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ネオ・ウルガータ ~次元のアルケミスト~  作者: 路明(ロア)
I 五次元

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ALQASR ALMALAKIU 王甥の屋敷 2

「イナブ村で作ったブドウ酒だそうだ。香草の匂いがないものを作ってみたとか。飲んだ感想を聞きたいそうだ」

「ブドウ酒ですか」

「まえに香草の臭いがいやであまり飲まないと言っていたろう」

「ええ」

「そういうやつの感想が聞きたい」

 酒器に口をつける。

 発酵したブドウの香りが鼻をついたが、なるほどブドウ酒によく入れられる香草の香りはない。

「どうかな」

「たしかに香草の香りはないですね。でも需要があるんですかね。ブドウ酒の好きな人は、けっきょく香草の匂いが平気な人でしょう」

「おまえみたいなやつに市場(しじょう)広げたいんじゃないの?」

 「ああ」とハーヴェルは相づちを打って酒器を置いた。

 酒は好きだが、こだわりのあるほうではない。

 独特の香草の匂いが苦手でブドウ酒は避けていたが、基本的には安い麦酒で充分という(たち)だ。


 カリルが足つきの大皿を片手でサイドテーブルから移動させた。


 数種類の果物がこぼれそうなほどにこんもりと盛られている。

「よかったら食え」

 ハーヴェルはうなずいてブドウを一粒つまんだ。

 今日の夕飯は干し魚と麦酒とブドウか。 

 カリルがもういちど酒器に口をつける。


「ああそうだ」


 そうつぶやいてカリルが話を切りだす。

「さっき知らせが入った。いちおう伝えるが」

 ハーヴェルは、相づちを打つ代わりに無言でカリルを見た。



「墓荒らしに使役されていた死体だが、埋葬された場所からすべて()い出していたそうだ」



「這い出したんですか」

 ハーヴェルは復唱した。

「動物に掘り返されたとかではなく?」

「内側から土が押し出されていたそうだ」

 カリルが答える。

 ハーヴェルは小さく舌打ちした。

 クソ魔女が戻ってやがったかと思いいたり目をすがめる。


「兵士たちが怯えていて士気にも関わるんで、とりあえずあした祈祷(きとう)を行うことになった」

「それは手落ちでした。あの墓荒らしは見つけしだい始末しますので」


「始末っておまえね」

 カリルがブドウをつまむ。

「あのとき頼んだのは、門番の診察をしてやってくれ程度のことだったと思ったが」

「門番が噴霧(ふんむ)された薬物からなにか分からないかとも言ってましたが」


「立ち回りまでやれとは言っていない」

「見てたんですか」


 ハーヴェルはブドウを口にした。

「後始末にやった兵士から報告を受けた。使役されていた死体には強めの力で衝撃を受けた跡と、剣で刺し貫かれた跡があったと」

「ああ……」とハーヴェルは肯定とも相づちともとれる返事をした。

 カリルが自身の酒器にブドウ酒をそそぐ。


「ついでなんで典医にその跡を詳細に調べさせたんだが」


 何のためにだとハーヴェルは内心でツッコミを入れた。

「強い衝撃を受けたあたりには靴跡のようなものも付着していて、成人男性に脚などで攻撃をされたものの可能性、剣はこの地方のものではない細い剣身のものだと」

 やっぱり(ひま)なんじゃないだろうかこの人とハーヴェルは思った。

「墓所にさいきん出入りしたと思われる者で、よその土地の剣を使う人間はわたしは一人しか心当たりがない」

「そんな持って回った言いかたをしなくても」

 ハーヴェルは眉をよせた。

「ついでに始末してしまったほうが効率的でしょう」

「おまえは軍人や兵士じゃなくて学者だよ。そこまでやらせる気はないよ」

 カリルが自分の酒器にふたたびブドウ酒をそそぐ。

 こちらにも瓶口を向け「飲むか」というしぐさをしたが、ハーヴェルは手をふって断った。

「酒のペースが早くはないですか」

「こんなものだよ」

 カリルが答える。


「しかし、ほんと血の気多いね、おまえ」

「王族の墓所を荒らすなんて死んだほうがましな不届き者ですから」


 ハーヴェルはそう返した。

「おまえ墓荒らしの犯人に個人的な恨みでもあったの?」

「嫌悪感なら」


「おまえから聞いた話を総合すると、むかしイハーブの周りをちょろちょろしてた美少女かと思ってたんだが」


「見たことありましたか」

「二、三回。ぐうぜん会ったふうを装ってイハーブに話しかけてた」

 カリルが皿から長円形の果物をとりだし、両手で割った。半分をハーヴェルに差しだす。 

「魔女というにしては、ずいぶんとかわいらしい子だと思ったんだが」

 差しだされた果物を(かじ)りながら、ハーヴェルは顔をしかめた。

「行動がですか、外見がですか」

「両方だよ」

「その魔女ですよ。言っておきますが、外見がどうあれ五百歳を越えてるクソババアですよ」

 ハーヴェルは答えた。

「おまえがイハーブに引きとられたあたりからあまり見なくなったかな」

「俺が追っ払ってましたから」

 カリルは無言でハーヴェルの顔を見ると、どうとも解釈のしにくい複雑な表情をした。

「何ですか」

「……いや」

 カリルがべつの酒のものと思われる瓶を手にとる。飲むかともとくに聞かず、ハーヴェルの酒器にそそぐ。

「もしかしたらなんですが」

 ハーヴェルは切りだした。


「あの魔女に使役されてる死体は、塩をぶっかければ止まるかもしれません。よかったら兵士に通知しておいてください」


「塩? 迷信っぽいが」

 カリルがブドウをつまむ。

「塩で、体液の浸透圧(しんとうあつ)の調整や筋肉の収縮作用に不具合が起こるらしいです。生きた人間であれば、むしろ塩はそのあたりを調整するために必要なんですが」

 ハーヴェルはそそがれた酒を口にした。

「体液代わりに注入する液体に、ナトリウムと相性の悪い物質を含んでいるんじゃないかといわれてますが」

「塩か」

 カリルがつぶやく。

「魔女や魔術師の技術は、錬金術師とは仕様が違うので推測するしかないんですが」

 ハーヴェルはそうつづけて酒を飲み干した。





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