SARADAB 墓地 3
「おなじ不死とはいっても、俺とおまえとじゃ方法がだいぶ違うからな。おまえのほうが不利なんじゃないか?」
ハーヴェルはアンジェリカを真正面からにらみつけた。
「いまのその体と替えの体とを両方ぶっ殺せば、魂魄の移し替えができなくなって当分はおとなしくなるよなあ?」
「かよわい女の子に暴力ふるう気?」
アンジェリカが声を張り上げる。
「なにが女の子だ」
「あんただって不老不死って以外はふつうの人間じゃない。大きなケガでも負えばしばらく仮死状態くらいにはなるわよね?」
二人の不死人は、そのまま至近距離でにらみ合った。
ふいにアンジェリカが大きな青い目を逸らす。スカートのウエストのあたりをさぐった。
とっさにハーヴェルもそちらに視線を移す。
途端。
ハーヴェルの顔に向けて、霧状の液体が吹きかけられた。
「ぶぁっ!」
腕を大きく動かし、ハーヴェルは後ずさりした。クセのあるムスクの香りが鼻をつく。
「なにしやがる!」
アンジェリカが霧吹きのような小瓶を顔のまえにかざしているのが目に入った。
「立ちなさい!」
アンジェリカが死体たちに呼びかけた。
土の上に倒されたままゼンマイ仕掛けの人形のように腕だけを動かしていた死体たちは、それぞれに不自然な手順で身を起こした。
無意識に自分の身を気づかう生きた人間の立ち上がりかたとは違う。
どんな体勢からであれ、ともかく足の裏を地面につけ、ともかく膝を伸ばし、ともかく両脚を支えにして立ち上がればよい。
そうプログラムされた立ち上がりかただ。
死体たちが全員立ち上がると、アンジェリカはハーヴェルを指さした。
「このムスクの匂いのする錬金術師を八つ裂きにしなさい!」
そういうことかとハーヴェルは舌打ちした。
眼球が乾ききって見えないはずの死体たちをどうやって誘導しているのかと思っていたが、声と匂いか。
横目で周囲をうかがう。
有利な位置に飛びのこうとしたが、そのまえに死人たちに両腕をとられた。
がっちりとした太い腕で、両側から引っ張られる。
「もろに言葉どおりのことやってんじゃねえ!」
ハーヴェルは、不安定な態勢で利き足側の死人を蹴りつけた。
一気に重心移動して片方の腕を振り払うと、残ったほうに回し蹴りを食わせる。
このあたりの土地は丈の長い貫頭衣にローブといった格好が一般的なのだが、ハーヴェルの場合は大きくスリットの入った上着にズボンという服装が常だった。
理由は、足技が使いやすいため。
「……って」
肩の関節のあたりをさすり、顔をしかめる。
「やだすご」
アンジェリカは柱にもたれかかり人ごとのようにつぶやいた。
「ねえねえ、そういうのもお師匠さまに教わったの?」
アンジェリカがニヤニヤと笑う。
ハーヴェルは無言でにらんだ。
「お師匠さまってグルガンジュの良家出身って聞いたけど、良家の男子ってそういうの必須だもんねえ」
ハーヴェルの反応など無視して、アンジェリカがうっとりと高い天井をあおぐ。
「ほんと、なんでもできるお方だったわあ。なぁんでいなくなっちゃったのかしら。乱暴者で生意気な弟子がウザくなっちゃったのかしら」
「頭きた」
ハーヴェルは、つかつかと魔女に歩みよった。
「ちょっと! 捕まえなさい!」
アンジェリカが後ずさりながら死体たちに命令する。
蹴り倒された死体たちがノロノロと起き上がった。
そのうちの一体が、ハーヴェルをうしろから羽交締めにする。
「この……!」
ハーヴェルは肩を大きくゆらしてのがれようとしたが、もともとかなりの体格差がある。
自身の腰をさぐり、ほそい剣を抜いた。
逆手に持ち死体の横腹に突き刺す。息を吐き一気に引きぬくと、腐汁がドプドプと流れでた。
「クソ! 死体くせえ!」
嫌悪感で、ついハーヴェルは声を上げた。
死人の体がかたむく。ハーヴェルから手が離れた。
とりあえず羽交締めからのがれることはできたが、この程度の傷は死体が手足を動かすのに支障はない。
確実に運動機能を止めなければキリがない。
一体ずつ脊髄を刺すか、それとも足の腱を切っていくか。
それとも。
二、三度剣を振り手遊びすると、ハーヴェルは最後に強く振った。
グルガンジュの細くよくしなる剣が、地下のよどんだ空気をブンと切る。
「司令塔がいなくなりゃ一発だよな」
ハーヴェルはそう告げて、つかつかとアンジェリカに歩みよった。
「え、ちょっと」
アンジェリカがあわてて身をひるがえし逃げようとする。柱を盾にするようにかげにかくれた。