ジョシュア・ヘリオスの誤算
引き続き王子視点となります
私は月宮に着き、セシールの姿を探す。
「セシール?セシール?」
しかし、いくら探しても彼女の姿は月宮にはない。
私が探し回っていると青ざめた侍女のメアリーが私の元へやってきた。
「セシールはどこだ?」
「それが……昨夜出て行ってから姿が見えません」
今は昼過ぎだ。城は広い、散歩に出かけたセシールは迷ってしまったのかもしれない。
「なに!? 早く探さなくては。不安で涙を流してるかもしれない」
「それと……」
メアリーは言い出しにくそうに、切り出す。
「なんだ! 私は一刻も早くセシールを助けなければならない」
「実は……。月宮の宝飾の類が全て消えております」
「なんだと。では、強盗が!? 警備兵は何をしているのだ」
「……セシール様はもしかして、国へ帰ってしまったのでは」
「ふざけるな!! セシールが盗みを働いたと言うのか!」
「も、申し訳ございません」
このふざけた侍女は、新しい侍女が仕事を覚え次第即刻閑職にやろう。セシールを侮辱するなど、あってはならぬことだ。にしても、これはまずい。セシールを探すには大々的にはやれない。まだ彼女の存在は秘密なのだ。
それから月宮で働く者達と手分けして探したが、いくら探しても彼女は見つからなかった。
街まで捜索の手を伸ばしたにも関わらずセシールは翌日になっても姿を現さない。門番に聞いても不審者の出入りはなかったという。いくら月宮にいたとはいえ、誘拐犯がドロシーとセシールを間違えて誘拐したとは思えなかった。
セシールは自分で出て行ったのだろうか……。
私は捨てられたのか?
それとも、彼女は本当に誘拐されて何処かで危険な目にあっているのだろうか。
思考がまとまらない。こんな時、誰に頼れば……。
私が自室で項垂れていると、側近がやってきた。
「ジョシュア様、王がお呼びです」
「……わかった。すぐ行こう」
私は執務室にいる王へと会いに行く。
「瓜の日のパーティのことだが、ドロシーとの打ち合わせは出来ているか?」
父は晴れやかにそう言った。そこでようやく他国を招いての盛大なパーティが5日後に迫っており、自分の婚約者が誰もいないことを思い出した。
リジェ大国を筆頭に他国の王が自分の結婚を祝う場に来るのだ。パーティで結婚発表があるとは公式には銘打っていないが、暗黙の了解として誰もがそう理解しているはずだ。
よく考えれば雨乞い師はおらず、パーティで舞を踊れる者がいない。誰も雨乞い師の代役など出来ない。
このままでは、私は大恥をかく。国の威信に関わることは当然ながら、自分のプライドが大きく傷つくことがひどく恐ろしかった。
(そうだ、とりあえずサリ国の雨乞い師を……。いや、ダメだ)
セシールの場合はバンの紹介であり、たまたま我が国にいたのだ。遠く離れたサリ国で雨乞い師を探し出し、王の集う場で踊ってくれる者を数日で用意するなど、私の力では到底無理だ。
私は生唾を飲んだ。
(全てを……。話すしかない)
「陛下。お話したいことが御座います……」
私は恥を忍び、今までのことを父上に話した。
全てを知った父上は絶句し、青ざめる。今にも倒れてしまいそうな顔色に私は心配になった。
「陛下。大丈夫ですか!?」
「はは。大丈夫かと、お前が問うのか……」
温厚な父上のこんな怒りに満ちた声を聞いたことはなかった。
「申し訳ありません。これも私の責任。サリ国から来た雨乞い師がどの様な者でも、私は結婚いたしましょう。どうか雨乞い師のご用意をお願いします」
「お前は、そのお目出度い頭をなんとかするのが先だろうよ」
「えっ……?」
「雨乞い師はこの世に一人だ。いいか、お前はサリ国の人間に良いように騙されたのだ」
その事実が飲み込めず、私はポカンとする。
「し、しかし!セシールは雨を降らせてみせました。私が決めた日になんなくこなしてみせたのです」
「その日は本当にお前が決めた日なのか? 目の前で舞を見て雨が降るのを確認したか? 日を決める際、バンという側近に何か横から言われなかったか」
どきりとした。確かに、日取りを決める際、その日はセシールが忙しいとかなんとか、バンに色々言われて、本当に決めた日時とは違う日に変更した気がする。彼女が舞っている姿は見たこともなかった。見る必要があるということさえ思い至らなかった。雨乞いなしで、国に雨が降ることは滅多になかったからだ。
「空や動物の動きを見て天候を読める者はいる。読めるのと操るのでは雲泥の差がある。それくらいなら、お前でも分かるだろう」
私は震える。雨乞い師が居なければこの国はどうなるんだ。
「即刻、ドロシーを探し出せ! 何よりも最優先だ! 国の危機だ」
「はい」
命令を受けた王の側近たちが素早く動き、執務室には私たち親子2人きりになる。
「ジョシュア、お前から王太子の座を剥奪する。死ぬ気で探せ。国が枯れる前に、ドロシーを見つけるのだ」
「な、何を…….! 私の他に誰がその王太子になれるというのです!」
直系の王族は私だけだ。
「国の未来……、存続にすら関わる重大な過ちをお前は犯したのだぞ! それをどうして看過できる」
その迫力に私はたじろぐ。温厚な人間ほど、怒ると怖いというのは本当のようだ。父がこんな形相を私に向けるとは。
「直系ではなくなるが、ユリウス公爵家からになるだろう。はぁ。お前が些か愚かでも、ドロシーのサポートがあればなんとか国王としてやっていけると思っていた。まさか、そこまで愚かだとは」
(王太子でなくなる!? ふざけるな。それもこれもドロシーのせいだ。どこまで俺から大事なものを奪えば気がすむんだ)
「それ以前に国として機能していけるのか、どうか……」
父の怒りが弱まってきた。今こそアピールをしなければ。
「私は今まで国王となる為、勉学に励んで参りました。どうか、今一度お考え直し下さい」
私がそう言うと、父上は怒りの感情を爆発させた。
「既に、お前は取り返しのつかぬ過ちを犯している。お前にできる事は国家反逆罪で塔に幽閉となる前にドロシーを探し出す事だ。わかったな」
「ゆ、幽閉……」
「正式な処罰は、全てが終わってから下そう」
罪を犯した王族は、城の北にある塔へと死ぬまで幽閉される。まだ幼い頃にイタズラをした際、北の塔に入れるぞと父上から脅されて育ったものだが、今回は本気で言っているのがわかる。
不本意だが、ドロシーを城に戻すしか無い。仕方がない。再び婚約書を書かせよう。ドロシーは泣いて喜ぶはずだ。そうすれば、すべて元どおりになる。
(次期王の座を誰かに渡したりするものか)
ドロシーを誰よりも早く探しだそう。どのような処罰が下ろうとも、ドロシーを私の味方につけ、婚約者に戻ればまた王太子に返り咲けるはずなのだから。