05.ギルド、そしてリミュレア山へ
冒険者ギルドの建物は大きかった。他のギルドの建物も併設されているかららしいが、それにしても大きい。
とりあえず、と三人は空いている窓口へ向かった。
「こんにちは。どのようなご用件ですか?」
窓口の受付嬢はパーフェクトスマイルで言う。
「ギルド登録とクエストの受注です」
「三人全員でよろしいですか?」
「はい」
対個人で話すのは玲音の担当だ。
残りの二人は暇そうに後ろでキョロキョロとしている。
「冒険者用の腕輪は……もう既に購入なさっているみたいですね! それではこちらの紙に名前とジョブを書いてください」
三人は渡された紙に置いてあったペンで言われた通りに書いた。
「ありがとうございます」
受付嬢はそう言ってから紙をそれぞれの腕輪にかざす。と、紙と腕輪が淡く光った。
「はい、登録はこれで完了です。ギルド証は腕輪から表示できるようになってます」
「はぇー、ハイテクですね」
「ハイテク……が何かは分かりませんが、次はクエストの受注ですね。こちらがカタログです。決まり次第窓口にお声がけください」
分厚いカタログを受け取り、窓際に並べられたテーブル席に座る。
「まずギルド証確認しとくか」
腕輪のボタンを押してギルド証を表示させる。
【冒険者ギルド証】
レイン カザミ 人族 女
《魔術神》 Lv.1
所属:フィーラ王国 メイズシティ
【冒険者ギルド証】
カナタ ハヤセ 人族 男
《破壊神》 Lv.1
所属:フィーラ王国 メイズシティ
【冒険者ギルド証】
オウト サコン 人族 女
《復讐神》 Lv.1
所属:フィーラ王国 メイズシティ
表示された内容を見て王兎は首を傾げた。
「所属って?」
「冒険者ギルドは複数あるんちゃうか? で、なんかやらかしたらここに連絡くる」
「なる。登録した場所になってるのね」
「なぁ、今更だがこの国こんな名前だったんだな……」
確かに、イーズから教えられたのは街の名前だけだ。まさかこんな形で国名を知ることになるとは。
ギルド証を確認し終わると、玲音はクエストカタログを机の中央に寄せて開き、眺め始めた。
「レベル毎に分かれてるけど……【月夜の音楽隊】はどのレベル?」
「レベル無制限じゃないか? 本当は高レベルの人に受注して欲しいけど、解決できないから挑戦したい奴挑戦して良いよ! って感じで」
「あー、ついでに解決できたら万々歳ってことね」
パラパラとめくっていくと最後の方のページにそのクエストはあった。
【月夜の音楽隊】
⚪︎クエスト対象レベル:無制限
⚪︎報酬:100万レンド
⚪︎クエスト達成条件:【月夜の音楽隊】の確保
※【月夜の音楽隊】の実態調査でも成果を出した場合は相応の報酬をお渡しします。
「これやな」
「よしじゃあ鈴ちゃん、頼んだよー」
「分かったけど……先パーティ組んどこ。パーティでクエストしたほうがいいやろ」
「ああ、そうか。分かった」
ギルド証を開き、パーティを組む。
【風見 玲音、左近 王兎がパーティに加わりました】
【左近 王兎、早瀬 奏がパーティに加わりました】
【早瀬 奏、風見 玲音がパーティに加わりました】
腕輪からホログラムで表示されたメッセージを確認し、玲音は窓口へ向かう。
先程の受付嬢と一言二言交わしたと思ったら、奏と王兎の腕輪からメッセージが表示された。
【クエストを受注しました】
「完了したみたいだね」
見ると、玲音が二人の方を向いてドアを指さしている。それに頷いて二人は外に出た。
ややあって玲音も出てくる。
「窓口のお姉さん凄いビックリした顔してたんやけど」
「まあそりゃ超低レベルだからな」
雑談を交わしながらギルが待っているであろう街の門へと向かう。
ちらりと建物の間から覗く門の姿を頼りに暫く歩くと、だんだんその全貌が見えてきた。
豪華、というわけではないけれど大きくて目立つ門だ。
門を出たところには様々な竜車が駐めてあり、竜の色も様々。青、赤、黄、緑。多いのはその四色か。
「ギルさんのは確か赤色なんよな?」
「で、小型だろ? この辺のは大きい感じがするから……」
「あれか」
王兎が指で示した先には赤い竜と一人の男性。おそらくギルだろう。
「お前らー、こっちだ」
向こうも気づいたようで、そう言って三人に手を振る。
「これが俺の竜車だ。んで、こいつがアーク」
竜はその声に反応するように「グルルル」と低く喉を鳴らす。
ギルが首元を軽く叩くようにして撫でると目を細めた。
アークは朱に近い赤色で、瞳は緑。
小型とあって近くに並ぶ他の竜よりも小さい。
「翼ないんですね」
「翼竜じゃないからな。翼竜で竜車引いても飛ぶことないし」
ギルはアークの背中の鞍に登ると、三人に声をかけた。
「お前らは荷台に乗れ。揺れるからどっか掴まっとけよ」
「はーい」
と、威勢の良い返事はしたもののいざ乗ってみるとあるのは弓矢や猟銃、食糧と藁ぐらいで掴めそうなものはない。
