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水の国の軌跡  作者: 海老沼 ケイ
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水の国の門番③


 ソラがサリアを連れ去り、アオは強く苛立ちを感じていた。


(また、あいつが選ばれたか。簡単にサリア様を連れ出せる能力があるとは言え、何故あんなにも軽々しく接することができるんだ)


 ソラは月の国出身だ。月の国の者は、光や空間魔法を得意とし、ソラは空間魔法の1種である転移魔法を得意としている。

 風の国出身で、風の上を滑ることしかできないアオはソラの様に気軽にサリアを連れ出すことはできない。

 生まれた国が違うのだから使える魔法が違うのは仕方がないことだ。

 それでも腹の中に治まりきれない苛立ちに、アオは得物を何度も地面に突き刺して八つ当たりした。


「アオさま」


 声を掛けられて振り返ると、青色のローブを纏った若い女性が立っていた。青色のローブは神殿で働く者の正装のため、彼女が何者であるのか一目で分かり、警戒心を解くとゆっくりと身体の向きを変えた。


「何だ?」


「元老院のディアルゴさまがお呼びです」


「分かった、門に代わりの者を派遣してから行くと伝えてくれ」


「いいえ、その役目は私が担います」


「お前が?」


「はい」


 女性は目蓋を伏せたまま傅いている。神殿で働けるということは、それなりに力があるのだろう。

 ここでは最低限、自分の身は自分で守り、他人も守れたら1人前と言われている。

 アオは地面に刺さっている得物をそのまま放置して、女性とのすれ違いざま「頼んだ」と軽く肩を叩いた。

 女性は頭を下げたままで返事はなかった。







 階段を上り、開けっ放しの門を潜ると中は水面をイメージしてなのか一面水色の壁石が広がっている。恐らく大理石を加工したものだろう。

 歩く度に、カツンカツンと回廊に響く。歩いているのはアオだけなのだろう。どんなに足音を立てないように気を付けても鳴り響く回廊は、防衛の一種だ。

 しばらく一本道だった回廊が三ツ又に分かれている。

 真っ直ぐ行けば御子が住まう御所になり、右側は神殿関係者の宿泊施設になっている。

 アオが左へ進むと、雰囲気が少し変わった。神聖な空間から人の気配が多くなり、壁石も清潔感のあるものから白字の斑模様へと変わる。元は白一色だったのが、長い年月のせいでカビができたり黄ばんでしまったのだろう。

 修繕の予算は、ここよりも出入口付近の回廊と御子の御所に多く割り振られているため、ここの修繕はあまりされることがない。

 何人かとすれ違い、いくつかの扉を通り過ぎた先の最奥に、青色の扉が左右に4つずつ点在している。

 元老院たちの執務室だ。

 アオは右側の手前から2つ目の扉の前に立ちノックを3回する。


「ディアルゴ様、アオが到着しました」


「入れ」


 威圧感をたっぷり含んだ口調に、アオは眉を寄せた。ディアルゴは反サリア派だ。

 サリアの弟リーリスを水の御子候補として推している。だが、リーリスには水の御子の資格である神々の印がないため、ただの候補止まりだ。

 御子は一世代に一人しかなることができず、先代が次代の御子候補に印と御子としての知識を“移す”ことで引き継ぎを行うと言われている。


(“移す”と言うのが、比喩なのかそれとも事実なのかは分からないが、先代がサリア様に印を移したことだけは事実だ)


 先代が認めた後継者なのに何故、元老院たちは認めようとしないのか。もちろん、元老院の中にもサリア派はいる。

 穏便派でありこの部屋の正面の部屋の主ーーアライドがその一人だ。

 アオは両手を腰に当て、姿勢を正した。

 ディアルゴはアオの姿を一別すると、再び手元の書簡に視線を落とす


「風の民アオ。お前には水の民と風の民との信頼性を育むために水の国の門番の役割を与えたと思っていたが相違ないか?」


 随分と直接的な物言いをする。ディアルゴの言葉は正しいが、飽くまでそれは公式的な内容。アオの真意ではない。


「相違ありません」


「ならば何故、許可無き国民を外界へ連れ出すのか理由を問いたい。門番とは外敵の排除だけではなく国民を守る存在ではないのか?」


「存じ上げません」


「ほう? シラを切るつもりか?」


「ディアルゴ様のお言葉の真意が私には分かりません」


「ふんっ。御子候補の番候補から外れるだけある、脳筋が……」


 石頭には言われたくない。アオはディアルゴの嫌味を受け流し目を閉じる。


「近々、水の国伝統の水送りの儀があることは知っておるな」


「はい」


 水送りの儀とは、神々の痣を受け継いだ御子候補が神々の力を民に見せて回る云わばお披露目会でもあり、汚染生物バイミリオに犯された汚れた大地を浄化する大切な儀式でもある。

