MUKHTABAR/Angelica アンジェリカの研究室 2
「何だ」
「フェリヤールって、寿命はどんなくらい?」
ハーヴェルは、フェリヤールの顔を見上げた。
アンジェリカも同様に見上げる。
「そっちの次元の人間の平均寿命ってどれくらいだ」
へいきん
じゅみょ?
フェリヤールは人工子宮のカプセルの上に浮いて復唱した。
「つまり生まれた子供が、だいたい何歳まで生きるかっていう」
しらない。
フェリヤールは答えた。表情からして、質問の意味が分かっているのかすら怪しい。
「……隔離されて育ったからか? たしかに生贄にそんなもの教えても仕方ないかもしれんが」
「え、なに、そういう育ち方なの?」
「だそうだ」
アンジェリカはフェリヤールをまっすぐに見上げた。
「隔離状態で恋人とはどうやって出逢ったの?」
やけに力のこもった口調だ。
「本当に恋人なのか? こいつが言うには壁越しに話しかけてきただけらしいが」
「壁越しに? 顔見てないの? それで付き合っちゃった人がいきなりイケメンで大当たりって、どんだけ運いいの?」
アンジェリカがフェリヤールのほうに身を乗り出した。
「それともそっちの次元ってイケメン率高いの?」
「……おまえ、あの下向いたうっすい映像みたいなのだけで顔立ち分かったのか」
「あれだけ見れば充分じゃない。精悍系イケメンって感じじゃなかった?」
「話戻すぞ。フェリヤール、じゃあおまえは何歳だった」
なん
さい。
フェリヤールは復唱して首をかしげた。
「ああ……つまり、生まれてから何年だった」
なん
ねん。
うーん、とフェリヤールは考えこんだ。
「暦は学んでたんだろ? 何回繰り返した」
こよみは、
むげんに
繰りかえすの。
フェリヤールが両手を広げてはしゃぐ。
「は?」
ハーヴェルは困惑した。
「暦が無限に表記されてるって意味か? いや不可能だろ。必ずどこかで終わるはずだ」
「いえ……」
アンジェリカが腕を組んだ。
「たとえば車輪みたいな形状の暦だとか」
アンジェリカは手元で糸巻き器を回すような仕草をしてみせた。
こよみ、
丸だよ。
フェリヤールが答える。
「ほらね」
アンジェリカがフェリヤールを指差す。
フェリヤールは、巨大な車輪を回すかのように腕を回した。
「誤差はどうする。年々誤差が溜まっていったら、どこかで大幅に修正するか暦を変えるしかない」
ごさしゅうせいする時は、
ごさのぶん
暦を止めるの。
止めるために、
生贄をつかうの。
「え゙」
アンジェリカが奇妙な声を上げて口を歪ませる。
ハーヴェルもつい喉を詰まらせたような声を出してしまった。
こよみと
一体化して、
コントロールする
やくわりするの。
「あ、ああ……そういうこと」
アンジェリカは人工子宮についた梯子に手をついた。
「身体を張って車輪を止めるみたいな感じで説明するから、一瞬エグい想像しちゃった」
「……俺も」
ハーヴェルは口を手で抑えてうつむいた。
「こう……生身の身体で強引につっかえ棒してスプラッタみたいな」
「……ああ」
フェリヤールは、目線を合わせる位置まで降りてきた。
気が
あうんだね。
「……唐突に不愉快な冗談ぶっこむな」
「つまり暦の部品の一部になるみたいな?」
アンジェリカが呟く。
「こっちでいちばん近い感じに解釈すると、魂魄を車輪に封印されて、永久に誤差を調整する役目になるみたいなイメージ?」
「永久なら、誤差が溜まるたびに生贄を必要とする理由は?」
ハーヴェルは問うた。
「魂魄のエネルギーが時を経ると落ちてくるとか、そんなところ?」
「使い捨てか」
「転生もできない究極の使い捨てね。まあ、この解釈で合ってればだけど」
そうアンジェリカが言う。
「そこから解放されることは本当にまったく無いのか?」
ハーヴェルは、頭上に浮いたフェリヤールに尋ねた。
「ないから “生贄” なんじゃないの?」
アンジェリカがそう返す。
「なにもここの土地だって似たようなことはやってるじゃない。ついこの前も王族の人に殉葬した人たちがいたでしょ」
その遺体を掘り起こして商売に使おうとしてたのがおまえだがなと、ハーヴェルは内心で突っ込んだ。
「あれは希望者のみだ。何度も聞き取りをして本当に本心からだと認定された者だけ許可が下りる」
「でも遺族には王家から弔慰金がたっぷり下りるから、やっぱりその辺の理由で、あえて遺族の犠牲になる人もいるって背景は知ってるわよね」
ハーヴェルは無言で応じた。
そういう背景があることまで知りつつ自身の利益に使おうとした目のまえの魔女の屑ぶりのほうが内心で強調される。
「それにしても」
アンジェリカが呟く。
「生贄とかなんとか言ってる宗教くさいところと、次元間に介入してある程度の影響を与えてくる技術力と、同じ文明とは思えないんだけど」
アンジェリカが眉をよせる。
「古来からのものと最新の技術とを上手く良いとこどりしてる文明もそりゃあるけど。ここらの土地もまあそういう感じだし」
「こちらの文明の延長線上みたいに捉えるほうが根本的に違うんじゃないか?」
ハーヴェルは言った。
「例えば、魂魄もエネルギー体のひとつと合理的に捉えて、動力として活用する方法が確立された社会だとか」
「錬金術側っぽい考えよね」
アンジェリカが答える。
「そういうのって、あっちの次元の一般人は納得するものなのかしら」
「そもそも一般人というものがあればの前提だが……」
ハーヴェルはそうと前置きした。
「魂魄を使われる者がはじめから納得する形で選別されてるとしたら」
やや間を置いて、ハーヴェルは宙を眺めた。
「そういや、それっぽいこと言ってなかったか……?」
フェリヤールの姿を目でさがす。
天井近くに浮いていたフェリヤールは、こんどは下に降りて人工子宮のカプセルと並ぶ位置にいる。
フェリヤールがふとあさっての方向を見る。あわてたように左右を見回した。
次の瞬間、ハーヴェルのほうに突進してくる。
何があったのかと察するまえにハーヴェルはつい後ずさった。
「あっちに行けと言ったろう! あっちのほうが慣れてる!」
アンジェリカを指差す。
「え、うそっ!」
アンジェリカが声を上げた。
「ややややっぱほら、頼りになる男の人のほうがっ!」
アンジェリカは防御するように両腕をクロスさせた。
フェリヤールは困ったような顔で二人を交互に見たが、あらためてハーヴェルの身体のほうに飛びこんだ。
「あっ……くそ」
飛びこまれた勢いでよろめき、赤ピンクの敷物を足でこする。
「高い敷物なのに。傷むじゃない」
「じゃあてめえが引き受けろ」
ハーヴェルは魔女を睨んだ。
脳の中にありえない空間が広がっていく心地の悪い感覚にふたたび襲われた。




