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09.窮地の人は鼠を噛む?

 再び仮面女が竪琴を奏でると、玲音の造りあげた壁の方を向いていたネズミたちがくるりと三人の方を振り向く。


「大群はちょっとこわいな」

「呑気に言ってる場合か!」


 指揮者の男は指揮棒を構えた。

 まるでこれから演奏を始めるような異様な光景。

 だが、張り詰めた空気が街で演奏していたときとは違い、臨戦態勢のものだということがわかる。


(多分、あの少年を追いかけるのは諦めたか?)


 それなら、と奏は玲音の作った壁を破壊し、洞窟の外に出た。

 深い霧のおかげか、既に子どもたちの姿は見えなくなっている。


(これならまあ大丈夫か)


 振り向くとネズミが追いかけてきていた。

 奏は鉄球を振って起こした風で吹き飛ばす。

 奏としては当ててもいい、むしろ当てるぐらいの勢いでいったつもりだったが、無意識のうちに当てないようにしていたようだ。

 街に入る前にオオカミを倒したとはいえ、日本に住んでいた一般高校生が急に動物を殺せるようになるはずもない。虫とはまた話が違う。


(ネズミ相手だとオオカミの時みたいな殺らなきゃ殺られるっていう感じが少ないのか)


 再び襲いかかるネズミを薙ぎ払いながらぼんやりと考える。

 指揮者と仮面女はテレポートを繰り返しているようで、玲音と王兎が追いかけているが捕まらないようだ。


「とりあえずはネズミか」


 現状、三人では対抗手段のない二人は保留にするしかない。

 考えている間にも隙間を縫うように近づいてきたネズミが鋭い爪で傷をつくっていく。

 一つ一つは小さいものだが、確実にダメージは刻まれていく。

 

「まさに多勢に無勢だね」


 声が聞こえるくらいの距離まで近づいてきた王兎が言う。


「まだ互角だろ」


 奏は応え、王兎と玲音を巻き込まないように鉄球を一振り。

 それはネズミの大群に直撃した。


(__嫌な感触)


 鉄球をつたい、手に伝わった感覚に顔を顰める。

 だがそんなことを考えている場合ではない。ネズミは洞窟の中にいくらでも待機しているかのようにどんどん湧いて出てくる。

 しかも、


「なんかこいつら段々大きくなっとらん?」


 そう、ネズミのサイズは最初よりも少しずつ大きくなっているのだ。

 それに比例するようにダメージも上がっていく。

 

 すると突然、仮面女が引いていた曲の調子が変わった。

 短調でどこか不気味な、激しい曲。

 ネズミたちはみるみるうちにウサギぐらいの大きさになり、その目は獰猛な赤い色に変化していた。


「いや怖。__水よ、我に力を《水砲(アクア•アタック)》」


 直後、玲音の杖から勢いよく水が飛び出てネズミにヒットする。

 倒した数は決して少なくはないはずなのだが、全体を見ると誤差の範囲でしかない。

 

「減らないー!」


 王兎も注射器で毒を刺していくが手応えは全くなく、むしろダメージが蓄積していくだけ。

 一番効果のありそうな奏の攻撃でさえまるで意味をなさない。


「まさしく数の暴力」


 疲弊する三人の近くにテレポートしてきた指揮者が音に乗せて呟く。


「出し惜しみをしても仕方がない」


 再び曲が変わり、ネズミたちが光出す。

 やがて眩い光の後、そこには巨大な怪物が佇んでいた。

 怪物の正体は超巨大なネズミ。

 だが、もはやそれはネズミと言っていいサイズ感ではない。


「…………詰んだな」


 冷や汗を流しながら呟き、後退りする。

 

(テレポートの発動条件でベタなのは誰にも見られないことだが多分違うな。なら……)


 奏の思考を邪魔するように大ネズミが尻尾を地面に叩きつける。

 大地が揺れ、身体が宙に投げ出される。

 

