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ネオ・ウルガータ ~次元のアルケミスト~  作者: 路明(ロア)
I 五次元

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MUKHTABAR/Harwerth ハーヴェルの研究室 1 

 自宅。研究用具置き場をかねた小部屋。

 机に大小の歯車をならべて、ハーヴェルは片眼につけていたルーペをはずした。

 転送装置を分解してみたが、白い異物が入りこんだ原因が分からない。

 そもそもよけいな素粒子が入りこまないように設定しているのだ。不具合でもないかぎり肉眼で見えるようなものが入りこむとは考えられない。


 それともあの魔女が、と考える。

 何かあの場に特殊な仕掛けでもしていたのか。


 あのふざけた日傘(ひがさ)型の重力コントロール装置は、思ったより影響範囲の大きなものだったのか。

 いまいましい心持ちで息をつき、髪を束ねてたヒモをほどく。


 アンジェリカの使役していた死体たちは、その後霊廟(れいびょう)から運びだされ埋葬し直されたと聞いた。

 そのさいにあの場におかしな仕掛けがあったような話は聞いていない。

 魔女や魔術師のつかう技術と錬金術師たちの技術とでは仕様がちがうので何とも言えないが。


 自宅にもどったのは昼ごろの時間帯だったが、気がつくと室内は薄暗くなっていた。

 

 手元を照らしていたタキオン動力のランプを調整し、明度をすこしだけ落とす。

 原因を早めにさぐりたかったが、さすがに目が疲れてまぶたに手をあてる。

 作業机のすぐ横にあるせまいベッドにゴロリと横になった。

 師匠イハーブの使っていたベッドだが、子供のころはここでいっしょに寝ていた。

 すぐ上にはがっしりとした道具棚があり、枕元にも書棚がある。

 ベッドというよりは、仕事用の棚の下部に横になれるスペースがついているというほうがしっくりくる。


 師匠のイハーブは、日常の家事そっちのけで研究や作業に没頭してしまうところがあった。


 ハーヴェルを引きとってからはだいぶ気を使って規則正しい生活をしていたが、もともと気ままな気質の男やもめの学者だ。

 すべてが改善されたわけでもなかった。

 作業台をかねた食事用のテーブルには、つねに書物やメモが積み重なり、薬品の(びん)がならべられていたりした。


 作業台のすみに、とりあえず二人分の食器が置けるスペースを空けて食事をするのは、いつものことだった。


 さすがに危険な薬品は食事まえにあわただしく片づけてはいたが、当時カディーザが「子供を育てる環境じゃない」と怒っていた気持ちはよく分かる。



 なにより研究以外はおかまいなしの性格をいちばんよく表しているのが、机のすぐ横のこのベッドだとハーヴェルは思っていた。



 ほかにも部屋はあるのに、わざわざここに設置しているのだ。

 ハーヴェルを引きとるまえは、眠りたいときに仮眠をとる不規則上等な生活だったことがよく分かる。


 寒村の家の保存食がすこし吊るされているだけの室内とはちがい、見たこともない薬品や装置が大量にならべられている錬金術師の部屋は、子供心にワクワクした。


 その部屋に機能性のみ重視で設置されたベッドは、二人で寝るとせまかったが秘密基地のような感覚で子供のころは毎晩はしゃいでいた。

 イハーブは顔をしかめて「早く寝なさい」と言っていたが。

「そういえば」

 パーヴェルはベッドの天板を見上げてつぶやいた。


 アイマールが何か言っていた。


 養子としてカディーザに渡すつもりがあったらしいのに、とつぜん気が変わったとか何とか。

 カディーザがハダド将軍の遠征先について行ったころと言っていたか。

 たしか三回ほどあったはず。

 いちばんはじめは自身が十二歳のころだ。養子として渡す話をしたとしたら、そのときだと思うが。

 記憶をたどりながら、ベッドの横の棚をさぐる。

 干し魚の入った麻袋があった。

 手さぐりで一つとりだして、横になったまま(かじ)る。


 イハーブは自由人という感じの人ではあったが、思いつきで意見を変えるような人ではなかった。


 自分の生活形態が子供を引きとるのに向いていないことも常識として理解していた。

 引きとられて一年後にハーヴェルがごねてムリやり弟子になったのだが。

 イハーブは、読み書きと算術はていねいに教えてくれたものの、錬金術師になるのは反対していた。

 弟子になったから手元で育てようとしたという理由は、このあたりを考えたらあてはまらない。


 イハーブの話が出てくるたびにどうしても考えこんでしまうのは、いつ不死にされたのかが分からないからだ。


 いつも変わらず過ごしていた日常の、いつだったのか。

 どこに動機があったのか。



 不老不死の方法は、おそらくイハーブとおなじであろうと思う。



 イハーブの師匠にあたる人物が開発したもので、改変したヘルペスウイルスにより遺伝子の書き換えを行う方法だ。

 生物の遺伝子は、細胞の傷が増えた個体の増殖を防ぐために「死」をあえてプログラミングしている。

 このプログラミングを、特定の情報を組みこんだウイルスで書き換えてしまう方法だ。



 そのため理論上、成長期に不死にされた場合は生物として通常通り成長する。

 


 イハーブのように成長期を終えたあとならその時点の年齢を保つだけなのだが、成長期に施術された可能性のあるハーヴェルは、成長期を終えた時点で時間を止めたと思われた。


 いつ不死にされたのかが分からないのは、このためだ。

 時期の見当がつかないので、理由も特定できない。


 単純に、永久にいっしょに生きてくれる人間がほしかったのだろうと言う人もいる。


 だがこの方法はリスクも高いのだ。

 書き換えをする部分や配列を少しでも間違えれば、不老不死どころか細胞を破壊してすぐに死に至りかねない。

 遺伝子を書き換えた細胞を体にもどすさい、場所が悪ければ(がん)化することもある。

 この癌化する箇所をあまり予測することができないのもネックだ。 



 ただの思いつきでやるとは思えない。 



 遺伝子治療に近い手順で成されたと推測しているのだが、そんな治療をされた記憶もない。

 過去のイハーブのわずかな表情の動きや、聞き流していたセリフを思い出しては、どこかに重要な手がかりがあったのではと考える。


 最近はさすがに思い出すことは減っていたが。



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