りはどこなのか、今日の漁の出来などが知ることができるので、仕事がなくてもカプリの町を観光ができていないセキにとってはいい経験になるだろう。ジョーはそう思っていたのだが……。


「飲食系、特に酒を出す酒場はどうせ安い皿なんか直さないよ。それより、高級店の方を攻めた方がいいんじゃないかな。あと、漁師には蛸壺も直せるってところを見せた方がいいかも。どっちにしろ広場は通らないといけないなら、住宅街の井戸端でお母さん方とちょっと会話をして情報を集めるのも……」

 テーブルに古い地図を広げて、セキは塩やスパイスの小瓶を置いてしゃべりだした。


「あれ? また俺、おかしなこと言ってる?」

「セキ、飯食う時は地図が汚れるからテーブルに広げるな」

「旦那様が、弟は利に聡いって言っていた理由がわかりました」

 シズクは笑っていた。


「ごめんください」

 玄関から女性の声が聞こえてきた。

「はーい」

シズクが出ると、冒険者ギルドの職員が教会の僧侶たちを連れて来ていた。


「なにか御用ですか?」

 教会の意に反するようなことはしていないはずだ。

訝しげにシズクが冒険者ギルドの職員に聞いた。

「薬草採取の件で専門家に伺いたいと教会の方たちが冒険者ギルドに依頼を出されてまして……」

「ああ、聖女様が来る前に森の薬草類はほとんど薬屋か道具屋に卸しているはずですよ」

 聖女が来ることはわかっていたので、観光客や病人向けに薬屋も早くから手を打っていた。

「通常の薬草ではなく、チョウジャノキの葉が欲しくて……」

 職員の後ろにいた僧侶の一人が頼んだ。

 チョウジャノキと言えば、目の薬に使う薬草のはず。

「薬屋にありませんでしたか?」

「薬屋にある分では足りませんでした。どうにか都合がつきませんでしょうか」

薬屋にある量で足りないとなると、聖女の船に乗っていた僧侶たちが、潮で目をやられたのか。

「ジョーさんが一番適任かと思いまして連れて来てしまいました」

 冒険者ギルドの職員も申し訳なさそうにしている。人を癒しにやってきた僧侶たちが、病に伏しているなんてことになれば、評判が下がる。内密に薬草を手に入れて、治したいというところだろう。

「お願いします」

 僧侶たちが一斉に頭を下げてきた。

「指名依頼ですか?」

「そうなります。報酬の方は弾ませていただきますので、できれば誰にも……」

「こんな大勢で来たらすぐに噂にもなりますよ。セキ、なにか嘘を考えてくれ。僧侶の皆さんがうちに来なければならなかった理由を」

 セキは急に振られて、「え?」と焦っていたが、すぐに顎に手を当てて考え始めた。

「じゃあ、こんなのはどうです? 聖女がどうしてもコロシアムに行きたいと言っている。危険すぎるけど、教会にずっと閉じ込めておくのも限界がある。僧侶たちは知恵を絞り、カプリの町で腕も立ちコロシアムにも詳しい護衛としてジョー兄夫婦にお願いしに来たって言うのは……?」

 ものの数秒でセキは答えた。

「それを無碍に俺が断ったと……。どうです?」

 ジョーは僧侶たちに聞いた。


「え? いえ、あの実は聖女様は本当にコロシアムへの見学を切望しておりまして、どうにかできないものかと思っていたところなんですけど……」

 僧侶の一人が困惑したように言った。

「それを知っていたのですか?」

「いや、知らないよ。ただ、カプリの町で名物と言えばコロシアムと餃子くらいでしょ。剣闘士の教官のジョー兄夫婦なら、誘拐犯も逃げ出すんじゃないかと思って」

「こちらとしては願ったり叶ったりなので、そちらでお願いします」

 僧侶が再び頭を下げた。

「いや、ちょっと待ってくれ。聖女の護衛をするなら、依頼が二つになる。報酬はどうなるんだい?」

「問題ありません。責任をもって教会がお支払いします」

「領収書は作っておきますね」

 セキが笑顔で対応していた。

「おい、セキ!」

「だって、言い値でいいそうだから」

 教会とはいえ、そこまで貯えてはいないはずだ。言い値とはいえ、限度がある。セキが決めると吹っ掛けそうなので、後でシズクと相談して決めよう。


「よろしくお願いいたします」

 皺ひとつない僧侶の服で頭を下げられると、断りにくい。

「とりあえず、チョウジャノキの葉は採ってきます。後日打合せするということで」

 冒険者ギルドの職員と僧侶たちにはお引き取り願った。


「シズク、セキの奴がカプリの資本主義を変えないように見張っておいてくれ」

「わかりました」

 シズクは『くず屋』の準備をしながら、セキに小声で聞いている。


「セキくん、資本主義ってなんですか?」

「お金の流れのことですよ」

「そんなものを変えようとしてるんですか?」

「シズク姉さんは、ジョー兄の言うことを素直に聞きすぎです」


 シズクたちは町へ『くず屋』の仕事に、ジョーは森へ薬草採取に出かけた。



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