MUKHTABAR/Harwerth ハーヴェルの研究室 2
「これは何ですか?」
ハーヴェルの自宅兼研究室。
ナバートは気をとり直したのか、とりあえず道具棚のものからさぐりはじめた。
「点滴の道具」
毛布から目だけを出し、ハーヴェルは不機嫌に答える。
「こちらは」
「薬物の箱」
「どんなお薬かご説明いただけますか?」
一つずつとり出しながらナバートがそう要求する。
「寝ると言ってんだろうが」
ハーヴェルは睨みつけた。
ただでさえタキオン動力の灯籠で煌々と照らされて寝られないのだ。
「しかし私では、薬の包みを見ただけでは」
「応援呼ぶ話はどうなった」
「朝まで待とうかと」
ナバートが明かりとりの窓を見上げる。
しっかりしてそうなわりに、どこかズレたのほほんとした思考。やっぱり坊ちゃんだ、こいつとハーヴェルは思った。
「朝メシは出さねえぞ」
ハーヴェルは、ごろんと背中を向けた。
「そんなものは要求いたしません。それよりこの訳の分からない機材群の説明をお願いできますか?」
「寝ると言ってんだろうが」
ハーヴェルはそう返した。
「ああ、それは携帯用の転送装置だ。下手にさわらないほうがいいよ。その座標の場所に飛ばされる」
背後から、ナバートとはべつの男性の声が聞こえる。
カリルではない。
転送装置の説明をしているところをみると、兵士でもなさそうだ。
ハーヴェルは、とっさに枕の下から大型のナイフをとりだした。
飛び起きて構える。
ナバートの目の前に、長身の男性がいた。
こちらに背を向けている。
顎のあたりで切りそろえた色素のうすい髪、部屋着のような簡素な貫頭衣。
夜中の砂漠地帯で、外から訪ねる格好ではない。
家のなかにいたのか。
「お客さまがいらしていたんですか? 先生」
ナバートがきょとんとした表情で男性の顔を見上げる。
「ほう。先生なんて呼ばれるようになってたんだ」
男性がこちらを振り向く。
「大人になったねえ、ハーヴェル」
タキオン動力の煌々とした明かりで、男性の顔は逆光になっていた。
だが一目でだれなのか分かる。
過去に見たときとまったく変わらない三十歳前後の容貌、声、動き。
「……イハーブ」
ハーヴェルは目を見開いた。
「えっ」
名前よりも、ハーヴェルの怪訝な様子に反応したのだろう。ナバートが後ずさる。
三十年まえまで、ここでいっしょに暮らしていた。養父であり、師匠のイハーブだ。
ハーヴェルは、おもむろにベッドから降りた。
「三十年ぶりだね」
イハーブが微笑する。
「おいで」
小さい子を迎えるようにイハーブが腕を広げる。
ハーヴェルは駆けよった。
イハーブの手まえまで来ると、一気に間合いを詰めて首にナイフの刃を当てる。
イハーブが、スッと頭部を前にかたむけた。
刃が首をすり抜ける。
「え? ――えっ?!」
ナバートが平然と立つイハーブとこちらとを交互に見る。
「何らかの方法で投影された映像だ」
ハーヴェルは短く説明した。
イハーブが微笑してこちらを見下ろす。
「三十年ぶりに会ってそれかい? まったくこの子は」
「ユーセフみたいなまねしやがって……」
とくにだれに聞かせるつもりはなく、ハーヴェルは早口でつぶやいた。
「だれだい? それ」
イハーブがクスッと笑う。
「えっ、あのえと、ご自身の師匠どのでは。切りつけるとか先生!」
ナバートが師弟を交互に見る。
「ただでさえ怪しい動きしといて何だそれ。説明しろイハーブ」
「直接来ることができない状況なんだよ。だからおまえを呼んだのに」
イハーブが肩をすくめる。
「……やっぱあれはそういう意味か」
「カリルは来てないのか。彼もそろそろ意味が分かってくれるといいんだけど」
イハーブが室内を見回す。ナバートと目を合わせた。
「こんにちは」
ナバートに向けてあいさつする。
「おまえの子?」
ナバートを指さす。
「んなもんいねえし」
「私と先生では、親子はさすがにムリじゃないでしょうか。さほど年は変わらないですし」
説明が面倒くさいので、ハーヴェルは無言で聞き流した。
「あんたには、聞きたいことが山ほどある」
「わたしもいろいろ話したいと思ってこんな方法で接触したのに、起き抜けにきれいなフォームでナイフ攻撃だもんなあ……」
イハーブが肩をすくめる。
「感激してハグでもしてくれると思ったか」
「してほしかったなあ。相変わらずでかわいいけど」
ハーヴェルはナバートのほうを見た。自身の師匠を指さす。
「おまえ家捜しよりこれ尋問しろ。カリル裏切って敵国についたやつなんだろ?」
ナバートは、いまだポカンとしている。
「カリルの部下なのか。ずいぶんとかわいい子を。いくつ?」
イハーブがそう応じる。
よく見ると、姿が時おりブレている。
ユーセフがこちらと接触するときと同じような技術に見えるが。
「ということは、先生の黒幕!」
ナバートがようやく身構える。
「俺に黒幕とかねえ!」
ハーヴェルはそう返した。
「まずは人の耳にふざけたもんつけやがって。そこ尋問しろ」
「――ああ、やっぱりそこ怒ってた」
イハーブが苦笑した。




