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ネオ・ウルガータ ~次元のアルケミスト~  作者: 路明(ロア)
VIII 敵国のアルケミスト

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MUKHTABAR/Harwerth ハーヴェルの研究室

 起きたのは夜明け近くだった。

 元々あまり寝つきのいい方ではないが、夕べ砂漠から帰って来てからは、あまり眠れず悶々としていた。

 無理して寝ようとする方でもない。

 ハーヴェルは寝台から立ち、向かい側にある机の灯籠(ランプ)を灯した。

 せっかくだから仕事でもするかと息をつく。

 左耳につけられたピアスがやはり気になる。

 死人の間者からイハーブの伝言を告げられたときには、過ぎた過保護にめまいがして、ちぎり取ろうかと思ったが。

 すぐに冷静になった。


 なぜわざわざこれについて伝言してきたのか。

 

 イハーブはこれを付けたときに「御守りだ」とウソをついていた。

 行方不明になるまでの数年の間ずっと、位置情報装置だということを隠していた。

 フェリヤールにも、子供に内緒にしていると話していたのだ。

 そんなものを付けられていたと知ったら、こちらが激怒して取ってしまう性格だとよく分かっていたからだろう。

 なのになぜ、わざわざ位置情報装置だとアピールした。

 告げてきた内容を考えれば、三十年経ってもそのまま付けていることを知っていると推測できる。

 おそらくは受信機に当たるものもイハーブの手元にあるのだろう。それともアルフルシュで改めて製作したのか。

 眠れねえ。

 ハーヴェルは(ひたい)に手を当てた。

 こっちは三十年間、鬱陶(うっとう)しがられて出ていかれたんじゃないかとか、どこかで瀕死の状態のままでいるんじゃないだろうかとかあれこれ思い悩んできたのに、いきなり敵国から教え子二人に宣戦布告とかやってくれる。

 あの師匠のことだから、ただの好奇心でかき回しているだけなのではないかという推測もいちおうあるのだが。

 今度は師匠に裏切られた人間の心理の研究でもし始めたとか。

「進まねえし……」

 歯車の組み合わされた小さな部品とルーペを指先で持ち、ハーヴェルは呟いた。

 ヤフヤーのところでやらせてもらうかと思う。

 設備が整ってるし、研究に全振りしている環境だけに集中しやすい。

 イハーブの問題に対応していくなら、フェリヤールの方もさっさと片づけた方がいいだろう。

 夜が明けてきた。

 明かり取りの窓から、薄く陽光が入る。

 

 


 昼すぎ。

 ヤフヤーの家に仕事を持ちこみ作業を終えたハーヴェルは、近くの市場で簡単な食事をしたあと、ヤフヤーのいる作業部屋を訪ねた。

 資料をカサカサとめくりながら、ヤフヤーが「おう」とだけ返事をする。

 本来はかなり広い部屋なのだが、ドーム型の転送装置を始めとしたいくつかの装置と数え切れないほどの配線、紙の資料があちらこちらにあるため、あまり広く感じない。

「その後……大丈夫ですか、この作業部屋にいても」

 ハーヴェルは室内を見回した。

 先日、突然ユーセフが現れたのだ。平穏に済んだから良かったものの、毎回そうとも限らない。

「五次元のお人と話すなど、チャンスがあれば何回でも経験したいがのう。フェリヤール嬢ちゃんを人工転生させるさいに邪魔が入っても困るんで、ここのカルツァ・クライン粒子はおおむね排除した」

 そうか、とハーヴェルはホッとした。

「魔女が以前、合金鋼の壁を作って防ごうとしてましたが、それでも襲撃はされてましたからね。設備があるならそれがいちばん安全かも」

「ガンマ線ショートバースト起こす必要があったから、放電装置運んだりして、ちょっとばっか大変じゃったが」

「言ってくれれば手伝いましたが」

 ハーヴェルは言った。

「あんたやイハーブみたいなら、危ない目にあっても研究に突き進んでいけるがのう」

 ヤフヤーが資料をカサカサとめくる。

 なぜこの人は不老不死を選ばなかったのだろうという疑問がふとハーヴェルに湧いた。

 いまだ不老不死のメリットもデメリットもよく分からない自分には、どちらを選ぶ人の心理も推し量り切れない部分があるが。

「そういや、前にイハーブの行方の手がかりがあったかもしれないとあんた言っとらんかったか」

「ああ……」

 そういえば言ったか。ハーヴェルは勧められた椅子に座った。

「昨日は来んかったから、もしかして迎えにでも行ったんかなと」

「いや……」

 ハーヴェルは苦笑した。

「どうやら外国にいたようなので、迎えに行く目処(めど)がちょっと立たないというか」

「ほうか」

 ヤフヤーはそう返事をした。

 カサ、と資料をめくる。

「まあ伝言というか使いをよこしましたので、本人であろうという確認は取れたんですが」

 ヤフヤーがしばらく黙って資料をめくる。

「あん人も複雑な人じゃからのう……心理も考えてることも、これまでの生きてきた経緯も」

 もしかするとイハーブに帰る意志がないのではと推察したのだろうか。ヤフヤーはそう呟いた。





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