第一話 主人公、復活
さて問題です。
あなたはラブコメの主人公です。気がつくと、一度終わったはずの世界が復活し、過去の記憶を持ったまま二回目の人生が始まっていました。あなたならどうしますか?
A.ヒロインを全員幸せにする。
気がつくと俺はベッドに横たわっていた。
在り来りな出だしだ。使い捨てられた描写だ。
ただ一つ違うのは、この世界は本来、俺が一度消し去ったはずの世界だってことくらいか。
この世界はフィクションで、実際の人物、団体は一切存在しない。学校も幼馴染も友人も先生もヒロインだってみんなそうだ。
もちろん、俺も。
そんな世界で起こった凄惨な事件から目を背けたかった。俺が犯した罪を残したくなかった。全てを背負って生きていくなんてことができるはずもなかった。
理由は多々あれど、様々な感情が渦巻く中、俺は幼馴染を殺すことで手に入った『第四の壁を超える力』で物語に干渉し、全てを消した。
「はずだったんだけどなぁ」
「お兄ちゃん何言ってるの? 早く食べないと遅刻するよ」
気がついたら普通に朝を迎えていて、妹の明と共に朝食を食べている。
海外出張中の両親に代わり、明が用意してくれた朝食に手をつける。何の変哲もない普通の朝だ。
今日のメニューはアサリの味噌汁と白米。おかずは昨晩の残りの肉じゃがコロッケ。聞いたことない? 美味いんだなぁ、これが。
訝しげな視線を向ける明を他所に肉じゃがコロッケを頬張りつつ、俺は記憶を隅々まで漁る。
俺の頭の中には確かに、昨日肉じゃがコロッケをたらふく食べた記憶がある。それと同時に、あの惨状の記憶も。
一体どうなってるんだ?
「もしかして、俺の頼みが通じたのか」
「だから何言ってるの。きもいよ」
冷たい目を向けられるも、なんだかそれさえ心地好い。明とまたこうしてご飯が食べられるとは思っていなかった。
きもいという言葉ですら好きと言っているように聞こえる。それはないわ流石に傷ついてる。
唯一たどり着いた心当たりに思慮分別していると、明は鞄を手に取ってこちらへ振り返る。
電車で少し離れた学校に通う明は俺よりも早起きしてきちんと支度を済ませている。俺の面倒まで見て、本当に出来た妹だ。
「じゃあ私、先に行くから。ちゃんと戸締りしてね。あと食器は水につけといて」
「ふぁい」
一方で未だに髪も整えていない俺は、コロッケを頬張りながら答える。明は俺の様子に呆れつつも「行ってきます」と告げて一足先に出て行った。
なんだか懐かしい気分だ。俺には濃密な数ヶ月の記憶があるのだから当然か。
本当にどうしてこうなったのか。残りの朝食を済ませつつ、一旦状況を整理しよう。
今日は五月の七日、月曜日。なんでゴールデンウィーク明けなんだろうな。その辺もう少し融通効かせてくれよ作者よ。
いや、どうしてこの日から始まったのかについては予想できる。
俺が消し去ったこの世界──長いから一周目と呼ぼう。一周目で俺が世界の理について知ったのがこの日だったからだ。
俺は一周目の今日、この世界がフィクションで、タチの悪いシナリオライターによって創られたラブコメの世界だったと知った。
そして俺はあろうことかその物語の主人公だと言う。今考えても不適任にも程がある。
一周目の俺はそこから何をしたかと言うと、わざと誰とも話さず、人と距離を置き、主人公の座から降りようと奮闘した。
友人、知人、教師、先輩。妹も当然その中に含まれる。先のやり取りを懐かしく思ったのもそのせいだ。
やがて努力は功を奏し、俺は見事にモブとなった。
来月に転校してくる、武道秀優という新たな登場人物の襲来も後押しになった。そいつが現れてからは誰も俺に話しかけなくなっていた。そのイケメンに主人公を押し付けることにも半ば成功していたと言ってもいい。
ある時期の俺は見事にモブだった。ベスト・オブ・モブという不名誉に鈍く輝いていた。
でも、失敗した。
主人公を押し付けることもそうだが、俺がモブになったことでヒロインも次第に変わってしまい、最悪なエンディングを迎えることになった。
俺の変化がこの世界にも変化を及ぼした。この世界に干渉できること、それこそが主人公の持つ力だったんだ。
最悪な結末を迎えてしまった俺は物語に干渉して、世界を壊した。物語を全て消したんだ。
だが俺は一周目を終わらせる際、作者に文句を言うついでに一つ頼み事をした。
ヒロイン全員を幸せにしてほしい、と。
何の因果か、はたまた作者の余興か。
朝起きると、この二週目が始まっていた。
つまりあいつは、俺にその役目を担えと言っているんだろう。
数ヶ月と一緒に過ごした仲だ。作者が俺の事を理解しているように、俺も何となくだがあいつの考えそうなことは分かる。
まったく、食えないやつだ。俺の望みを聞いてくれたのは良いが、この物語を俯瞰する力は没収されたらしく二周目に至るまでの過程や一周目の結末はもう見ることが出来なくなっている。
物語を変えたきゃ自分で何とかしろと言われている気分だ。実際、あいつはそのつもりで二周目の世界を創り出したのだろう。
上等だ。物語に干渉する力は失ったが、幸いにも記憶は残ってる。
これから起こること、これまでに起こったことを全て知っている。強くてニューゲームってやつだ。
まあ、一生トラウマになりそうな記憶までばっちりこびり付いてるんですけどね。ただのハンデじゃん。
ともあれ、せっかくのチャンスだ。与えられた二周目で俺のやることは一つ。
主人公として、この物語をハッピーエンドで終わらせること。そして、ヒロイン全員を幸せにすることだ。二つだったわ。
やってやるよ。お前が散々傷付けた連中を今度は全員救ってやる。幸せにしてやる。
見てろよクソ作者。俺はもうお前に屈しねえ。お前の思い通りにもならねえ。
あ、ちょっと訂正しよう。文句を言いすぎると記憶まで消されそうだ。
見ていてくださいまし作者様! わたくしは絶対に屈しませんことよ!
ダメだこれ、くっ殺お嬢様じゃん。敗北不可避。またR指定付いちまう。
まああれだ。俺にチャンスをくれたことには感謝してなくもない。一周目のことは絶対に許さないけどな。
だから、俺は今度こそこの世界でハッピーエンドを見せてやる。
やってやるぞ!と誰に言うでもなく声を上げた。ついでに顔も上げると時計が目に入った。遅刻してますね、これ。