 儀式を無事に逐えた御子候補は数年後に行われる成人の儀式と同時に正式な御子となり、水の国を守護することになるのだ。


(水送りの儀式には他国の御子候補も訪れる大切な儀式と同時に、水の国の御子候補が水の国でどれだけ丁寧に扱われているか、他国に知られる日でもある。御子候補選定は先代の御子が現御子へ印を与えた時点で終わっていると言うのに往生際の悪い奴らだ)


 他国に、水の国の御子候補を知らせる大切な儀式の前だと言うのに、何故ディアルゴを筆頭に元老院の3分の2はサリアを次期御子として認めないのか分からない。

 自分が認めた相手以外を認めないなど、ただの子供の駄々ではないか。

 アオはため息にならないよう息を吐き、もう1つの問題を思い出しては額を押さえたくなった。

 他国にも水の国のように、風流しの儀、月明かりの儀、焔灯しの儀、豊穣の大地の儀があり、これらの儀式は全て水送りの儀と同じものになる。

 そんな大切な儀式について、相棒があまりにも無知で無頓着だったため、手の空いた時間に講義を行っていたのだがソラの中に響いた様子も知識を得た風にも見られず、イラッとしてしまったのがサリアが門に来る少し前の出来事。


(サリアさまも、そんな大切な儀式を前に気分転換をしたかったのだろうな)


 あの小さなお身体で、どれだけの期待を背負っているのだろうか。心労はどれほど貯まっているのだろうか。

 そう考えると、ソラの行ったことを咎める気にはならないが面白くないのも事実。

 後で絞めよう、とアオが決意していると、ディアルゴが書簡を置き、わざとらしいため息を吐いてからアオを睨み付けた。


「……先ほど、御子候補の気配が水の国から消失した。つまり、御子候補が結界の外へ出たと言うことだ。今日は外界への神事はない」


「つまり、城の者は誰一人として御子さまが部屋を出たことを知らないと? 国にとって大切な存在である御子さまを蔑ろにしていたと言うことですね」


 飽くまでサリアを御子候補と呼び続けるディアルゴに対抗するようにアオもサリアを真の御子と敬称で呼ぶ。

 アオの嫌味返しの指摘に気が付いているであろうディアルゴは押し黙ったが、眉間の皺は深く眼光は更に鋭くなってアオを憎々し気に睨みつけた。

 だが、それを素直に受け入れるアオではない。


「分かりました。では、周辺に御子さまがいないか確認して参ります。差し出がましい申し出ですが城内の警護の強化を検討なさってはいかがですか?」


 無能野郎と言外に言えば、ディアルゴはぐしゃりと手元にあった書類を握りしめ、腰を僅かに上げた。


「風の国の御子候補にすら上がらなかった出来損ないが……」


「お陰様で水の国の御子さまに出会えました。私は己の力に感謝していますよ」


 失礼します、と頭を下げずに部屋を出れば、部屋の中から罵倒の嵐が投げ付けられた。


(穏便にすませるつもりが、つい本音が出てしまったな)


 だが言って後悔はしていない。そもそも元老院たちのサリアへの態度は不敬に当たり本来なら懲罰ものだと言うのに、サリアが黙認しているからお咎めがないだけだ。


(サリアさまは優しすぎる。その優しさこそがサリアさまたる所以だが、それだけじゃあ生き残れない)


 世界は汚染生物バイミリオによって日々、汚染されている。人が住める土地は年々減り続け、御子の加護が届きにくい場所での死亡率が問題視されていた。

 国民への意識が高い文官が多い神殿なら御子の持つ加護の力の関心は高いが、ディアルゴのように保身のためにしか動かない人間が多い場所では弱き者を蔑ろにしがちだ。


「サリアさま、あなたが愚かな君主ではないことを私は切に願います」


 今はまだ己のことしか見えていない御子候補だが、アオ自身が認めた人間の一人だ。いずれ、成人して御子として自覚を持った時の彼女に、アオは期待するのだった。






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