MUKHTABAR/Harwerth ハーヴェルの研究室 4
麦酒を飲みながら二つの数式を見比べる。
暦の周期を計算した式と、おそらくは次元間の行き来に関しての式。
全く違う式なのだが、両方にフェリヤールが関わっているとしたら何か共通点はあるだろうか。
特に次元間の行き来に関しては、何の物質かは重要なはずだが。
麦酒を口にしながらハーヴェルは作業台に戻った。
作業台の上を見回し、インク瓶と羽根ペンを手前に移動させる。
式に出てくる物質を判明している限り書き出し始めた。
メモを片手に持ち、物質名を羅列する。
暫く書き出したところで、息を吐いた。
背もたれに身体を預けて背を反らす。
「これやったところで分かんねえか……」
考えを整理するには有効かと思ったのだが。
書き出した紙を片手で持って眺め、ハーヴェルは天井を仰いだ。
「イハーブ探し出して、叩き起こして説明させた方が早いか、もしかして」
フェリヤールが空中で斜めになり数式を覗き込む。
「……何か分かるか」
きれいな
もようー。
きゃはははは、とはしゃぎ、すぐに式から離れる。
「……あっそ」
ハーヴェルは背を反らしたままそう返した。
確かにこちらの文字も数字も読めん人間にはそう見えるだろうが。
「お前、向こうで何か呼び名とか無かったか」
フェリヤールは空中で振り向いた。
フェリヤール
だよ。
「いやそうじゃなく……聞き方悪かった」
ハーヴェルは羽根ペンを置き、足を組んだ。
「“ 生贄 ” 以外の何か特定の呼ばれ方とか」
ううんー?
フェリヤールは顎に手を当て首を傾げた。
「そもそも物質として違う身体だとしても、文明の始まりの頃から物質の分析なんか出来た訳じゃないよな」
ううんー。
フェリヤールが逆側に首を傾げる。
今の返事はどっちだ。否定か肯定か。無理やり肯定ということにしてハーヴェルは質問を続けた。
「見た目か特徴に何か決定的に違う部分があったのか?」
あるよ。
フェリヤールは空中で無邪気に両腕を広げた。
フェリヤールは、
浮けるんだよー。
「それは聞いた」
軽く苛つきハーヴェルは眉を寄せた。
「あちらでは軽い物質ってことか。まあ、こっちでもそうだが」
暫く宙を眺め思考を巡らす。
「五次元での質量は?」
しつりょ。
「まあ、体重でもいい」
たいじゅ。
「計ったことは」
フェリヤールは首を傾げた。
「体重とかは計らないか。体重っていう概念がそもそも無いのか?」
ユーセフはこちらの成人男性と同様に重みのありそうな感じに見えるが。
「じゃ、例えば薬物投与の場合はどうしてる」
とよ?
フェリヤールは口に指を当て考え込むような仕草をした。
「そもそも薬物の類いはあるのか?」
やくぶ?
「薬だ。こちらでは適量はだいたい体重から判断する」
フェリヤールは腕を組み首を左右に傾げた。
「そういや、殆ど不老不死みたいな感じらしいと前に魔女が言ってたか」
ハーヴェルは頬杖を付いた。
「病気とかは無いのか?」
びょき。
「何らかの進化の過程を経たなら、あると思うんだが」
そうハーヴェルは言った。
「進化の上で得た特性が逆に弊害をもたらすとか。遺伝子に該当するものをウイルスで変えて来たとしたら、その分伝染病とか」
フェリヤールはオパールのような目を瞬きさせこちらを凝視した。
「……ああ、つまり」
ハーヴェルは額に手を当てた。
「こっちの人間で言えば、例えば二足歩行になっていろいろメリットはあったが、その分腰痛なんてものを抱え込むようになったとか。出産が難儀になったとか」
うんうん。
空中でフェリヤールは頷いた。
「レアなケースでいうと、蚊の媒介する伝染病が蔓延する土地でだけ、貧血を起こしやすい鎌状赤血球が多いとか。その伝染病に対抗するための進化上の究極の選択なんだが」
ふんふん。
「病気は存在してたと思うが違うのか?」
ううーん。
フェリヤールは顎に手を当て再び首を傾げた。
「そもそも病気や怪我の治療には薬物を使うのか? それとも別の理屈のものか?」
どうにも話の進みに手応えがない。ハーヴェルは軽く眉を寄せた。
「というか……お前、話ちゃんと聞いてるか」
ううーん。
フェリヤールは顔を顰めた。
ちょっと、
むずかしい。
「あそ」
作業台に肘を付く。
「話戻すぞ。だから体重は」
分かんない。
ハーヴェルは息を吐いた。思い出したように麦酒を口にする。
あと手がかりになるような質問は何だ、と額に手を当て考え込んだ。
「他の人間には触れたか」
ほかのひとと
違うとこいたよ。
「ああそうか……」
隔離されていたと言ったか。何度この話題に戻っているのか。
もしかすると、フェリヤール本人か一般人のどちらかにその辺の所を隠したくて隔離していたとか。
ハーヴェルは上体を起こし身体を背もたれに預けた。
安い木製の椅子が、ギシ、と音を立てる。
「ヨシュアとやらは? 手くらい繋がな……」
そう言ってハーヴェルは口を抑えた。
ヨシュアのことはいまだフェリヤールには言っていない。
「……いや」
大丈夫か。こんな質問くらいで勘づかれはしないだろうと思い直す。
「ヨシュアと逃げるとき、どこか触ったか。手とか」
ううんー。
フェリヤールは顎に手を当てた。
「どっちだそれ。否定か肯定か」
なんかねー。
フェリヤールには、
さわっちゃ
いけないんだってー。
そうフェリヤールは言った。背もたれに背を預けたままハーヴェルは天井を見上げる。
「理由は?」
背もたれを更に背中で押す。安い木の椅子がギシ、と音を立てた。
「保持してるウイルスに対して免疫が無いとか……ああ、ウイルスは無いのか?」
似たような仕組みの物があるかどうかは定かではないが。
「まさか物質と反物質みたいな感じじゃないだろうな」
よく
分かんない。
「……聞いとけ」
ヨシュアが
こっちきたら、
きいてみるね。
フェリヤールはくるりと逆さまになった。
「いや……」
それは、という形にハーヴェルは口だけを動かした。
おもむろに椅子から立つ。
「今日はもういい。寝る」
天井の方に手を伸ばし、鉤に掛けたタキオン動力の灯籠を外す。
強い光が揺れて、周囲に激しく動く影が出来た。
灯籠を手に持ち、小部屋にある狭い寝台に移動する。
おやすみー。
フェリヤールは作業台の上で大きく手を振った。




