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ネオ・ウルガータ ~次元のアルケミスト~  作者: 路明(ロア)
I 五次元

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TARIQ 路上 1

 午前中のカディーザの往診を終え、ハーヴェルはハダド邸の玄関につづく回廊で女中に二、三の説明をしていた。


 調合を少し変えた薬についてと、急変した場合の対応。

 これからどんな症状が出ると予想されるかなど。


 三十代なかばほどの女中は、一つ一つを復唱すると「分かりました」と言ってうなずいた。

「なにかあった場合は、使いの者をやってもよろしい?」

 女中が問う。

 ああ……とハーヴェルはわずかのあいだ考えた。

 何時までなら対応できるだろうかと考えたが、外出している時間はそんなに多くはない。

「出かけているとき以外なら、いつでも」

「真夜中でも?」

「ええ。起こしてください」

 真夜中でも、と女中は復唱した。


 白い小さな鳥が、中庭を横切る。


「あら、きれいな鳥」

 女中が目で追う。

 ハーヴェルもつよい陽光に目をすがめて小鳥の飛んで行ったほうを見た。

 小鳥はいったん中庭の外に出たが、もどって来ると中庭に植えられた背の低いナツメヤシのそばに停まった。


 日除(ひよ)け布を顔のほうまで引きよせ、ハーヴェルはその鳥をじっと見た。


 視線だけを動かし、鳥の動きを追う。

 ややしてから女中のほうに向き直った。

「では、これで」

 会釈をすると、女中は深くおじぎを返した。

 中庭にそったうす青色の長い回廊をとおり、開放的なつくりの玄関を通りすぎる。

 屋敷の敷地を出た。

 しばらくつづく青色の建物のならぶ道。熱せられた箇所を避けて歩く。

 建物がとぎれるあたりで立ち止まり、ハーヴェルは手を(かざ)して上空を見上げた。


 小鳥は、ついて来ていた。


 頭上、身長の二倍ほどの位置を維持しながら羽ばたいている。

 ハーヴェルは日除け布を顔のほうに引きよせて小鳥の様子を見ていたが、やがて口を開いた。



「ブス」



 とたんに小鳥は攻撃するような勢いで降下した。

 ハーヴェルは横に上体をそらし小鳥を避けた。日除け布をひるがえして手を伸ばす。

 小鳥は上昇しようとしたが、ハーヴェルの左手に(わし)づかみにされた。

 ピーッ、ピーッ、と甲高い声を上げ、ハーヴェルの手の中で暴れる。


「うるせえ。どうやって戻って来やがった!」


 ハーヴェルは小鳥に向かって問いただした。

 言ってから、この状態で聞いてもしょうがないかと思い直す。

 鳥の身では声帯も鳥のもののはずだ。

 チッと舌打ちする。

「こんどから鳥のときも(しゃべ)れるように改造しておけ」

 小鳥がハーヴェルの手を強くつつく。

「てっ!」

 思わず握る手をゆるめた。


 小鳥が手から抜け出し、上空に羽ばたいて空中でグニャリと姿を歪ませる。


 そのまま一回転し、回転を終えたときには一匹の白い猫になっていた。

 ハーヴェルの肩に爪を立て、しがみつくようにして着地すると日除け布を(くわ)えてバサリと剥ぐ。


「あっ、この野郎!」

 猫の体を(おお)うようにして地面に落ちた日除け布を、ハーヴェルは拾おうとかがんだ。


 だが拾うまえに日除け布の下から裸足の脚がにゅっと突き出したのを見て手を止める。


 脚の反対側から、白銀の髪の少女が顔を出した。

 アンジェリカだ。

「クソが」

 ハーヴェルは、不快な感情に口元をゆがめた。


 この魔女の不老不死の方法は、古くからある単純なものだ。


 人工的に作ったあたらしい体を用意し、そこに自身の魂魄(こんぱく)を移し替える。

 アンジェリカの場合、そのさいに替えの体にさまざまな改良を加えているらしい。

 脳の電気信号で細胞の配列を瞬時に変え、姿を変えるしくみもそのひとつだ。



 ここまで改良しているのだ。

 ハーヴェルは、この魔女の美少女然とした姿ももともとの姿ではないのではと疑っている。



 もとから女であったのかすら怪しい。


 アンジェリカが、日除け布をまとい立ち上がる。

「女の子の容姿をけなすとかサイテー」

 あいかわらずの態度だ。

「人のもん被ってないで返せ」

「あんた女の子を裸で歩かせる気?」

 アンジェリカが言い放つ。

「チョロチョロしやがって。なに探ってた」

 アンジェリカが、ふふーんと鼻を鳴らしてカディーザの屋敷の方角を見る。


「あれがお師匠さまのもと恋人? 年食ってるけどまあまあ美人じゃない。あたしほどかわいくはないけど」

「くらべるな馬鹿野郎」


 ハーヴェルは眉をよせた。

「異物のせいで転送装置から弾き出されたか」

「当ったりぃ」

 アンジェリカが挑発的な甲高い声で答える。

 ハーヴェルは目をすがめた。

 そこまでは分かる。分からないのは、どんな物質が異物として侵入したかだ。



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