ALQASR ALMALAKIU DIRASA 王甥の屋敷 書斎 1
書斎は玄関ホールから非常に近い位置にあった。
陽が暮れるとすぐに灯りが必要になる奥まった位置のカリルの私室とは違い、書斎は開放的な構造で明るく、外庭に通じる回廊にも出られる。
書斎が面会の場を兼ねるのは、屋敷の主人の知識や教養を客人に見せつけるという意味合いがあると聞いた。
そのため、無駄に重厚な書物を並べてハッタリを噛ますこともあるとカリルが以前言っていた。
その重厚な書物を、面会者に襲われた際の武器にすることもあると言っていたのは、冗談だと思うが。
書斎の扉の前には、簡略的な武装をした兵士が二人いた。
ナバートに促され中に入る。
書斎の中央に設置された大理石のテーブルと上等な椅子。上座に当たる方に、カリルがいた。
アンジェリカは、テーブルに近付くとドレス両側の丈長の部分をからげ中腰に膝を折り礼をした。
「面会の場を設けていただき感謝致します。アンジェリカと申します」
「カリル・アル=シャムスだ」
カリルはアンジェリカに手を差し出した。
アンジェリカはその手を軽く取ると、そのまま再び膝を折った。
「エトルリアの挨拶かい? 優雅だね」
カリルが座るよう勧める。
ハーヴェルの方にも目線を向け、自身の近くの席に座るよう示す。
「彼は錬金術師のハーヴェル。専門家として同席して貰う」
カリルは、着席したハーヴェルを手で指し示した。
「……と言っても、既に顔見知りと聞いているが」
「ええ」
行儀の良い姿勢でカリルの向かい側に座り、アンジェリカはにっこりと笑った。
「彼の師匠に当たるお方を、よく知っておりますわ」
カリルは、ククッと小さく喉の奥を鳴らし微笑した。
ハーヴェルからすると反吐が出そうになる遠回しな言い方だが、カリルは腹を探り合うような会話が案外好きらしい。
慣れているというのもあるのだろうが。
「例の死体はどうしている?」
「腐敗処理をして保存してあります」
アンジェリカは、レースの手袋を嵌めた手を組み言った。
「腐敗処理をしたとしても、処理するタイミングがあるそうだね。面会までに日数を置いてしまって大丈夫だったかな」
「正直、ギリギリです。ここでご希望を伺い次第、すぐに作業に入ります」
アンジェリカは言った。
きっぱりとした物言いが、カリルは気に入ったように見えた。
「それは、申し訳なかった」
そう言い、カリルは微笑した。
「動きをなるべく滑らかにしたいとのことなので、人工魂魄を提案したいのですが」
アンジェリカは言った。
「ああ。それは、彼からも提案されている」
カリルは、ハーヴェルを視線で指し示した。
「では、人工魂魄の説明は省いてもよろしい?」
「そうだな」
カリルは、ハーヴェルの方を見た。
「錬金術師が使うものとは、違う部分もあると聞いたが」
「基本は同じです。カルツァ・クライン粒子に、情報を取り込む振る舞いをする素粒子を組み合わせます。量子転送のデータを保存するダイヤモンド製の装置は、その仕組みを応用したものです。容量は全く違いますが」
そうアンジェリカは言った。
「容量を増やす研究をしている者もいるが、素粒子が情報を保存する仕組み自体が最近の時代に分かったものなので、限界はあります」
ハーヴェルは捕捉した。
「つまりどうなる?」
カリルが落ち着いた口調で言った。
「生きていた時に比べると、少し惚けた感じになると思います」
ハーヴェルは言った。
「ええ。なので、脳の保存をより丁寧にさせていただいてます。こちらにいくらか手を加えれば、もう少し生きていたときに近い言動が出来ます」
アンジェリカは言った。
「手を加えるとはどんな」
カリルは言った。
「幸い、ほぼ破損せず残っていますので、神経細胞を復活させれば、かなり生きていたときに近い感じになるかと。加えて、精神活動に関する部分が活発に機能するよう復活させます」
「それで? 持ち主に逆らうようなことにはならないだろうな」
ハーヴェルは眉を寄せた。
「死人は、持ち主の音声を聞き分けて、持ち主の命令しか聞かないように造るのが基本仕様です」
アンジェリカは言った。
一瞬だけ猫を被った様子が素に戻り、ハーヴェルを睨み付ける。
「その際、注文主の声紋のデータが要るのですが」
表情をすっと元に戻しアンジェリカは言った。
ハーヴェルは無言で目を眇めた。
「もちろん、誓って悪用は致しません」
言いたいことを察したように、アンジェリカは言った。
「確約出来るか」
ハーヴェルは言った。
「信じていただければと言うしかないですわ。わざわざ新規の顧客を失くすような馬鹿な真似をするつもりは、こちらもありません」
「万が一悪用した場合には」
「ああ、分かった。承知した」
いつもの調子で言い合いを始めそうになった二人を、カリルは手で制した。
「身体の方の仕様ですが」
気を取り直すように手を組み、アンジェリカは言った。
「あの死体の死因は、毒物で間違いありませんわね」
「それは間違いない」
いまだ睨んだままハーヴェルは言った。
「内臓に損傷が見られたのですが、飲食をする訳ではないのであのままでも問題は無いでしょう」
「飲食せずに動き続ける仕組みは?」
落ち着いた声でカリルは言った。
「血液の代わりに別の液体を注入します。この液体の成分は、錬金術師の使うものとは違うので、ここで申し上げる訳にはいかないのですが」
アンジェリカは言った。
「研究開発上の秘密という訳か」
カリルは言った。はい、とアンジェリカは頷く。
「酸素や栄養素を運ぶ役割を、血液よりも効率よく長期間保てるよう調合した液体とだけ」
「ああ、し……」
カリルはそう言い、ハーヴェルの顔を見た。塩と言いかけたのかとハーヴェルは思った。
以前、弱点は塩だと雑談で話したのを思い出した。
「その液体の成分が、ナトリウムで中和されるものと聞いてるが」
ハーヴェルは言った。
「そのため、少量の塩で不具合が起こると」
「ええ、確かに」
アンジェリカは一瞬だけこちらに向け目を眇めた。
「以前は、ほんの少しの塩が体内に入った程度で機能停止していました。現在は、持ち主の声紋を脳に刷り込む際に、自分から塩を避けるように操作しています」
「錬金術師側の技術なら、その辺は問題ないが」
ハーヴェルは言った。
アンジェリカは、僅かに眉を寄せた。
「ですが、錬金術師側のものは、メンテナンスの間隔が短いでしょう」
まあ確かに、とハーヴェルは思った。
こいつらほど死体の使役に情熱を注ぐ者が、錬金術師側にはいない。
その分、何が何でも効率的に使おうとする方法は、あまり考えた者がいないのだ。




