SARADAB 墓地 4
ハーヴェルは手をのばしてアンジェリカの服をつかんだ。
グイッと引っ張りむりやり引きよせる。
「なにすんのよ! あんた女の子をなんて扱いすんの!」
「うるせえ! ふざけたまねしやがって!」
手にした剣がしなる。
「なによ! か弱い女の子を斬る気?」
アンジェリカが耳ざわりな声でわめく。
「どうせ斬ったところで、あたらしい体に魂魄を移し替えるだけだしな」
ハーヴェルはアンジェリカから手を離し、剣を鞘におさめた。
「そうよ」
アンジェリカが大きな青い瞳で挑発するように見上げる。
おたがい師匠をはさんで長く関わっている。
不死同士なので、いまさら相手の生死の話をしてもおなじ会話の繰り返してウンザリするだけなのもよく知っていた。
「まあ、墓荒らしのことを聞いた時点でどうせおまえだろうと思ったから、いろいろ用意はしてきたんだ」
ハーヴェルは懐をさぐった。
歯車をいくつも組み合わせた拳大ほどの装置をとりだす。
「あんたってほんと失礼よね。墓を荒らす人間なんてほかにもいるでしょ」
「毎回、眠らされた門番の血中からキルカエアに該当する成分が出てた。睡眠薬の調合にそんなもん使うのは、地中海に薬草の入手経路を持ってるジジババくらいだ」
「いっちいち失礼ね」
アンジェリカは腰に手をあてた。
「あんたたちには文献レベルの薬草でも、魔女と魔術師の界隈ではポピュラーなものよ」
「あっそ」
ハーヴェルは軽くあしらった。
錬金術師たちよりも、魔女や魔術師の方が不死や異常に長命の者が多い。
それだけに錬金術師たちは純粋な学者、魔女や魔術師は欲だけで探求している者という見方もこちら側にはある。
反目し合っているというほどではないが、関わり合う者は少ない。
ハーヴェルは、歯車の重なった装置を手元で操作した。
やがて操作した手がズンと重くなり、手前の空間の重力に変化が生じる。
アンジェリカがわずかに後ずさった。
二人のあいだの空間が、強烈に歪む。
いびつな波紋のように歪みが広がり、アンジェリカのいるほうに広がって行く。
「ちょっと。なにする気よ」
アンジェリカが自身を庇うように両手を顔のまえにかざした。
「動くな。手っとりばやく故郷に返してやる」
「ちょっ、なにそれ。もしかして量子転送の装置?」
アンジェリカはひきつった笑いを浮かべた。
物質を遠方に送る装置だが、まさかそんなもので対処されるとは思っていなかったのだろう。
アンジェリカはとっさに逃げようとしたが、服や髪の毛の先を空間の歪みにとらえられた。
「ちょっと! ムチャクチャじゃないの、あんた!」
「人を八つ裂きにしかけといて言うセリフか。ふざけやがって」
ハーヴェルは親指の先で歯車を調整し、操作を進めた。
「くっ」
アンジェリカは小さく呻くと、地面に手をついた。
空間の歪みから逃れようとして転倒したように見えたが、すぐに手近に放置されていた白い日傘を拾った。
空間の歪みに向けて日傘を開く。
ムダにかわいらしいフリルつきの日傘だが、重力か磁場のコントロール装置でも仕込んでるのか。
ハーヴェルは目をすがめた。
携帯する道具をいちいちふざけたファッションアイテムにしているのが、この魔女の嫌いなところの一つだ。
嫌いなところしかないのだが。
「ちょっとあんた! 量子転送の理屈は分かってやってるんでしょうね!」
アンジェリカがわめく。
「転送するのは、物質そのものじゃなくて物質の素粒子情報よ! いったん素粒子までバラバラにして受信機で情報をもとに再構成……ああもう、つまり!」
「いまさらおまえに講義されなくても知ってるよ」
ハーヴェルは装置の微調整をつづけた。
本来ならとっくに物質を送りつけているところなのだが、アンジェリカの抵抗のせいか調整が難しい。
「念のため聞くわよ。あんたエトルリアに受信機を設置済みの上でやってんでしょうね」
「まだしてねえよ。いつかエトルリアに行く機会があったらそのときにしてやる」
ハーヴェルはしれっと言い放った。
「ふざけてんのはどっちよ━━━━!!」
アンジェリカは、日傘で重力の変化に対抗しながらわめいた。
「やぁん助けてぇ! 性格の悪い錬金術師に殺されるぅ!」
「うるさい」
「この錬金術師をとり押──!」
アンジェリカが死体たちに向けて指示しかけたが、言い終わらないうちに歪んだ空間の方向に体がかたむき音声がぶれた。
「じゃあな」
「やだ、ちょっ……!」
アンジェリカの姿が端から砂状になり消えはじめる。
ふいに、歪んだ空間になにかがまぎれた。
空間の奥に、白く光るヒラヒラとしたものが舞っている。
人型のように見えた気もするが、気のせいか。
転送装置は、複数のものをいちどに転送すると素粒子の情報が混じり合う危険がある。
そのため本来ならドーム型の装置に送りたいものを閉じこめるのだが、携帯用の転送装置はそのドームがない分、よけいなものが紛れこまないよう自動的にガードする機能をつけている。
目視で確認できるほど大きなものが入りこむのは考えられないが。
正体をたしかめようとしたが、物体はすぐに見えなくなった。
アンジェリカの姿が霧のように散り、すっかり空間に呑みこまれる。
まだ歪みの残る空間を、ハーヴェルは怪訝に思いながら見つめたが。
ま、いいか。
すぐにそう思い直した。
子供のころから何かと目ざわりだった魔女を、とりあえず関わらなくていい形にしたのだ。
あの魔女が何の素粒子と混ざり合おうが、知ったことじゃない。
ひと眠りしたあとで考えよう。
ハーヴェルは、長いドレット状の髪を掻き上げた。
ここのところ毎夜このあたりを張り込んでいたのだ。
「余計な仕事させやがって」
不機嫌な声でつぶやいた。




