HAYTH LILIQA' 遭遇の場 2
まあいい。イハーブがここに埋まっている可能性は低いといえば低そうだ。
ハーヴェルはドレッドの髪を掻き上げた。
戻るか。
脚を伸ばし座った姿勢で、片膝を上げた。その瞬間、鼻先に造りの良い精悍な男性の顔が現れる。
ユーセフだった。
膝を付いた格好でハーヴェルの上にのし掛かるようにしている。
呆けて目を見開いたまま、ハーヴェルは動作を固まらせた。
いや、
これは……。
ユーセフは苦笑し身体を退かす。
「……あんた態とやってんじゃねえだろうな」
そんな。
女性の上に、
態とのし掛かるなど。
ユーセフはなおも苦笑いを浮かべそう言う。無駄に紳士的なのが、もはや揶揄されているのかとすら感じる。
「男だ、よく見ろ! そっちの次元からはどんな風に見えてやがんだ!」
ハーヴェルは声を上げた。
ユーセフは、じっとこちらの顔を見ると、おもむろに立ち上がる。埃を払うのに似た仕草をした。
君が、
男性だと主張したいのは、
よく分かった。
今度は歪んでしまった軍服を直しているようだ。
「いやそのままストレートに理解しろよ」
ハーヴェルは眉を寄せた。ややしてから、はっと周囲を見回す。
「フェリヤー……」
逃げたようだな。
ユーセフは悠長に手袋を直していた。
「追うのか」
今は、
任務中ではない。
拍子抜けしてハーヴェルは目の前の軍人の映像を見ていた。
「任務中と私的な時間はきっちり分ける方か」
普通はそうでは。
そちらの常識は違うのか。
「まあ、いろいろだとは思うが……」
ハーヴェルは髪を掻き上げて何気に夜の砂漠を眺めた。
「俺の知ってるとある軍人は、寝ても覚めても仕えてる主人の話をしてそうな奴だ」
その主人は、
異性なのか。
「いや同性だ」
では、
余程良い主人なのだろうな。
「あんたの主人は、碌でもない奴なのか」
ハーヴェルは言った。
「……ああ “上官”か?」
良い人かどうか
考えたこともないが。
そうユーセフは言った。やや間を置いて付け加える。
以前も
言ったと思うが、
指揮官クラスは、
殆ど世襲制なので。
「ああ、聞いたような」
そうハーヴェルは言った。
「つか、そこで何やってたんだ」
眉を寄せる。片膝を立て、その上に腕を置いて座り直した。
「通信装置、起動させてんのか」
ああ、とユーセフは辺りを見回しながら答える。やや下の方を向き、何かを操作した。
フェリヤールは、
どうしている。
「空中で泳いだり転がったりしてる」
ハーヴェルはそう答えた。
何かの装置かモニターを見ていたらしいユーセフが、顔を上げ困惑した表情をする。
「何だ?」
何の話を
しているのかと。
「あれが日常的にやってることをそのまま言ってる」
ユーセフは無言で精悍な顔を歪めた。
何というか
想像が……。
「そっちにいた時はやってなかったのか?」
もう少し、
淑やかだったような……。
「よく分からんが、あんただけがそう見えてたんだろ」
ハーヴェルは顔を顰めた。見かけによらず純情野郎なんだろうか、こいつと思う。
暫く考えてから奇妙なことに気付いた。フェリヤールが宙に浮くと聞いて違和感は無いのか。
「あんたたちは宙に浮いて移動するのか?」
いや。
ユーセフは言った。
「フェリヤールは?」
浮く。
「何が違う」
ユーセフは暫く無言でこちらを見ていたが、答えても支障はないと判断したのか、口を開いた。
身体を、
構成する物質が。
「身体の物質が違っても共存出来るものなのか? 触ることは?」
いや……。
ユーセフは口元を僅かに歪ませ俯いた。
フェリヤールに
触ったことなど私は……。
「無いのか? 無くても一般論としてはどうなんだ」
未婚の女性だし。
いや、
フェリヤールに
性別はないが、
女性のような扱いで
いいかと……。
「……照れてるように見えんのは気のせいか? あんた」
ハーヴェルは顔を顰めた。
それは、
照れるだろう。
君は女性だから、
女性に触るなど
抵抗は無いだろうが……。
「女じゃないと言ってんだろうが」
ハーヴェルは声を荒らげた。
「俺は必要なら男でも女でもあちこち触る」
君は……案外と、
恥じらいが無いのか?
目を大きく見開き、ユーセフは戸惑うような表情をした。
「医者をやることもあるからだ。触ることは出来るのか? さっさと質問に答えろ」
ユーセフは暫く口を抑えていた。表情を抑えているらしい。
触ることは出来る。
そう聞いている。
「聞いてるだけか。実際には?」
違う物質の者は
隔離されて育つので、
一般には、
関わることも出来ない。
ユーセフは緩く腕を組んだ。
私は、
生家が管理する役割の家だったので、
少々なら
話は聞いていたというだけだ。
ハーヴェルは軽く目を眇めた。以前、魔女が何かで選別されていたのかという推測を立てていた。
あのときは、流石のあの魔女も物質の違う者同士の共存は無理だろうと言っていたが。
身体を構成する素粒子の組み合わせが微妙に違うというだけなのか、それとも全く違うがたまたま共存できたということか。
「ちなみにフェリヤールはどんな物質だ」
それは、
祭祀とかいうあの男も
聞いてきたが。
「イハ……祭祀が?」
唐突に祭祀の名が出てきたことに僅かに動揺したが、ハーヴェルは平静を装った。
あの男が、
どんなことになったかを考えれば、
答える訳にはいかない。
ユーセフは品の良い感じに溜め息を吐いた。
たとえ
あなたの質問でも。
「そういう言い回しやめろ。こっちが男だと言ってる事実を自宅に帰ってゆっくり考えて理解しろ」
不意にユーセフが上方を見た。
姿が消え、唐突に通信が途切れる。
毎回の途切れるタイミングも何となく態とやってるように感じてきた。
髪を掻き上げる。
あとには砂糖を溢したような満天の星と、砂の山のシルエットがぐるりと囲む景色だけが広がっていた。
冷えた空気が頬に触れる。
「祭祀」を攻撃したのがどこの場所なのか聞けば良かった。
ユーセフの姿があった辺りを眺めそう後悔した。




