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ネオ・ウルガータ ~次元のアルケミスト~  作者: 路明(ロア)
III 死体の医学的改造

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ALQASR ALMALAKIU 王甥の屋敷 2

「何なんだ、おまえら。いつからそんな協力関係みたいになった」

 カリルは顔を歪めた。

「主人の愛人と手を組むほど酔狂ではありません」

「だからだれが愛人だ」

「小姑が二人きたみたいで酒がまずい……」

 カリルが(ひじ)かけにもたれる。

「私もこの者も真面目に訴えているのに小姑などと」

「ああ分かった。ナバート、おまえもそこ座れ。頭上からわめくな、うるさい」

 指されたハーヴェルの横の位置をちらりと見て、ナバートはすぐにカリルのほうに向き直った。

「客人と並んで座るわけには」

 そうナバートは答えた。だが話はまだ終わっていない。周囲を見回す。

「予備の椅子がなかったですか」

「下」

 カリルはテーブルの下を指した。

 テーブル下から背もたれのない椅子を取りだすと、ナバートは「失礼します」と言い座った。

「改めて進言します。このまえあんなことがあったばかりですし」

「ああ……失敗した。座らせるんじゃなくて退室させるんだった」

 カリルは(ひたい)に手を当てた。

「この者と(こと)をはじめる時間までは居させてもらいます」

 ナバートはハーヴェルを指さした。

「そんなもんはじめねえから一晩でも警備の話をつめてろ」

 米噛みをひくつかせてハーヴェルは答えた。おまえね、とカリルが渋い顔をする。

「おまえらつまり、わたしにどうして欲しいんだ」

「俺をまず同席させてください」

 ハーヴェルは言った。

 カリルに注がれた果実酒を口にする。

「カリル様が直接会わずに代わりの者が応対するのではいけないのか」

 ハーヴェルのほうを向き、ナバートは問うた。

「細かい仕様の希望を伝えるにはちょっと難しいだろう。ただの召し使いと違って、間者に仕立てるとなると手間のかかる仕様になるだろうし」

「わたしは代わりの者に任せる気はないが」

 カリルがそう返す。

「ハーヴェルはとうぜん同席してもらう。専門的な話になったら、わたしには分からんからな」

「私は? 同席してはいけませんか」

 ナバートが身を乗りだす。

「追い追い検討する」

「なぜですか!」

「おまえのその勢いだと、面会の場に一個小隊でも配備しそうで」

「相手は素性も曖昧で、錬金術師と同程度の技術を持つ者です。そのくらいでちょうどいいではありませんか」

 ナバートは食い下がった。

「兵士がぎっしりつめこまれた部屋で話をしろというのか」

「そのくらいが安全です」

「男臭そうで気持ちが悪い」

 カリルは顔を歪めた。

「この者の同席は快諾しておいて、なぜ私は外されるのですか」

 ナバートは、ハーヴェルを指差した。

「役割が違うだろう」

「私はこの者より信用できないということですか!」

「小娘か、おまえは」

 カリルはうんざりと顔をしかめた。

「先ほどからそうやっておかしな例えをして……」

「まあ落ちつけ。これでも飲め」

 カリルは自身の使っていた酒器をナバートのまえに置くと、酒をそそいだ。

「酒は結構です」

「少しくらいいいだろう。たいして強い酒じゃない」

 ナバートは酒器を手に持ち、そそがれたものをじっと見た。

 チラッとハーヴェルのほうを見る。

 先ほどからチビチビと酒を口にしているハーヴェルと目が合う。

 酒器を手に持ちしばらく器の中身を見ていたが、やがて顔をうしろに反らしグッと飲んだ。

 酒器をテーブルに置くと、指先で口を拭う。

「私の同席を、検討していただけますか」

「ああ。考えておく」

 カリルは葡萄(ぶどう)の実を一粒口にした。

「私は以前から何度も志願してカリル様の直属になったんです。三十年前の国境付近の紛争で、交渉に当たったあなたの話を聞いて……!」

 唐突にナバートは語りだした。

「ずいぶんむかしの話を持ちだしてきたな」

 カリルが眉をよせる。

「直属になったのは最近でも、何度も何度も何度も志願して……」

 セリフがなぜか途中で途切れた。

 やはりここに来たのは最近なのか。ハーヴェルは思った。

「この者との付き合いが長いのは知っていますが、私のほうが……」

