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ネオ・ウルガータ ~次元のアルケミスト~  作者: 路明(ロア)
I 五次元

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TARIQ 路上 4

「つまりてめえ、戻った早々に俺に厄介ごとを押しつけに来やがったのか」

「あたしがあんたに善意でものを譲るわけないじゃない」

 アンジェリカがしれっと言い放つ。

「どこまで性格破綻してんだ、てめえは」


 悲鳴のようなものが聞こえた。


 はるか上空。

 フェリヤールは片腕を何かにつかみ上げられたように宙吊りになっていた。

 じたばたと身体をひねり、腕をつかんでいた何かを払い退ける。

 逃れたところを、こんどは見えない何かで打ちつけられたかのように不自然な角度に飛ばされ、そのまま空間に消えた。


「んで何で追われてんだ」


 ハーヴェルは上空を見上げた。

 目元に手を(かざ)す。

 強い太陽光にさえぎられて、ときおり様子が見づらい。

「別次元の価値観は知らんが、尋常な様子じゃないだろ」

「どうもあちらの宗教絡みなのかな?」

 アンジェリカが首をかしげる。

「どんな」

「あの子の言ってたことを総合すると、生贄(いけにえ)に決まってたところを恋人と逃げたみたいな?」

 ハーヴェルは眉をよせた。

「ついでに言うと性別ないって。まあ女の子あつかいで支障ないと思うけど」

「で、その恋人とやらは」

「あーそこまではまだ」

 アンジェリカが、白銀の髪を掻く。


 ハーヴェルはしゃがむと、持っていた荷物の袋を地面に置いて中を探った。

 往診の帰りなので、持っているのはほとんど医療器具と薬ばかりだ。別次元に介入できそうなものはない。


「せめて自宅だったらな……」

「なにすんの。助けんの?」

 アンジェリカが、かがんで荷物のなかをのぞきこんだ。

「薬しかないじゃない。あ、もしかしてこの飲みにくそうなのステロイド? こっち気持ち悪い色してるけど次亜塩素酸水だったりする? なにそのオレンジの粉薬。――あたしたちのと違って化学薬品多すぎない? 副作用とかない?」

「うるさい。黙ってろ」

 とりあえずハーヴェルは荷物をさぐり続けた。


「ねえ、わりと雑に袋にぶっこむタイプ? お師匠さまにそういうの直せって言われなかった?」

「部屋のとっ散らかしかたはイハーブのほうがひどい」


 「え」とアンジェリカが声をもらす。

「知らなかったのか、おまえ」

「ウウウウウソ。あの完璧なお師匠さまが、そんなだらしないわけないじゃない。整理整頓きっちりやるタイプっぽいいい」

「ああうるせえ」

 ハーヴェルは小声で吐き捨てた。

「やっぱ持ち歩いてる程度のもので使えるもんなんかないか」

 ハーヴェルは息をつき上空を見上げた。

「使えないわねー」

 アンジェリカがしゃがんだ格好で自身の大腿に頬杖をつく。

「完全に手ブラのおまえが言うな」



 ふいに、鼓膜(こまく)が圧迫されるような感覚を覚えた。



 周辺の何かしらの状態が変わったのだと直感する。

 手元の色彩がうすくぼやけ、ハーヴェルは荷物をさぐっていた手を止めた。

 遠くを見渡すと、うすい絹をかけられたように景色が(かす)んでいる。


「何だこれ」


 そう発した自分の声も、口元とはべつのところから発せられているかのように実感がない。

 時間の進みかたがどんよりと遅くなったように感じる。

 アンジェリカがしゃがんだ格好のまま顔をしかめた。

 ピンクの唇を動かし何かを話していたが、どろりとした空間の感覚に(はば)まれ、音声として認識ができない。


 フェリヤールはと思い、ハーヴェルはあたりを見回した。


 体が不快な感じに重い。

 砂漠の砂の山の向こうに、フェリヤールらしき姿が見える。

 あれだろうかと思ったつぎの瞬間、フェリヤールは頭上に現れてハーヴェルの体をすり抜けた。


 抜けきる一瞬、中途半端に体を乗っとった感じでハーヴェルの体を道連れにする。


 体をグイッと横に引っぱられ、ハーヴェルは地面に叩きつけられた。

 受身もとれず地面で肩を打つ。

「あーくそ」

 日干(ひぼ)しレンガの上で何とか(ひざ)を立てて起き上がり、顔にかかったドレッド状の長い髪をかき上げる。

 フェリヤールはそのまま地面にめり込むように消えた。

「あ……おい」

 耳の奥の圧迫感がさらに強くなり、ハーヴェルは片耳をおさえた。

 先ほどまでさぐっていた荷物は、目のまえにあるにも関わらず薄布の向こうにあるように霞んで見える。

 頭上でフェリヤールがジタバタと(もが)いていた。

 見えないものに手をつかまれているようだ。宙で反転して振りはらう。


「入れ!」


 とっさにハーヴェルは、自身の心臓のあたりを親指で示した。

「とりあえず俺の中に入れ!」

 アンジェリカが首だけをこちらに向けた。

 「うわ無茶」と言うふうに唇を動かす。


 不可能という意味なのか、それとも前例がないという意味なのか。


 こういうたぐいは魔女や魔術師のほうが詳しそうだが、フェリヤールは魂魄(こんぱく)、つまりカルツァ=クライン粒子に近いものだろうと判断した。

 三次元の生物の体を構成している物質は、ほとんどのものが五次元と行き来できない。

 三次元の物質である肉体でさえぎられれば、あるいはあちら側からは感知できないかもしれないと考えた。

「いいから入れ、ためしに」

 ハーヴェルはもういちど自身を指ししめした。


 フェリヤールが、しばらくキョロキョロと左右を見回してから飛びこんでくる。

 内臓に、うすい何かが触れたような、妙な感覚を覚えた。


 いきおいあまって背中からフェリヤールの頭部がはみ出し、反転するようにして引っこむ。

 その動きに引きずられるようにハーヴェルはうしろによろめいた。

 腹部から白く光る脚がつきだし、ターンしてハーヴェルの体のなかにおさまる。


 とつぜん脳が無秩序に増殖しはじめたかのような感覚に襲われた。


 ふつうでは感知しようもない三次元より高い次元の概念が流れこむ。

 どの五感の感覚ともつかない感覚と、ありえない部屋が無限に脳内に湧いて出たかようなイメージに、ハーヴェルはとまどった。

「うわ……何だこりゃ」



 何かに憑かれたとされる人間の気が触れることがあるのは、あるいはこの感覚が原因か。そんな風に思った。



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