MUKHTABAR/Harwerth ハーヴェルの研究室 6
あちらにも天地があるのかとやや意外に思ったが、重力があればそうなるか。
重力があれば、建物に強度が要る。
そのあたりでフェリヤールが隔離されていた建物の壁というのもイメージはできる。
重力の強さによって建物の重視すべき箇所も違ってくる。
高次元になるほど重力が強いという説も聞いたことなあるが、どうなのか。
ここにイハーブがいたらもっと徹底的に追求したがるだろうなと思う。
いなくなる間際に高次元に関する計算をしていたらしいのを思い出した。
あの数式のメモは、いまはもう書庫のずいぶん奥に埋まってしまっているが。
こっちは、
お花
ないんだね。
不意にフェリヤールが言う。
「そういう土地というだけだ。つぎつぎ何種類もの花が咲いてる土地もある」
ハーヴェルは、乳鉢のなかの粉薬を乳棒でかき集めた。
カチカチ、と陶器のぶつかり合う音がする。
フェリヤールの
いたとこも、
そう
だったのかなあ。
「さあな」
いろんな
とこが
あったの
かなあ。
「……俺に聞かれてもさすがに」
花びらがいっせいに舞っていたということは、花が咲く時期と散る時期があったということか。
季節があるのか。
「暦とかはなかったのか」
ハーヴェルは尋ねた。
三種類の衛星の動きを把握しているところと、別次元に介入するところまで進歩した技術があるなら暦は存在しそうだ。
何らかの文明を築こうとしたら、まず自然のサイクルを知る必要性に気づく。
こちらの次元の世界でいえば、まずは食物を得るために。
木の実の採取にしろ畑で作物をつくるにしろ、季節がどう動いていくのか予測することが重要になってくる。
そこから天文の観測がはじまる。
自然のサイクルと連動している星の記録をつけ始める。
暦というのは、最初の科学でもある。
暦、
あったよ。
フェリヤール、
暦の
べんきょうしてた。
フェリヤールが嬉しそうに言う。やっと自信を持って話せる話題が出てきて張りきった感じだ。
「どんな暦だ。季節ごとの祭日とかはなかったのか」
あった。
フェリヤール、
七日あとの
さいじつで
生贄だった。
カチャ、カチャと陶器の音が屋内に響いた。
……何となく聞くんじゃなかった。
ハーヴェルは無言で乳棒を動かした。
「それ明るく言うことなのか? おまえらの風習で生贄ってどんな位置にいるんだ」
フェリヤールはしばらく首をかしげていた。考えこんでいるのか。
よく
分かんない。
ヨシュアは、
ぜったい
助けて
あげるねって
いってた。
こいつにいまいち悲愴感がないのは、外の価値観を教えられず育ったせいなのか。
「名誉だとか教えられてたのか?」
めーよ。
「生贄が」
カチャカチャと忙しなく陶器の音を立てる。
べつのせかいに
いる、
かみさまに
会えるんだよって
いわれてたあ。
「ああ、そっちのパターンか」
広がった粉薬をカチャカチャと乳棒で集める。
だから
フェリヤール、
祭祀が
かみさまなんだって
おもったあ。
ハーヴェルは眉をよせた。祭祀とやらが出てくると、こいつの話はより解読不能になる気がする。
「悪い。ここからちょっと細かい作業になるから」
うん?
意味が分からなかったらしく、フェリヤールは首をかしげた。
「べつの部屋にでも行っててくれるか?」
ハーヴェルはとなりの部屋のほうを指で示した。
もともとこの家は、師匠のイハーブが一人で住んでいた家なので広くはない。
べつの部屋というと、ハーヴェルがむかし寝室にしていた部屋と狭い書庫くらいしかないのだが。
「こちらの文字は読めるか」
ハーヴェルは尋ねた。
よめない。
「じゃあ書庫のもの見てても面白くないか」
ハーヴェルは薬棚の上をさぐった。
紐でたばねられた紙をいくつか取り、うすく積もっていた埃を払う。
紐を解き紙を開いて、フェリヤールに見せた。
「こちらの暦だ。これ見て暇つぶしてろ」
ふうん。
フェリヤールは近づいてまじまじと見た。
なに
このもようー。
「こっちの文字だ。記号ならだいたい見当つくだろ。丸の半分を黒く塗り潰してるのが夏至、反対側を塗り潰してるのが冬至、右上に毎日あるのが月齢」
つき、
ひとつしかないよ。
「こちらの月は一個だけだ」
フェリヤールが「ああー」と声を上げて両手を叩いた。
フェリヤール
へんだと
思ってたあ。
なんでこっちは、
ひとつ月の日しか
ないのって。
「疑問が一つ解けてよかったな」
どうでもいいという気分でハーヴェルは答えた。
そもそも人の世話に向いている質ではない。
イハーブのように、無遠慮にはしゃぐ相手にどこまでも対応しながらの作業は苦手だ。
家のなかでいちばん広い空間を占める作業スペースをハーヴェルはつかつかと横切った。
となりの部屋の扉を開ける。
十五歳以降、ハーヴェルが寝室と私室を兼ねて使っていた部屋だ。
実験や学問に関するものはすべてイハーブと共用だったので、ここには寝台と服を入れた長持くらいしかない。
殺風景な部屋だ。
ハーヴェルは、寝台の上に暦をならべた。
「これ見てろ。何かあったら呼べ」
それだけを言い、作業スペースに戻った。




