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SARADAB 墓地 2



「ちょっ、なにしてくれてんのよ!」



 鈴を転がすような声が響く。奥の柱のかげから小柄な少女が駆けよった。

 見ためは十五、六歳。

 白銀の髪を(あご)のラインできれいに切りそろえている。

 ふかい湖のような濃い青色の瞳、うす桃色の小さな唇。外見だけは可憐な妖精のような美しさだ。

 白いミニドレスを身につけていた。

 一枚生地か貫頭衣が一般的のこの地域としては、かなりめずらしい服装だ。

 気候を考えれば、実用性はまったくない。

 いかに見ためだけにこだわる性格かが分かる。

 ミニスカートからあらわになった脚には、太股までの長靴下をはいていた。

 長い布で腰をおおえば服装が一枚ですんで楽なのではとハーヴェルは思うのだが、いまさらそこに触れる気もない。



「クソ魔女が」



 ハーヴェルは吐き捨てた。

「アンジェリカさんとか呼んで」

 少女がレースの手袋をはめた手でハーヴェルを指さす。


「あんたのとこのお師匠さまみたいに、ちゃんと名前で呼んでくれないかしら」


 地中海の都市国家、エトルリア出身の魔女だ。

 もとはエトルリアの巫女だったと言っているらしいが、五百年まえの話なのでさだかではない。

 自然科学の専門家、研究者という点ではハーヴェルたち錬金術師と変わりはない。

 だが、師匠から知識を学び、ある程度のコミュニティを持つ錬金術師と違い、魔女、魔術師と呼ばれる者たちは独学が多くコミュニティもとくにないのがふつうだ。

 研究内容も倫理から外れたものが多いという傾向がある。


「死体を使って墓荒らしか。あいかわらず悪趣味すぎて吐き気がする」


 ハーヴェルは土の掘られた箇所をながめた。

「だって」

 アンジェリカはうつむいて頬に手をあてた。

「女の子だもん。こんな力仕事、自分でできるわけないじゃない」

「なにが女の子だ。五百歳は越えてるババアが」

 アンジェリカが非常に不快そうに眉根をよせる。


「あいかわらずムカつくわね、あんた」 

「うるせえ。さっさとやめさせろ」


「それなのよねえ」

 アンジェリカはかわいらしく肩をすくめた。

「なぁんで地下墓所まで作って、わざわざ土に埋めるのかしらね。ここに(ひつぎ)を置きっぱじゃダメなのかしら」

「河に還るって考えだ。よその土地の風習に文句があるなら、故郷に帰れ」

 アンジェリカが、フンと鼻を鳴らす。



「あんたのとこのお師匠さまがやさしく言ってくださるなら聞いてもいいんだけどなぁ」

「んだと」



 ハーヴェルは不機嫌に応じた。

「イハーブお師匠さまは、あんたと違ってやさしかったなぁ。会いたいなあ」

「うるさい」

「お師匠さまはやさしく許してくれたわよ。“きみの仕事もよく分かる、でもたとえば重罪人の墓とかだけにできないかなあ”って」


 「三十年まえだけどね」と続けてアンジェリカはコロコロと笑った。


「その言われたことも破って王族の墓に手ぇ出しはじめたから、俺が出張ってきたんだろうが」

「だぁってぇ」

 アンジェリカが手をうしろに組み、かわいらしく身を左右によじってみせる。

「王宮関係者の死体って、きれいなんだもぉん。状態も容姿も」

「おまえの精神構造にはつくづく吐き気がする」

 ハーヴェルは顔をしかめた。


「ね、それで? あんたがわざわざ出張ってきたのって王族のかたのご要請?」


 アンジェリカは、クルッとミニスカートをひるがえしてこちらを向いた。

「たしか、ご幼少時にお師匠さまが家庭教師をしてたってかたが王族にいたわよねえ」

「だから何だ」

「いなくなって三十年も経つ師匠のもと教え子の頼みごとって聞く義理あるの?」

 アンジェリカは口に手をあてニヤニヤと笑った。

「いくら王族でも、絶対服従って時代じゃないじゃない?」

「おまえに関係あるか」

「あるわよ。お師匠さまの追っかけやってたんだもん」

 アンジェリカは肩をすくめた。


 もの静かで知的な雰囲気であった師匠イハーブの姿をハーヴェルは思い浮かべた。

 女の目で見れば美男子だったらしい。

 とつぜん姿を消してから三十年になるが、ウイルスを使った遺伝子書きかえで不老不死の身になっているため、いまでもいなくなったときの姿と変わらないと思われた。


「ともかくこの作業はここでしまいだ。死人の召使いづくりがおまえの収入源だろうが知ったことじゃない」


 死人の男たちはこの会話のあいだも黙々と土を掘る作業をつづけている。

 ハーヴェルはつかつかと男たちに近づき、勢いよく蹴倒(けたお)した。

「ちょっと、なにすんの!」

 アンジェリカが甲高い声を上げる。


「死体を一体動けるようにするって、どれだけ手間と費用かかると思ってんの! 死体の皮膚を加工した糸を(つむ)いで、それで神経と筋肉を()いつけてつなぎ合わせて、小脳の損傷部分にべつの死体からとった細胞を培養させて移植して!」


「人の仕事中に気色の悪い講義をはじめんじゃねえ!」

 ハーヴェルはもう一人の死人を蹴倒した。

「やだもう。あんたってほんと、この世から消えて欲しい!」

 アンジェリカはそうわめいたが、ややして大きなため息をついた。


「……と言ってもムリよね。あんたも不死だもんね」

 そう続けてかわいらしく首をかたむける。



「それで? お師匠さまには聞けた? どうして知らないうちに勝手に不老不死にされちゃったのか」



 ハーヴェルは無言でにらんだ。

「聞けるわけないわよねえ」

 アンジェリカは口に手をあててニヤニヤと笑った。非常にいやな表情だ。

「もう三十年もお戻りになってないんだものねえ」

 クスクスと耳ざわりな笑い声を漏らす。

「不老不死にされたことに気づいたの、お師匠さまが行方をくらましてだいぶ経ってからなんでしょ? ねね、それって信頼関係グラグラこない?」

「べつに」

 ハーヴェルはみじかく答えた。

「へええ、それってなんで? やっぱりウワサどおり肉体関係があったからかなあ?」

「どこのウワサだ。おまえの脳内か」

 ハーヴェルは嫌悪に顔をしかめた。

 つかつかとアンジェリカに近づく。

 あわてて柱のかげに逃げようとするアンジェリカの顔の横に手をつき、逃げるのを(はば)んだ。

「おまえ何だそりゃ。動揺でもさせようってつもりか」

「ただのいやがらせよ」

「クソが」

 ハーヴェルは吐き捨てた。



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