 ふたたびセリフを途切れさせ、ナバートはうつむいた。しばらくしてからゆっくりと顔を上げてハーヴェルのほうを見る。

「そういえば、どのくらいの付き合いなのだ。あなたは私とそう変わらない年頃のようだが……」

 息を吐きながら、またうつむく。

 何か様子がおかしくないか。

 ハーヴェルはじっとナバートの様子を見た。ややしてから、意見を求めてカリルに顔を向ける。

 カリルは葡萄の実を口のまえに運んだまま、動作を止めてナバートを見ていた。

 ナバートが、ふう、と息をつく。うつむいてテーブルに頭を乗せると、そのまま、すぅっと眠ってしまった。

 ハーヴェルは酒器を手に固まった。

「……酒に何か盛ったんですか?」

 カリルも葡萄の実を持ったまま呆然としている。

「何も入れていない。おまえが飲んでいるのと同じのものだ」

「……弱」

「見たことないくらい弱いな……」

 ほぼ同時に呟いた。

 しばらくそろってナバートの寝顔を凝視する。

「軍人がこれって大丈夫なんですか」

「ほかは割と有能なんだが……」

 いまだ葡萄の実を手にしたままカリルが答える。

「酒がからむ作戦は、こいつは無理なんだな。覚えておこう」

 カリルは手を伸ばし、ナバートに貸した酒器を静かに取った。

「俺なんか水と食事がわりですがね」

「おまえそんな食生活してんの?」

 カリルは眉をよせた。

「それでよく立ち回りなんかするね」

「何となく大丈夫ですが」

 ハーヴェルは、ナバートのほうを見た。

 ああ……とカリルが溜め息をつく。

「どうしたものかな、これ」

「急性の中毒でも起こしてないか診ますか」

「起こすほど飲んだか?」

 カリルは手元で酒器を一、二度ゆらした。残っていた酒を確かめる。

「様子がひどければ点滴の道具でも持ってきますが。あとは毛布でも被せておけと言うしか」

「放っておかれて風邪ひくほど(やわ)じゃないと思うが」

 仕方ない、と呟いてカリルは立ち上がった。ナバートの背後から両肩をつかみ上体を起こす。

 ナバートは、カクンと首をうしろに反らせた。

「おい、ナバート」

 頬を何度か叩く。

「起きろ」

「起きても自宅にたどり着けますかね、これ」

 ハーヴェルも椅子から立った。ナバートの顔を覗きこむ。

「酒場に慣れてなさそうだったのは、こういうことか」

「この間の感じだと、品のない雰囲気に嫌悪感があるように見えましたが」

 ハーヴェルはさらに顔を近づけて覗きこんだ。

「潔癖症なんですかね」

「潔癖症だ。それはまえから知ってる」

 カリルは尚もペシペシとナバートの頬を叩いた。

「起きませんね」

「自宅に送らせてもいいが、家族に何か言われんかな、こいつ」

「きつい家族なんですか」

「家族仲は知らんが、エリート官僚一家の五男坊だ」

「ああ、そんな感じですね」

 ハーヴェルは童顔を覗きこんだ。

「警備対象者の私室で酒飲んで眠ったなんて、人が聞いたらたしかに失態ですね」

「しかたない。おまえ足のほう持て」

 カリルはナバートの脇の下に両手を差しこむと、身体を引きずった。

「寝台に運ぶんですか」

 ハーヴェルは上着を脱いだ。座っていた長椅子の座面に雑に置く。

「あなたは? 別室に行くんですか」

「奥のシャミーマの部屋を使う」

「奥方のですか」

 ハーヴェルはかがんで足を持った。

「奥方は、いまだ別宅で静養中ですか」

「もともと体が弱かったからな」

 意識のない身体は非常に重い。

 ナバートの身体をくの字の状態で持ち上げ、広い部屋の一角にある寝台まで運ぶと、放り投げて寝かせる。

 天蓋(てんがい)の薄い布が、ナバートの身体に引っ張られ内側にまくれた。

「童顔でも、それなり重いもんだな」

 カリルは息を吐いた。

「童顔でも男ですからね」

 カリルは寝台に片膝(かたひざ)を乗せて、ナバートの軍装の(えり)に指をかけた。

「脱がせたほうがいいのか、これ。どこまで脱がすものなんだ」

 かがんで首のあたりの留め具を外す。

「寝やすい程度でいいと思いますが」

 ハーヴェルは言った。

「俺が脱がせますか?」

「やってくれ。おまえのほうが介抱は慣れてる」

 そう言うとカリルは寝台から降りた。

 入れかわりでハーヴェルが服の留め具を外す。

 カリルはナバートの足をつかむと、履き物を脱がせて床に投げるように置いた。

「こいつ、主人に靴脱がさせやがった……」

 眉をよせてそう呟いた。





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