MUKHTABAR/Harwerth ハーヴェルの研究室 4
朝か。
道具棚の下部に設置されたせまいベッドでハーヴェルは目を覚ました。
明かりとりの窓から射す、まだ昇りきっていない太陽の光をながめる。
ゆうべ遅くまでのややこしい騒ぎで寝た気がしねえと首を回した。
前方の机の横の壁に、ナバートが背中をあずけて立っていた。
眉間にしわをよせてこちらを睨んでいる。
「……ずっとそこに立ってたのか」
「あたりまえです。逃亡されては大変ですから」
ナバートが答える。
いちばん怪しいやつには尋問もしないで逃げられてんじゃねえかとハーヴェルは内心でツッコんだ。
「朝食は提供しねえぞ」
「昨夜もお聞きしました。いりません」
ハーヴェルは小部屋を出て、スタスタとせまい厨房に向かった。歩きながら長いドレッドの髪をヒモでしばる。
「朝食を召し上がったら、カリルさまのお屋敷に同行していただけますか」
「応援はどうした」
「呼びに行っているあいだに逃亡されるかと思いまして」
そりゃそうだ。いまごろ気づくなとハーヴェルは再度ツッコミを入れた。
かまどのまえにかがみ、圧気発火器で火をつける。
焚き口の天井部分まで燃え上がった火を、ナバートがかがんでながめる。
「なに見てんだ、危ねえぞ」
「ああ」とつぶやいてナバートがからだを起こす。
「失礼しました。厨房などあまり見たことがないので」
良家の坊っちゃんだもんなとハーヴェルは思った。
「あなたがたは、薬をぬった木くずなどをこすりあわせて簡単に火をつける道具をお持ちだと聞いていましたが」
「硫化アンチモンと塩素酸カリウムぬったやつな。使い捨てなんで、もったいないからふだんは一般的な圧気発火器。可燃性ガスとタキオンの火花放電でつける道具も開発されてるが、可燃性ガスが希少なんで、ふだんはあんまり使わん」
「へえ……」
ナバートがもういちど焚き口をのぞきこむ。
ややしてハッとからだを起こしてこちらを振り向いた。
「ご、ご解説ありがとうございます。しかしあなたと馴れ合っているつもりはありませんから!」
「……ほんと面倒くせえ性格してんな、おまえ」
ハーヴェルは顔をしかめながら焚き口の灰を掻いた。
鉄鍋に入れっぱなしのゆうべの残りがグツグツと音を立てる。
「……なにが入ってるんですか」
ナバートがふたたびのぞきこむ。
「ラム肉とクミン粉とセモリナ粉とコリアンダー粉と、あとエンマー小麦か? ニンニクとニンジンとレンズ豆と……ミントか?」
「ご自分で作られるんですか?」
「面倒くさいから作らない。こういうのは、ときどき患者の家の人が差し入れてくれる。何もなかったらビールとツマミだけ」
「カリルさまが、以前先生の食生活を気にされておりました。放っておくとビールとツマミだけだと」
「あそ」
ハーヴェルは短く答えた。
「嫁でももらえばいいのにとおっしゃっておりましたが、どういうことでしょう。お気に入りの愛人の婚姻を推奨するような」
「……朝っぱらから話を変な方向に持っていくな」
ハーヴェルは顔をしかめた。
「患者とは」
「師匠がおもに医者やって生計立ててたんで、そのころからいる患者を引きついでる。あたらしいのは受け入れてないが」
ナバートがなぜか無言であとずさる。
何やってんだかなと思ってから、以前の朝からの騒ぎを思い出した。
そういや急遽問診してカルテ書いてやったんだった。
あのときの手数料の話をむし返されると面倒くさいから話を広げるのは避けとこうとハーヴェルは思った。
玄関の木製の扉をたたく音がする。
ナバートがそちらをふりむいた。
「患者のかたですか?」
「いや……こんな朝からは来ない。急患でもない限りは」
全員がイハーブの時代からの患者だ。
かなりな高齢者ばかりなので、いままで急患もあったことにはあったが。
「わたしだ。部下を回収にきた」
カリルの声だ。
回収とか、完全に遊んでるなこの人もと思いつつハーヴェルは玄関口に向かった。
ドアを開ける。
商人ふうのお忍びようの服装をしたカリルがいた。
付き人をつけて来たのかと思いきや、背後にはだれもいない。
「お一人ですか?」
「だれも付けてないほうが、かえって目立たん」
あいかわらずだなこの人と思いながら、なかへとうながす。
「カッ、カリルさま」
厨房にいたナバートが声を上げる。
「二人なかよく朝食をとるところだったか?」
「むしろさらに敵視されていますが」
ハーヴェルは答えた。
「敵国と通じているうたがいのある者の施しなど受けません。何を盛られるか分かったものではありませんから」
ナバートが声を上げる。
「家探しすれば、まあ分かるだろと思ったんだけどな」
カリルが室内を見回す。
「何あった」
「ゆうべイハーブが接触してきました」
ハーヴェルは答えた。
カリルがこちらを見返した。




