TARIQ 路上 2
異物の正体は何か。
こいつはもう分かっているのか。
「ともかく、それ返せ」
アンジェリカのはおった日除け布をつかみ、ハーヴェルは一気に引っ張った。
「やややだ、ちょっと!」
アンジェリカが日除け布を強くつかみ、がっしりとおさえる。
「なにすんのよ! 信じらんない!」
両手にぎっちりと日除け布をからめ、アンジェリカは後ずさった。
「もう一回ニワトリに化ければいいだろうが」
「カナリアよカナリア! 地中海の可愛い小鳥! あんた区別もつかないの!」
きゃははは!
えーい!
どこからともなく少女のような声がした。ハーヴェルの鳩尾から、ほそい生脚が生える。
「は?」
いきなりの出来事に理解が遅れた。ぼうぜんと見つめる目のまえで脚は引っこみ、つぎは腹に白い両腕が生えた。
えーい!
ハーヴェルの背中側から胸元に腕がつきぬけ、小さな手が握ったり開いたりをくりかえす。
腕が引っこんだかと思うと、こんどは頭上から白く光る人型の物体が現れた。
空中で体を反らし半回転する。
少女のようにも少年のようにも見えた。
ヒラヒラとした薄布のようなオーラをまとい、みじかく濃い色の髪、まるみを帯びた顔に大きな目。
全身からうすい光を放ち、背中からは二股に分かれた翼のようなオーラが弧を描いて放射されている。
「……おい」
ハーヴェルは、アンジェリカをにらんだ。
「使い魔のしつけくらいちゃんとしとけ」
眉をひそめる。
カルツァ=クライン粒子を改変して人工的に造った魂魄を “使い魔” として使役するのは魔女や魔術師の定番の技術だ。
「あ、それ、フェリヤールっていってさあ」
アンジェリカが言う。
「誰が使い魔の名前聞いてる」
「あたしの使い魔ってわけじゃないのよね」
アンジェリカは肩をすくめた。
「だれのだ」
「だれのって、あんたね」
「どうせおまえらの界隈でよくあるやつだろ。“魂” とおなじ物質を使って」
「ああ、それはよくあるんだけどさ」
くすくすくす。
フェリヤールが何もない空間から逆さまの状態で現れる。ハーヴェルの顔を至近距離でのぞきこんだ。
この人、
祭祀に
似てるう。
そう言いハーヴェルを指差して「きゃはははは」と笑いだす。
「えっ、そうなの?」
アンジェリカは逆さになったフェリヤールの顔を見上げた。
「そっちの儀式に似てんのか」
「以前なにか関わった人の名前みたいなんだけど」
「 “祭祀”って、名前じゃないだろ」
ハーヴェルはそう返した。
「あたしも、ニックネームかなにかかなと思ってるんだけど……」
アンジェリカがふたたび髪をかく。この魔女すら扱いに困惑しているような様子だ。
「あたし、転送装置からはじき飛ばされて遠方の砂漠に飛んだのよね。時間もちょっとズレたみたいだったんだけど」
アンジェリカが説明しはじめる。
ハーヴェルはあらためてフェリヤールとやらを見た。
あのときの「異物」に特徴が似ている気がする。なるほどこれだろうかと思う。
なんだか
祭祀に、
似てるねー。
ハーヴェルに顔を近づけると、フェリヤールがふたたびそう言う。
「逆さまに見て分かんのか」
おかおは違うけど、
雰囲気にてるぅ。
「そんな人間、どこにでもいるだろうが」
「ねえちょっと待って。祭祀さんとやらって、ほんとうにこんな造りがいいだけの陰湿そうな目つきのお顔してたの?!」
アンジェリカが声を張り上げる。
「うるさい」
「やだやだー! あたし優しくて紳士的で包容力のある財産家の超有能イケメン神官とか想像してたのにぃ!」
アンジェリカが両手を頬にあててブンブンと首をふる。
「何でもいい。連れて帰れ」
転送装置持って来るんだったとハーヴェルは内心で舌打ちした。
「ああ、あたしは帰るわ。フェリヤールはこの人のこと気に入ったんでしょ? この人と行ったらいいわ」
アンジェリカが手をひらひらとふる。
「おまえは人のもん返して行け」
ハーヴェルは日除け布を引っぱった。
「ちょっとくらい貸してくれたっていいじゃない」
アンジェリカが日除け布を引っぱり返すと、頭からすっぽりとかぶる。
そのまま街中を歩いても、とりあえず一枚下が全裸だとは分からないだろうなという格好だ。
「死体の匂いつけんな」
ハーヴェルは眉間にしわをよせた。
「洗って返すわよ」
「おまえのことだ。いやがらせで香水ベタベタつけて返しかねないから断る」
「そんないやがらせくらい、女の子ってかわいいなぁって言って済ますのが男の度量ってもんじゃない?!」
アンジェリカが声を張る。
そのときだった。
「あっ」
ふいにアンジェリカが頭上の空間を見上げて声を上げる。
フェリヤールがハッと緊張した表情になり、空中に姿を消した。
アンジェリカの見上げた位置に、ハーヴェルも視線を動かすが。
何もない。
いつもと変わらず強烈な光で照らす砂漠の太陽と、雲のない真っ青な空。
「おい、ごまかすな」
ハーヴェルは、もういちどアンジェリカをのほうを見た。
スッと、頬の横をなにかが掠めた。
人の指先のような感触だったが、もちろん誰もいない。
ハーヴェルは、ゆっくりと周囲を見回した。




