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FATIHA 序章


 月が砂漠を照らす。


 白灰色の光が冷たく照らす様子は、昼間は灼熱の世界なのだということがウソのように思える。

 城壁を出てしばらく歩いた砂漠地帯。パーヴェルはサンダルでさくさくと進んだ。

 あたりには音もない。

 手にしたタキオン動力のランプが、不自然なくらいの強い光で周囲を照らす。


 踏み固められた砂の道のずっとさきに、王族の霊廟(れいびょう)のシルエットが見える。


 防寒のための黒い外套のフードに、ハーヴェルはこぼれた長いドレッドの髪を雑に入れた。

 連日の夜の砂漠通いにうんざりして、チッと舌打ちする。


 城壁内では、酒場で麦酒(ビーラ)を片手に騒いでいた者も、そろそろ帰宅の途につく時間帯だ。

 治安をとりしまる役人の目を気にしながら、千鳥足で日干(ひぼ)しレンガの道を歩いているころ。

 街の外れの河のほうからときおりタキオン動力の強烈な光が漏れているのをながめ、あのあたりは錬金術師か魔術師の家だったかと思いながら自宅の木製のドアを開けるころだ。


 チラチラと炎のゆれる灯火式のランプを持った役人が、幅広の剣を腰に下げて青色の土壁のつづく古い豪邸の界隈を見まわる。


 周辺はもう寝静まり、歩いているのは野良犬のみだと苦笑しながらさきを行く。

 だがその野良犬は、脳の電気信号で細胞配列を変え犬に姿を変えられるよう体を作りかえた錬金術師か魔術師であることもある。


 見ているのは月ではなく、百年ほどまえに上げられた四つの軌道衛星の放つ小さな光。


 そんな時間帯だ。

 ハーヴェルは、首に巻いた防寒のための厚布を口元まで引き上げた。




 ナハル・バビロン。

 複数の大きな河が交わり、たびたびの洪水で肥えた地域に栄える都市国家だ。


 砂漠地帯の真ん中にオアシスのように広がった地域に、長い時代をかけ周辺の地域の人々が住みつき、国家となっていった。

 農村のよせあつめから始まった国家なだけに、暦と気象学がまず重要視されていた。

 開発や開墾(かいこん)を急ぎすぎた初期の時代に一つの河を枯らしかけたこの都市国家は、その反省からさらに自然科学が重要視される風潮が強くなる。

 無限にあるかのように見える大河の水も、なんの計算もなく水流を変えれば枯れる。

 バランスを崩して逆に大きな不利益を生む。

 そのことを早くの時期から理解していった。 

 法が確立するにつれて城壁がつくられ、あたらしく移住する者に対しての入国審査ともいえるシステムも生まれたが、錬金術師や魔術師、魔女は、自然科学の専門家、研究者として比較的容易に入国を許された。

 技術の開発や発見がつぎつぎと成されるところから、自由主義で順応性のある傾向の国民性ができあがっていく。

 その環境が、研究者たちに居心地のよさと研究のしやすさを提供していた。

 歴史の当初のころには短期間で変わっていた支配層も、数百年前にはアル=シャムス家に落ちつき、治世はほぼ安定していた。


 研究者たちが編みだした突出した技術が、いまだ一般の者まで恩恵にあずかれるところまではいかず、生活形態に乖離(かいり)が生じてしまっているのは今後の課題ともいえたが、おおむね研究者たちが疎外されるという空気はなかった。

 自然科学の知識のない者が見れば、魔法と見まがうであろう技術や理論が発達していく。



 

 真北より五度ほどずれた位置に急降下する鷲の星アル・ナスル・アル・ワーキが明るく光っている。


 ほぼ真北に位置するその星で、夜の砂漠の方角が測れる。

 十歳のころ錬金術師の師匠に教わったのをハーヴェルは思い出した。

 ここ数日通っている道なのだ。間違えようもないのだが。


 もういちど舌打ちし、イライラと先を進んだ。





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