どうしたものか、と三人が周りを見回していたのだが
「よし、アーク、リミュレア山までとばしてくれ!」
ギルがそう言った瞬間、竜車は猛スピードで走り出した。
案の定、掴まるものを見つけられなかった三人は後ろに転けて頭を打つ。
「いったぁ……」
「見て! 凄ぇ速い!」
頭をさすりながら呻く王兎に玲音は痛みを忘れたように、無邪気にはしゃぎながら外を指さす。
竜車の壁は玲音が立つと丁度外が見えるくらいの高さだ。
奏も玲音の横で目を輝かせながら景色を眺めている。
「あれメイズシティ? もうだいぶ小さくなったね」
王兎も玲音の横に並んで街の方を指差して言った。
「やっぱリミュレア山でかいなぁ」
玲音は王兎とは逆に進行方向を見ている。
「うお、空めっちゃ青い。綺麗」
奏に至ってはごろんと寝転がり、空を見上げていた。
暫く無言でぼうっと景色を眺めること数分。それくらい見入ってしまうほど、良い天気で景色が綺麗だった。
「そういえば、早瀬ってその鉄球使えるん?」
その場に座り、壁にもたれながら王兎が問う。
玲音はうつ伏せに寝そべり、肘で頭を支えて首を傾げた。
「え、振り回せばええんちゃう?」
「よく分からんけど使えると思うで。ついてからちょっと振り回してみるわ」
「……うん、まあ……やってみて」
奏の提案に少し嫌な予感がした玲音と王兎は顔を見合わせ、言葉を濁しながら返した。
「なぁ、ネメちゃん。あの毒薬セットみたいなん見せて」
「ん、はい」
玲音の頼みに王兎はローブの内ポケットから黒いケースを取り出す。中にはゴム線をした試験管が数本入っていて、不思議な色の液体で満たされている。
「おぉ、綺麗」
陽光に透かすと液体はキラキラと少し光った。
「毒?」
「うん」
なんでもないように物騒な問いに答えた王兎は別の黒いケースも玲音に手渡す。
「おわ、注射器やん」
「どれ?」
玲音の手元を奏が覗き込む。
ケースの中には空の注射器と試験管に入っていたものと似た液体が入った注射器が一本ずつあった。
「ほい、ありがと」
「で、鈴ちゃんのは?」
その問いに玲音は隅に置いて置いたリュックをあぐらをかいた上に乗せ、口をガバッと開けた。奏と王兎が覗き込む。
「薬草が大量ー、地図とー。後、魔術書」
どちゃ、と薬草の束が出てきて、その隣にメイズシティとリミュレア山の地図。それからどすん、と鈍い音を立てて分厚い魔術書が置かれた。
「……よくそんな大量に入るな、そのリュック」
半分感心し、半分呆れたように奏が玲音を見る。
「ま、大容量のリュック型”アイテムボックス”やからなぁ」
そう言いながら玲音は首元の鈴付きの鍵を外し、魔術書を開いた。そしてぺらぺらとページをめくっていく。
「ここは目次で、この辺が初級魔術。で、この辺は上級魔術。ほとんど黒魔術やけど白魔術もちょっとだけ載ってる」
説明をしながらぱらぱらとページをめくっていた玲音だが、王兎の「ちょっとストップ」という言葉でピタリと動きを止めた。
「そのページ見せて」
玲音が魔術書を二人の方に寄せる。
そのページは何も書かれておらず、真っ白だった。次も、その次のページも。
確認すると、そのページを境に最後まで白紙だった。
「風見……もしかしてお前、寝惚けて消しゴムで消したんか?」
神妙な面持ちで奏が口を開いた。
「いや、消しゴムで消えへんよ?! 元から白紙だからね?」
「鈴ちゃん、隠しても無駄だよ」
「ネメちゃん?!」
「そうだぞー、罪を認めるんだー」
「おい待て、やってないって」
わちゃわちゃと茶番を繰り広げていると、竜車が急停止した。
当然のように三人は頭を打ち、玲音のリュックに入っていたもの__主に薬草が派手に散乱した。
「い゛だい゛……」
「風見の荷物酷いことになってんで」
荷台の中を見回し、玲音は顔を顰める。
「うぇ、集めなあかんやん」
小さくぼやいて散乱した荷物をリュックの中に詰め込む。リュックには某異次元ポケットのように全ての荷物が入った。
そして、完了の合図かのように魔術書の鍵を首元につける。チリン、と乾いた音が鳴った。
「おい。お前ら大丈夫かー」
ギルの声がして、ガチャと荷台の後ろが開く。
「ギルさん、運転荒いですよ。二回も頭打ちました」
「ちゃんと掴まっとけって言っただろ、自業自得だ」
「あんなのどこに掴まれば良いんですか」
抗議しながら順に荷台から跳び降りる。
「またね、アーク。さんきゅ」
頭を地面に置いてこちらを見ているアークの鼻先を撫でてやると緑の瞳を細めて笑った。
「じゃ、ギルさんもありがとうございます」
「おー、俺はこの辺にいるしな。ただ、夜遅くなったらこいつのこともあるから帰るかもしれねぇが、明日も来るつもりだ。コイツが目印になってくれるだろうよ」
「グルルルル」
一行はもう一度礼をし、狩りの準備を始めたギルに背を向けて森の中に入っていった。
遅くなってすいません!




