忘れられない初恋
「ドロシー様、陛下からのプレゼントがありますよ」
「ありがとう。机の上に置いておいてくれる?」
今日も私は王のティータイムに招待された。メイドに手伝ってもらいながら、鏡台の前で支度をする。
私はシモンの持ってきた宝飾品を一瞥するも、迷うことなく自分のものを使う。数あるアクセサリーを1つ1つ丁寧に身に着けていった。
どんなに嫌な目にあっても、私の好きな人から貰ったものだ。それに、これは特別な石でもあった。
「こんなにあるです、折角ですから違うものも使ってみませんか?」
シモンの提案は当然のものだ。普通ならば贈られたものを身に着けていくだろう。
私は鏡台の棚の上に置いておいたブレスレットを大切に握った。
「これはね、私にとって宝物なの。それに、嵌め込まれているのは宝石じゃなくて魔石なのよ」
「えっ! そんな大きいのが!?」
魔石はとても貴重なものだ。今私が手に持っている腕輪に付いている栗程の大きさの物で、貴族の屋敷が1つ買えてしまうだろう。
「これがあると、雨の量をコントロールし易いの。ただ自分を飾る為に着けているのではないのよ」
だから、いくら大粒の宝石を贈られても私には興味も必要ないのだ。まぁ、過去雨乞い師の中にも、仕事以外はおしゃれを楽しみ、様々な装飾を付ける者も居たようだが。
(贈り物を身につけないなんて機嫌を損ねるかしら)
「へぇ。じゃあいつも沢山飾りを付けてるのはその為なんですね」
「派手な細工にしてあるのは、国の権威を示す為でもあるけれどね」
「雨乞い師様によくお似合いです。ヘリオス国の者はセンスがとても良いですね」
これを贈ってきたのはジョシュア殿下だ。彼がデザインした訳でも、選んだ訳でも無いと思うのだが、それでも贈り主が褒められたようでなんだか嬉しい。
「なんでそこで照れてるんですか……?」
そこでシモンはハッ顔をし、目を逸らした。
この人は察しの良い人だ。贈り主など、容易に見当がついたのだろう。それならば、私のジョシュア殿下を思う気持ちに気づかれてしまったかもしれない。
「さぁ、陛下とのティータイムに遅れてしまうわ。急ぎましょう」
私はそそくさと庭に向かった。
「お待たせしました、陛下」
私が到着すると、すでに王はお茶を飲んでいた。
王は席に着いた私をじっと見る。
「贈って頂いたドレスはどれも素敵でした。ありがとうございます」
「気に入ったのはドレスだけか?」
アクセサリーを着けていないことを言われているのだろう。
「これは、私の雨乞い師として必要不可欠な物です。いくら陛下の命と言えども、これを外すわけには参りません」
(わかって貰えるかしら。今度こそ激昂してしまわれるかしら?)
しかし、王はふっと笑って「そうか」と言っただけだった。
(え?いいの?)
それなりに覚悟していただけに拍子抜けだった。怒られないに越したことは無いけれど。胸を撫で下ろし、この時間唯一の楽しみのケーキを頂く。
「シモン、あのタルトを取ってくれる?」
「かしこまりました」
私はシモンにイチジクのタルトを取ってもらう。
「ありがとう」
私が笑いかけるとシモンは、いいえ〜
と応えてくれる。しかし、私達のやり取りを見て王は目を鋭くさせた。
「シモン、お前は護衛だろう?何故侍女の真似事をしている」
(確かにっ!)
世話を焼いてくれるから、無意識に甘えてしまっていた。寧ろ、リジェ大国ではこれが当たり前なのだと思っていた。
シモンは先日のことがあってか、体を強張らせてしまう。そして、変わらず助け舟を出してくれたのはアルノーだ。
「国に帰れば専属の侍女を付ければ良いでしょう。陛下はお忍びでこちらに来られましたから、大使館の人員も人手不足なのですよ」
王はシモンをじっと睨め付ける。
「……。次に私の気に触れば、問答無用で処分する」
私とシモンは小さく悲鳴をあげた。
(そもそも、シモンの何が気に入らないかよくわからないんだよなぁ)
私はメイドに出された茶を飲むが、今日は馴染みのない味のお茶で、つい顔をしかめてしまう。恐らくリジェ国のお茶だろうが。
(これ一体、なんの茶葉なのかしら)
……葉。そこで、大事なことを思い出す。
「あの。陛下。もし許されるのでしたら満月葉が欲しいのですが……」
これが無いと雨乞いは始まらない。本来、雨乞いは魔力の高まる満月の夜にしか行うことが出来ないのだが、この葉の持つ月の魔力で、いつでも雨乞いを行うことが出来る。
因みに満月葉は、高級な薬にも使用される。とても貴重なもので、薬草師が森に入って1日探し回ってみつかるかどうかという代物だ。当然、値段もお高い。
今までは状態の良いものが王宮に送られてきたが、私は今手元に一枚もない。街の市場に行けばそれなりのものが手に入る筈だ。
「良いだろう。手配しよう」
「ありがとうございます」
あぁ、よかった。許可が出たことに自然に顔がニヤついてしまう。
「……。嬉しいのか?」
「はい。私の生き甲斐ですから」
(思い切ってお願いしてみて良かった)
「あ、でも私が直接買いに行きます。外出許可を下さい」
王は急に目を細めた。
「却下」
「そんなっ。大使館の人では、葉の状態の良し悪しなんてわからないでしょう?高品質のものじゃなくちゃダメなんです」
「ドロシー様、ご教授頂ければ私が買ってまいります」
アルノーがそう申し出たが私は首を横に振る。
「ダメです。舞に関することで、私は妥協するつもりは有りません。自分の目でしっかり確かめたいのです」
(ダメだろうか)
この葉もサリ国の雨乞い師は使わないといってた。買ってくれるだけで、私にはありがたいことだ。断られたら素直に従おう。
王は品定めする様な視線を私に向けた後、「良いだろう」と小さく言った。
「えっ……!?」
(いいの!?)
脳内で小躍りする。許可が出たことにはアルノーも目を丸くしていた。
「但し、私も行く」
「!?」
私はポカンと口を開く。この人が一緒に……?
(ぜ、絶対無理。お茶の時間でさえ緊張するのに、外出なんて)
涙目の私とは逆に、なんだか王は機嫌が良さそうに見える。
なんで付いてくるんだろう。この人暇なのかしら。
でも満月葉を買いに行かないなんて選択肢はない。
「今日の午後仕事が終わったら出る。用意しておけ」
私は「はい」と小さく返事をした。
「それと、茶が合わぬなら新しいものを淹れさせよう。好きな茶葉はあるか?」
この人は結構私の事を見ているらしい。私が、並べられた茶葉の容器からお気に入りの銘柄を指差すと、メイドは新しいお茶を淹れてくれた。
(うん。おいしい)
何故か満足気にしている王の視線が自分に向いているのが、なんだか不思議な心地だった。