MUKHTABAR 'AMAM ALJIHAZ/Yaḥyā ヤフヤーの研究所 転送装置の前 2
「いやまあ……」と呟きハーヴェルは話を打ち切った。
「師匠の方は後回しでもいいかなと。とりあえずご意見を聞いてみたかっただけですし」
そうと続ける。
「まずはフェリヤールの方を先に解決しないと、師匠を連れ戻したとしても同じことになる可能性もありますし」
「それもそうかの」
そうヤフヤーは答えた。
「転送装置を使うという案を弟子の方から聞きましたが」
「ああ」
飲み物の器を両手で持ちヤフヤーが頷く。
「異なる物質が入ったことで起こる情報の混乱を利用する形と推測しましたが」
「その方法じゃ」
ヤフヤーがゆっくりと飲み物を口にする。
「かなり乱暴な応用の仕方だとは思うが」
「今のところは良いアイディアという気はしますが……」
ハーヴェルはそう答えた。
「後から入り込んだ異物を排除する機能は。解除は可能ですか」
「今、それの検証をしとる」
ヤフヤーが言う。
「一番重要な機能だからの。解除した後で果たして起動するかどうか」
ハーヴェルはヤフヤーの背後にある転送装置を見た。
「もちろん嬢ちゃんが「魂」としてちゃんと存続して、適切に人間の身体に入り込めるかどうかも詰める必要があるが」
ヤフヤーがこくりと飲み物を飲む。
「動物や虫の身体に入ってしまう可能性もありますか」
「理論的には大丈夫だと思うんじゃが。人間の量子情報を持った粒子は、人間の脳にしか対応せんと言われとる」
ヤフヤーがそう答える。
「動物や虫に入ろうとしても、身体に拒絶されるということですか」
「どちらかというと「型」が合わずにすり抜けてしまうという形らしい。情報量の違いからと言われとるが」
「フェリヤールは、三次元の人間と同等の情報量と思っていいんですかね」
組んだ脚の上に頬杖を付き、ハーヴェルはフェリヤールのいつものはしゃいだ様子を思い浮かべた。
つい黙り込んでしまう。
同じことを考えているのか、ヤフヤーも無言で宙を眺めていた。
「……この場合は、ざっくりとした知能レベルと思っていいんですよね」
「言語の理解が可能なレベルであれば、人間と同程度と思って良いと思うんじゃが……」
ヤフヤーが軽く顔を顰める。
「ごく稀に「前世」のことを思い出した場合、人名や固有名詞なども含めて思い出すことがあるレベル」
そう言い、ヤフヤーはこくりと飲み物を飲んだ。器をゆっくりと膝の上に置く。
「そういう基準で考えれば分かりやすいと思うんじゃが」
「ああ……成程」
ハーヴェルはつい額を抑えた。
「わしも転生に関してはあまり専門ではないからの。素粒子の振舞いという観点からは推測できるが、事例としては魔女や魔術師の界隈の方がデータを持ってそうじゃの」
ヤフヤーが言う。
「転生に関しては、お伽噺も実例も含めて、神殿あたりの方がデータはあるでしょうね。それを脳細胞内の量子情報という観点で分析した研究者がいたとしたら」
ハーヴェルは軽く目を見開いた。
「それであの魔女を呼んでいたんですか?」
「いや?」
ヤフヤーが上を向きごくごくと飲み物を飲む。
考え過ぎたか、とハーヴェルは眉を寄せた。
「単に今朝、おはようございますと言って来た。ここんとこ、ほぼ毎日来とる」
ハーヴェルはげんなりと顔を顰めた。
可愛い子ぶって甲高い声で挨拶するアンジェリカを鬱陶しく想像する。
「お弟子さん達と喋りたいだけですよ、あれは。ちやほやされるのが好きなんです」
「エトルリア辺りの人は、割とああいう気質じゃな」
淡々とヤフヤーが言う。
「……全体があんな感じなんですか」
ハーヴェルは眉間に皺を寄せた。
「あん人は、神殿の書物なんかは読んだことはあるんかの」
「あると思います。元巫女と言ってましたから」
ほお、とヤフヤーが返す。
「あの容姿が神秘的と解釈されてというパターンかの」
「身体を次々と替えてるんで、あれが生まれつきの姿とは限らないと俺は思ってますが」
ハーヴェルは言った。
「しかし、あん人は」
膝の上に飲み物の器を置き、ヤフヤーがじっと器を見詰める。
「可愛いものにやたら拘るのう」
「鬱陶しかったら出入り禁止にしてもいいと思いますよ」
ヤフヤーがゆっくりと顔を上げ飲み物を飲み干す。
「弟子達も別に不満は言っとらん。可愛いものという発想がまず無いから、面白い刺激になるんじゃないかの」
「変な価値観を刷り込まれければいいんですが」
ハーヴェルは眉を寄せた。
「それより、話は変わるが」
ヤフヤーが言う。中腰で立ち上がり、最寄りの作業台に飲み物の器を置いた。
「あんたらが接触しとったという、五次元の人物」
ハーヴェルはヤフヤーの顔を真っ直ぐに見た。
「ユーセフという人物ですが、それが」
「向こうの立場は軍人と聞いたが」
「世襲で将校クラスに居ると取れるようなことを」
ハーヴェルは膝の上で手を組んだ。
「どんな人物じゃ。それ以前にあんたが見た感じ、あちらの人らの価値観はどんな風じゃ」
「価値観に関しては、ほぼ同じというか。そんなに噛み合わない感じはないですね」
ユーセフとの遣り取りをいくつか思い浮かべ、ハーヴェルはそうと答えた。
「その接触してた人物もか」
「こちらの価値観に照らし合わせれば、かなりまともな人物という印象ですが」
三次元の男女の区別がいまだ付けられないとか、女性観が頓珍漢な感があるのは、この際関係ないだろう。
「わしが話は出来ないかの」
ハーヴェルは目を見開いた。
驚いたが、ヤフヤー自身は何でもないことのように平然としている。
「……危険すぎるのではと。前にも言いましたが、次元間の行き来を理解できるというだけで攻撃対象にする社会のようですから」
「ただの付き添いの人物ということにしても無理かの」
ヤフヤーが傍らの作業台に肘を付く。
「ご存知でしょうが、あちらからは過去と未来とを同時に見ることが可能です。見えたものと現在とを的確に結び付けることは中々難しいらしいんですが」
ハーヴェルは眉根を寄せた。
「それでも研究者と勘付かれる可能性はあるかなと」
無茶を言い出す人だなとハーヴェルは思った。
さすがイハーブと交流のあった弟弟子。研究馬鹿なのはイハーブ並みか。
「聞きたいことがあるなら、俺が代わりに聞きますが」
ハーヴェルはそうと答えた。




