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SARADAB 墓地 1

 文様の彫られた柱のまえでハーヴェルは立ち止まった。


 月を見上げて、おおむねの時間帯の見当をつける。

 かぶっていた外套のフードをばさりと外した。

 砂をさくさくとした踏みしめ先を進む。

 規則的な間隔で立つ数本の柱のあいだから、人影がのぞいたのが横目に見えた。

 そちらを見やる。

 柱の奥に、磨き上げられた真っ白い大理石の壁があった。


 手にしたタキオン動力のランプに照らされ、女性と見まがう顔立ちの青年が映っていた。


 切れ長の黒目がちな瞳に、通った細い鼻筋。砂漠の住人にしては白くなめらかな肌。

 (えり)元で雑にまとめたドレッド状の髪が、肩にザラリと落ちる。

 自身の姿が映っていたのだと確認して、すぐに前を向き先を進んだ。


 門の手前であたりを見回す。


 目当てのものを見つけて早足で近づいた。

 ふたたびチッと舌打ちする。

 服の(そで)を雑にまくった。母親代わりの女性がお仕着せしてきた外套だが、着こなしに興味のあるほうではない。

 植物を模した文様と文字とを複雑に絡ませたレリーフの柱。



 その柱の足元で、門番が二人うずくまって意識を失っていた。



 パーヴェルはその場にしゃがみ、年配の門番の様子をうかがった。

 完全に意識を失っている。

 手首や顔にふれて呼吸や脈、体温などを軽くチェックした。

 若いほうの門番の状態も確認する。

 外傷はないようだ。

 いまのところ大きな異状は見られない。


 おそらく催眠効果のある薬物を噴霧されたのだろう。


 最悪、目が覚めないというパターンもあるが、噴霧したと思われる人物はそのあたりの分量の計算を間違えたりはしない。

 門番たちの命までとるつもりなら、はじめから確実に殺害する方法はいくらでもある。

 そこまでのつもりはなかったということだ。



「あのクソが」



 ハーヴェルは毒づいた。

 立ち上がりながら腰のあたりをさぐる。

 王族の霊廟(れいびょう)の正門まえに来ると、腰帯につけた豪華な装飾の鍵をとりだした。

 正門の鍵穴に差しこもうとするが、すでに開いていることに気づき、ふたたび舌打ちをした。


 重厚な鉄製の扉を開ける。

 ガコン、という重々しい音が響いた。


 敷地内の通路をしばらく行くと、霊廟の建物がある。

 地下には非常に広い埋葬場があるが、霊廟自体は小ぶりの屋敷ほどの大きさだ。

 装飾は控えめだが、造りはしっかりとしている。

 外見よりも実をとるアル=シャムス王家の性質をよく表しているとハーヴェルは思っていた。

 入口の扉を両手で押し開ける。

 入口からまっすぐ前方の位置に祭礼場があった。

 あかり取りの窓から月の光が射しこみ、祭壇を薄青く浮かび上がらせる。

 ランプを顔のあたりにかかげ、パーヴェルは祭壇に異常はないことをざっくりと確認した。


 左手に、壁を長方形にくり抜いた形のドアのない出入口がある。

 地下の埋葬場への入口だ。


 ハーヴェルは、そっとのぞいて奥をうかがった。

 埋葬場に通じる階段の下のほうから、強いあかりが漏れている。

 松明(たいまつ)と違ってゆれることのない、タキオンを動力源にしたランプだ。

 パーヴェルは、足音をしのばせて階段を降りた。

 階段の奥が左折しているため階下のランプはこちらを直接照らしてはいないが、それでも足元はあかりが必要がないほど明るくない。

 ゆっくりと降りて行くと、大きくひらけた空間に出た。

 王族の埋葬場だ。

 向こう側まで等間隔に太い柱が建てられている。

 柱には、大河の女神をたたえる文章と河辺の植物を模したレリーフがほどこされていた。

 奥のほうまでずっと、大人の身長ほどの深さまで河辺の土が敷きつめられている。



 王族の遺体は、すべてその下で眠っている。



 複数の河よりはじまったこの都市国家は、河を国家の母、国家をその子とみなし、死後には母である河のもとで眠るという土着の宗教的な考えがあった。

 かなりむかしには支配層も一般人も河辺に遺体を埋葬していたが、治水工事が進み、衛生への理解が浸透するにつれて埋葬のしかたは変わった。

 砂漠に墓地をつくり、河から運んだ土を敷きつめるという方法がとられるようになった。

 いまでは河の土を入れた小袋を遺体に握らせ埋葬するというのが一般的だ。


 王族の場合は、大量の河土が運びこまれたこの墓地に埋葬される。


 最近ここに埋葬されたのは、王の大伯父だ。

 かなりの高齢で亡くなり、とうぜん容貌も若いころの様子からは変化していた。

 だが殉葬された者たちは、まだ若く美しい。



 そういった者の遺体をこのんで掘り返し、使役用の不死人に作りかえてしまう者をハーヴェルは幼少のころからよく知っていた。



 ランプのあかりの中、にぶい動作でうごめいている男たちがいた。


 ザク、ザク、と一定間隔で土を掘っている。

 いかつい体型に黒ずんだ肌。ひどい異臭。

 砂で汚れたズボンだけを身につけ、足元は裸足だ。

 動きはにぶく、非常にぎこちない。

 腕を大きく動かしているものの、腕のほかの部位に連動した動きはない。


 それが非常に不自然な印象をあたえていた。


 表情はない。

 無表情というのとはちがう。表情をつける機能がすでに失われているのだ。

 脳の構造もそれを伝える神経も、おそらくおおむねが腐りおちて存在しない。

 顔に残った黒ずんだ筋肉や皮膚は、ただ頭蓋骨をおおっているだけのものでしかなく、生前の生き生きと動いていたときの姿とはたぶん大きくちがう。 

 眼球はすでに乾いて白くにごり、ものを映す機能はないと思われる。


 どうやって物を見ているんだか。


 研究者としての興味が少しだけ湧いたが、腐乱しかけた肉体のにおいと彼らにこの作業をさせている人物への嫌悪感のほうが上だった。

「さてと」

 ハーヴェルは、おもむろにいちばん手近にいた男を足蹴にした。



「しまいにしろ、バカ野郎」



 足蹴にされた男は、身を守るためのそぶりをいっさいせず地面にたおれた。

 木人形が重力のまま床に落ちるときのように、ゴトンとただ単純に土の上に転がる。

 男の腹部にたまっていた腐汁が、タポンと腹を移動する。

 たおれてもなお土の上で腕だけを上下に動かしていた。



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