MUKHTABAR/Harwerth ハーヴェルの研究室 5
「接触? 国境を越えられたのか? ――単騎で?」
カリルが眉をよせる。
ハーヴェルが作業台を兼ねたテーブルにうながすと、勝手知ったる感じでそちらに移動して座った。
「直接の接触ではなく映像を投影しての接触です」
「映像……」
「遠く離れた地にあるものの姿を映しだす技術です。ただ――」
自身が知るかぎりは、何もない空中に映しだすという技術はこちらにはない。
知っているものとすればユーセフが接触時につかう五次元の文明世界の技術だが、今回のことに関係しているのか。
自身が思わず「ユーセフのような」と口走ったさい、イハーブは「だれだいそれ」と返していたが。
カリルがナバートのほうを見る。
「私も見ました。まるでその場にいるようなのに先生がナイフで切りつけたら、スッとすり抜けて」
「ナイフで切りつけたの? おまえ」
カリルが顔をしかめる。
「何らかの投影技術なのは見て見当がつきました。ただでさえナメたことをしてこちらに迷惑をかけてるんですから、直接殴られんだけ感謝しろというメッセージです」
「お……お師匠ですよね?」
ナバートが不可解そうな顔をする。
「師匠だが」
ハーヴェルは答えた。煮立たった料理を皿に盛る。
「食べて行かれるんですか?」
カリルにそう問う。
「いただけるか」
「た……食べて行かれるんですか?!」
ナバートが声を上げた。
「来たついでだ」
カリルがテーブルに頬杖をつく。
「ついでって……午前中のお仕事は」
「キャンセル」
「カリル様?!」
ナバートが声を上げる。
「私に家探しをして来いとおっしゃったのは、仕事をサボるためだったのですか!」
「そんなわけがないだろう」
カリルが淡々と返す。
「ウルミエ湖で荷運びの船の事故があったらしい。そちらの調査をしろと朝いちで王宮からお仕事がきた」
ハーヴェルは皿に料理を盛っていた手を止めた。
「ずいぶん遠いですね」
「事故自体はたいしたものではないんだがな。ウルミエ湖で荷運びの仕事をしている者のなかにはかなりな高齢の者が多くて」
カリルがそう話す。
「まあ、寒村の者が食っていけずに出稼ぎにきてそのまま住み着いている土地なんてあちこちあるんだが」
「たいした事故でもないのなら、王甥のカリル様が直々に調べることもないのでは?」
ナバートが眉をよせる。
「ライフワークみたいなもんだ。調べたいことがあるんで、以前からめぼしい土地の事故や事件にかこつけては王宮に調査を申し出てたりしてた」
ハーヴェルはつい自身の生い立ちを思い出した。
すぐ上の兄ですら自身より十歳も上だったのだ。
子供をつぎつぎと売るか置き去りにするかしかなかった出身の村で、身内や知っていた大人がいまだ元気で生きているということは期待していない。
カリルと目が合う。
「それでイハーブ先生の映像とやらは何て? 声は伝わるものなのか?」
カリルが問う。
「音声もしっかりと伝えられる技術でした。俺が知っている似たような技術は、おそらく量子もつれを利用したテレパシーに近いものではと以前魔女と話したことがありましたが」
「ああ、あの美少女」
カリルがそう返す。
「アルフルシュには着いたかな。元気だといいが」
「べつに死んでいてもかまいませんが」
ハーヴェルはそう返した。
「おそらく音声もその技術と似た理屈ではないかと」
「ふうん」
カリルがうなずく。
「あいかわらずな人だな、先生。――おまえ、手数だけど軌道衛星が壊されてないかだけ確認してくれるか?」
「もちろんです。午後から関係施設に行くつもりでした」
ハーヴェルは料理をとり分けた皿をテーブルに置いた。
「先生! これからカリル様のお屋敷に同行してほしいと言ったはずです!」
「何のために」
カリルが問う。
「もちろん尋問です。われわれですらあまり把握していない技術で、疑惑のある人物と堂々と接触していたんですよ?! 取り調べが必要でしょう!」
「こいつのまえで堂々とか。ちなみにこいつについて先生は何て言ってた」
カリルがナバートを指す。
「……はじめに俺の子かと聞きましたが」
「ああなるほど」
カリルが答える。
「あなたの部下だと知って、”ずいぶんとかわいい子を。いくつ?" と」
「なるほど」
カリルがスプーンを手にした。
「それで何歳て答えたの? おまえは」
ナバートのほうを向いて問う。
「答えるわけがないでしょう。尋問のさいの逆質問は聞くなと指導されています」
尋問しそこねてたじゃねえかとハーヴェルは内心でツッコんだ。
「それでわたしには。先生は何て」
「あの伝言の意味がそろそろ分かってくれるといいんだけどと」
「ああ、なるほど」
カリルはスプーンで料理を口にした。