「っ気よ我が手に、我が思うままに形を変えよ。《空気緩衝(エアー•バッファー)》」


 間一髪、玲音の魔術で発現した空気の緩衝材のおかげで三人が地面に叩きつけられることはなかった。

 だが、大ネズミが少し動くだけで地が揺れる。これは厄介だ。


「とりあえずネズミの相手は俺だな」

「じゃあ私らはあっちか」


 キロリと王兎はテレポートを続ける二人に視線を向ける。


「ついでに早瀬の援護もできるだけやるわ」


 そう言って玲音はリュックから取り出した薬草を口に含んだ。

 王兎は毒薬を入れた注射器を両手に持ち、奏は鉄球を構えた。


「それじゃ制限時間は援軍が来るまでで、スコアアタックと行きますか」


   ※


「っらぁ!」


 奏が巻き起こした風を玲音が杖で吸収し、魔術を発動する。


「風よ、巻き起これ、我が背を押せ。《加速(スピード•ブースト)》」


 玲音と、玲音に腕を握られた状態の王兎が宙に浮かび、凄まじい速度で指揮者の男と仮面女に届かんとし__避けられる。

 もう一度、と《空気緩衝》で足場を作り、《加速》で移動する。

 後少し、というところまでは近づけるのだが、届かない。

 

「先これネズミに打った方が良いかも。近づける?」

「了解!」


 大ネズミの頭頂部へ着地し、王兎は毒薬を打つ。が、特に変化はない。


「身体がでかいと毒の廻りが遅いのかな」

「効かんってことはないよな?」

「それは最悪過ぎる」


 再び《加速》と宣言して二人を追いかけ始める。


「……ったく、殴っても全然手応えなしか」


 大ネズミを前に奏は顔を顰めた。

 先程から全くダメージを与えられている気配がない。


「サイズがな……ちょっとした打撲程度にしか思われてないだろうな」


 爪での攻撃を躱し、もう一発。


「よっ」


 打撃音はする。だが、弱い。


「やけに柔らかい……衝撃が吸収されるのか。これなら打つより切る方が…………」


 そこで奏は街で売った大剣を思い出した。


「っあぁー! なんで売ったんだよ俺の馬鹿! かっこいいからって鉄球にしやがって!」


 大声で叫び、はー、と息を吐く。


「しょうがない……これで頑張るか」


 攻撃を避けながら何度も鉄球で殴る。

 小さいが確実なダメージが蓄積されていく、はずだ。


   ※


「いや、無理……」


 数分後、奏は攻撃を避けるために全速力走りながらそう呟いた。

 大ネズミの身体に無数にある裂傷は奏がつけたものだが、そんなものを物ともせずに大ネズミは奏を追い回す。


「数が多くても擦り傷は擦り傷ってか!」


 そう言いながら走っていると急に大ネズミが倒れ込み、苦しみだした。

 その場でジタバタと悶え、唸り声をあげる。


「あ、王兎の毒が今頃……」


 反撃されないのをチャンスとみて、離れた場所から攻撃する。

 

「ほっ」


 頭部を目掛けて鉄球を振ったところで大ネズミはすっくと立ち上がった。

 まるで毒などなかったかのように。


「そこは効けよ!!」


 半ばやけくそ気味に叫び、ついでとばかりに鉄球で殴る。


「早瀬大変そうやな」

「毒やっぱり効かなかったみたいだね」

「それより、テレポートとテレポートの間にクールタイムが無いのが気になるけど」

「あー、確かに」


 そこで杖を一瞥し、玲音は「あ」と呟いた。


「どした?」

「魔力切れ……地上戻るわ」

 

 地面に着地し、奏と合流する。


「ちょっと無理そう。魔力切れた!」

「マジかよ」

「薬草も後一つなんだよなー」


 と言って大ネズミの死角に入り、薬草を食んだ。


「援護はできるけど……あー、ギルさん来てくれんかな」

「呼んでみたら良いんじゃない?」

「助けてギルさーん!!」


 そんな某アニメのような台詞を叫んだところで__


「おうお前らここに居たのか」


__聞き覚えのある声が霧の中から聞こえた。

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