太陽の御子の旅①
赤褐色の空が世界を鈍く照らし、辺り一面を草の根一つない荒野が広がっている。
そこに若い少年と中年の男が一人歩いていた。
少年は十代半ばといったところで、幼さの残る横顔にボサついた灰色の髪が四方に飛び跳ねている。薄汚れたマントを身体に巻き付け、翠色の瞳は西の大地の先に僅かに点在している廃墟を睨みつけた。
「バルト、あれが水の国なのか?」
少年が後方にいる中年の男――バルトに声を掛けた。屈強な肉体を少年と同じような薄汚れたマントで隠し、青色の刈り揃えられた髪に、藍色の瞳の左側には黒い眼帯をしていた。
バルトは僅かに目を細め、懐かしそうに笑みを湛える。
「ええ、ソル様。あの地こそ、あなた様のお父上とお母上が心より愛した我が母国ですよ」
少年――ソルは下唇を噛み、再び水の国の跡地を睨んだ。
「……あれが」
ソルは色々な事を考えた。考えて、瞬きを一つしている間に考えをまとめて目を開いた。
「行くぞ」
「はい、ソル様の仰せのままに」
水の国を一瞥し、ソルは前を向いて歩き出した。そんなソルの後をバルトは一定の距離を保ちながら歩いていった。
ソルに両親の記憶はない。赤子の時に、ソルの母が父の友人であるバルトにソルを託したからだ。
この世界は全時代の置き土産である化け物ーー汚染生物から度々、攻撃を受けていた。汚染生物は、美しいものを好み、とりわけ生きているものを好んだ。汚染生物に触れられたものは、触れられた箇所から汚染され、細胞が腐り一分も生きていられない。
そんな化け物を相手に、ソルの父と母は、水の国の長――サリアを守るために戦い、死んだ。
更にサリア自身は、最前線の戦士を亡くしたことで戦う意思を捨て、己の保身のために水の国全体を封印し、全国民と共に深い眠りについたと言われている。
現在の水の国は、水の国の御子が張った結界の外側を上級の汚染生物たちが徘徊しているため、誰も近付くことができなくなった危険地帯だ。
(これは全部、シリウスおじさんや教育係の先生から教えて貰ったことなんだけど、バルトから教えて貰った内容と違うんだよな)
バルトから教わったことは、水の国は汚染生物から猛攻撃に合い、他の国から援軍も貰えず孤立無援で戦っていたそうだ。兵糧も尽き、このままでは国民全員の命が危ないと判断した水の国の御子サリアは己の魂を削りながら国全体に封印を施したという。
その際、たまたまソルを抱えて国の外にいたバルトは封印に巻き込まれずにすみ、またバルトの様に封印の外にいた水の国の国民たちも封印に巻き込まれることはなかったが、その後は悲惨なものだったと聞く。
戦いから逃げ出した臆病者たち、他の国に後始末を押し付けた卑怯者たち。水の国の民たちは他国の者たちから迫害を受けながら他国で生きるしかなかった。
国の外には植物も育たない、汚染生物たちが跋扈する荒野しかない。
旅をしてソルは、迫害を甘んじて受け入れている水の国の民たちを何人も見てきたし、その度にバルトが唇を噛み、痛みを堪えながら目を閉じる姿も何度も見てきた。
(みんなが幸せに暮らせるような世界にしたい)
ソルは立ち止まり、マントを払い退けながらバルトに向き直った。
「バルト」
「はい」
「ここを浄化する」
「ここを、ですか?」
目を白黒させるバルトに、ソルは背負っていた杖を手にして掲げた。
『我の中に眠りし太陽の血脈よ 穢れし大地の嘆きを
我が願いを どうか聞き届けたまえ』
ソルの言葉に反応し、 杖の先端に付いているガラス玉が光り輝き、辺り一面を明るく灯す。
鼓動を打つかの如く大地がうねり声を上げ、バルトは舌打ちし、辺りを見回し警戒を始めた。
「チッ、何でこんなところを……」
毒吐くバルトの言葉は大地の揺れで掻き消され、ソルは祝詞を唱え続ける。
『生は死を 死は生を与え 巡りゆく輪廻の歯車
時を超え 時を紡ぎ 時を支配し
この地へ降り立ち給え 太陽神よ
我らが大地を救うため 我が声に応え給う!』
ソルは祈る風に杖を両手で持つと片膝を付いて、杖を大地に向かって一気に叩きつける。
コーーーーーーーーーン
辺り一帯に高い“音”が響き渡った。
シンと静まる世界。
そこに一筋の光が、厚い雲から伸び広がった。日の光りに晒された大地は命を芽吹かせ始め、荒れ地に草葉を生い茂らせる。
ソルは立ち上がり、約家一軒ほどの広さに茂る草葉を見て苦々しく笑う。
「……これが、今の俺の実力か」
「当たり前だ、この辺りの汚染は普通の汚染地帯とは訳が違う。十数年前の交戦の跡地だ。御子見習い程度の力しかないあなた様に浄化できるわけがない」
「フッ、素が出たな」
「おちょくるのさお止めください。無礼な口を利き、申し訳ございません」
「別に良い。お前は、お前だけは本当のことを教えてくれている気がするから、許す」
「勿体なきお言葉に感謝いたします。……さあ、早く行きましょう、今の浄化の光りを感じ取った汚染生物たちに見つかってしまったら、今度こそお終いです。一刻も早く、立ち去りましょう」
バルトに背を押され、ソルは最後にもう一度だけ水の国のある方角に視線を向ける。父と母が愛した国。ソルは胸の奥から湧き上がってくる様々な衝動を、唇を噛んで無理矢理抑え込んだ。
その背中を、バルトが悲しげな表情で見つめていることに気付くことはなかった。
一旦、ここまでになります。
次回をお楽しみに!