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ネオ・ウルガータ ~次元のアルケミスト~  作者: 路明(ロア)
II 観測衛星ルフ・シャハフ

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MUKHTABAR HAYTH LILIQA'/Angelica アンジェリカの研究室 遭遇の場 3

 暗くなった室内で、自身のひそめた呼吸音だけが耳に届いた。

 人工子宮カプセルの微調整を行う機材が、静かな室内でわずかに歯車を動かす。

 アンジェリカはうずくまった姿勢のまま目だけを左右に動かした。

 あたりの様子を目でさぐる。

 口と鼻を(おお)う立体型のマスクをつけていた。マスクの中央から小型の酸素ボンベにつづくノズルが伸びている。

 毒物を扱うこともある研究室には、かならず常備してあるものだ。

 それも想定してないとは。

 呼吸というものがあちらにはなくて、理屈がいまいち分かっていないのだろうか。

 そのわりにユーセフが溜め息をついていたり、息を吐くような笑い方をしていたりするが。

 あれはどんな身体の機能が影響した仕草なのか。

 アンジェリカは、うずくまった姿勢のままモソモソと動いた。

 あたりを伺いながら、そっと部屋の扉を開ける。

「ぷはーあ!」

 どうやら安全らしいと確認してマスクをとり、大袈裟に息を吐いた。

 街中にあるこの家は、夜のおそい時間帯になってもあちらこちらの灯りが窓から射しこむので、完全な暗闇にはならない。

 薄暗い中に、ぼんやりと家財道具が浮かぶ。

 明かりとりの窓から顔をだした。

「はー」

 一息ついて、タキオン動力の煌々とした明かりをつける。

 室内のカラフルな色が目に飛びこんだ。

「あーなにあれ。なにあの任務バカは」

 いくら上の命令だといえ、こんなに可愛くてかよわい女の子を殺すなんて、気が引けたりしないのかしらと思う。

「どこまでも任務優先とか、いくらイケメンでも引くわあ」

 アンジェリカは肩をすくめた。

 あらためて研究室に入る。

 スプリンクラーのボタンをもとの状態に戻した。

 ピンポイントでこのボタンを押した技術は、なかなか脅威だ。

 向こうの次元からどうやって位置を特定しているのか。

 三次元同士なら目で見えているものにそのまま狙いを定めればいいが、次元が違えばそんなわけにはいかない。

 別次元の情報を得るために重力子を使う方法は、こちらでも多少考えられた時代はあるが。

 少なくともこちらなりの方法を考えなければ反撃はできない。

 あの錬金術師ひとりだけが狙われているなら別にいいが、自分が狙われるなら話は深刻だ。

 むしろあいつが殺られたら、お戻りになったイハーブ師匠になぐさめの言葉をおかけして好感度を爆上げしてやるんだけど。

「ああーダメ。あいつ死なないじゃない……」

 アンジェリカは頭を抱えた。

 考えてみればあの五次元の軍隊らしき組織は、不死の人間を二人つけ狙ってるのか。

 すっごい時間と労力のムダ。

 だが、その辺で分かったことがいくつかある。

 向こうからは、おそらく過去は見えてもどの人間の過去がどれなのかの特定が難しいのでは。 

 ユーセフの説明を信じるならば、ただ過去の景色と現在の景色が重なって見えるだけなのか。

 そうでなければ不死というのはとっくにバレてるはずだ。

 それと。

 向こうからは、熱と振動はたぶん観測できない。

 次元間に伝導しそうなものが存在しないのだから、当然といえば当然かもしれないが。

 なんらかの方法で観測できるなら、いくら動かなくなったとしても体温と心音を維持しつづけているのに気づくはず。

 見た目だけの死亡確認なのか。


 そうなると「祭祀(さいし)」の死亡というのも疑問が湧く。


 死んではいない可能性もゼロではない。

 そもそも祭祀がフェリヤールを助けたというのは、いつごろのことなのか。

「ちょっと待って。考えまとめる……」

 アンジェリカは額に手を当てた。机の引きだしから羽根ペンとインクを取りだす。

 羽根ペンは可愛いローズピンク、インクは(びん)のデザインが可愛いハート型のものを使っていた。

「うーん」

 うなったところで不意に空気の変化を感じる。

 肌に直接ふれる空気ではなく、脳の一部で感知する気の変化。

 五次元からのコンタクトとは微妙にちがう気がするが。

 アンジェリカは小物棚のほうを振り向くと、念のため酸素ボンベつきのマスクを手にとった。

 足元の空間が歪み、石の床に何らかの物体らしきものが現れる。

 サラサラと砂が集まるようにして形になったそれは、あおむけになった男性の死体だった。

「ふ?」

 目を丸くする。

 口にマスクを押しあて、しばらく無言で死体をながめた。

 足先をそーっと伸ばし、死体の肩をつつく。

「なにこれ」

 死体の服になにか書いてあると気づいた。

 マスクをつけたままおそるおそる死体の横にしゃがみ、じっと文字を目で追う。

 書いてある検査の項目数を指差しで数える。

 最後のハーヴェルの名まで読むと、アンジェリカは床にマスクを置いた。

「嫌がらせだわ……」

 立ち上がり、道具棚から小型の計算機を取りだした。

 検査にかかるもろもろの消耗品、ハーヴェルの伝言どおりの項目をすべて検査した場合の薬品代、機材の使用料、拘束される時間、その他諸経費。

「下げ渡し死体が一体くらいじゃ割に合わないいい!」

 アンジェリカは声を上げた。

 とうぜんハーヴェルはそんなことは分かっているだろう。

 こちらがともかく死体を欲しがっているところを突いてくるのと、わざわざ王族がらみだと明記しているのが悪質だ。

「断ったら墓所荒らしの余罪、追及されるかしら……」

 ううっとアンジェリカはうめいた。





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