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ジョシュア・ヘリオスの回想

本日2回更新させて頂きます

 月宮へと向かう私ことジョシュア・ヘリオスの足取りはいつになく軽い。そもそも、月宮に行くのは何年振りだろうか。おそらく、5年は訪れていないだろう。あそこは王太子妃(わたしの妃)の住む宮であったが、理由をつけては行かないようにしていた。


 それは長年月宮の主人がドロシー・レイナーだった事に他ならない。


 私はあいつが死ぬほど嫌いだった。何故あの女しか雨乞い師がいないのかと随分長い間嘆いたものだ。





 ドロシーは良く出来た人間だった。成績も優秀で、カンも良く、何事もすぐに出来るようになってしまった。また、雨乞い師の能力も歴代の雨乞い師と比べて高いらしく、それはそれは大事に育てられた。そんな女と常に比べられて過ごした私がどれほど惨めだったか。


 街の行事を執り行う際も、喝采を浴びるのはいつもあの女だ。

 王である父でさえも、娘ができなかったせいか大層ドロシーをかわいがった。


 王太子は私なのに。


 あの女が、城や街の人間の人気を独り占めしている。私の権利を横取りされているようで、悔しかった。



 子供の頃、それを母上にぶつけた時、雨乞い師は代わりがいないのだから上手くやりなさい、と言われた。王子だって、私一人なのに。


(王族の私が、雨乞い師のドロシーに気を使うなんて可笑しな話があるか)


 ドロシーは平民だ。平民を王族に迎えるというのも、私は気に入らなかった。


 ドロシーの母が死んだ際、ドロシーを他国に渡らせぬように叙爵させよう、という動きも出たらしいが結局は王宮が保護をする、という話で纏まったらしい。今思えば、雨乞い師という国に欠かせない存在の台頭を恐れた貴族や王族がドロシーに地位を与えなかったのだとわかる。


 それでも平民は平民だ。


 私はあの女が嫌いで嫌いでたまらない。唯一復讐できるのはあいつの思いに応えないこと。ただ、それだけだった。


(絶対にあいつを幸せになんてするものか)


 しかし、私とドロシーの婚約は瓜の日に結婚という形に変わる。セシールに会うまで、私は毎日が憂鬱で、こんな状況を打開出来る術はないかと調べまわったが、調べれば調べるほど雨乞い師は我が国とって欠かせない存在であることが明確になるだけだった。


 そんな愚痴話を側近達によくこぼす様になった時だ、セシールとの出会いがあったのは。

 始まりは、いつも通り愚痴を言っている際、新しく入った側近の一人のバンが、サリ国には雨乞い師が沢山いるのだと話をしたからだった。しかも、雨乞い師の知り合いもいるという。


 藁にもすがる思いの私はその話を、ばかな、と斬って捨てることはできなかった。

 試しに雨を降らせてみろとバンを通じて雨乞い師に指示を出した。中には、この話に反対する側近もいたが、私に意見する者は全員暇を与えた。雨乞い師の回し者であるかのような意見に、とても我慢ならなかったのだ。


 半信半疑だったが他国の雨乞い師は、指定した日時にしっかり雨を降らした。サリ国の雨乞い師はその能力を証明してくれたのだ。その上、ドロシーと違い舞に満月葉も要らないという。何より、貴族の令嬢というのが素晴らしい。


 今まで自分の上に立ち、私を苦しめてきた女を軽々と超える存在が私の前に現れたのだ。こんな愉快な事はない。あの女が悔しがる様子を思い浮かべては口元が緩んでしまう。


 これで、ドロシーを追い出せる。


 私はこっそり街に下り、サリ国の雨乞い師と話してみることにした。待ち合わせをしたダイニングに行く。


 店の者に案内された個室には、目を見張るような美女がいた。少し私より年上だという彼女は、妖艶な雰囲気を纏う女だった。ドロシーは、線の細い美しい女で、人形師が作り出した最高傑作といった容姿だったが、浮世離れしすぎて私と並ぶと自分が霞んでしまう気がした。


 ところが、この女は美女ながらも、人間らしさを感じる。私のコンプレックスが刺激されることはなかった。


「初めまして、殿下。セシール・ラビアンと申します」

「あ……ああ。よろしく。私はジョシュア・ヘリオスだ」

「ふふ。わたくしごときにそんなに緊張なさらなくてもよろしいのですよ」


 セシールは仕草の一つ一つに色気があり、私をときめかせた。

 なんと素晴らしい女性だろう。少し会っただけで私はもう彼女の虜だった。ヘリオス国の雨乞い師にならないかと提案した時の涙を浮かべて喜ぶ彼女のことが忘れられない。


 私はセシールとの密会を続け愛を育んでいく。


「あぁ。幸せだ」


 彼女に優しく抱かれ、心からそう思った。包容力のあるセシールは私の弱い部分も全部包み込んでくれる。


 早く彼女を私の妃としたい。それは彼女も望んでいる。しかし、父上に直訴した所で断られるのが関の山だ。ドロシーのような実績や、貴族達への心証は私では如何ともしがたい問題だった。


 結婚を発表する瓜の日までもう日がない。私は自分の人生を賭けた一大博打をする。


 そう、秘密裏にドロシーとの婚約書を破り捨て、追い出してしまえばいいのだ。


 私は躊躇することなく実行した。

 今まで私をコケにしていたドロシーを地へと引き摺り落とすのは本当に気持ちが良かった。惨めなあの女の末路を想像するだけで、今迄の鬱憤が晴れた気がした。

 予想通りドロシーは「死刑」「裁判」と強い言葉に怯え、問題なく追放することができた。元々、ドロシーを追い出すことさえ父上の許可を取っていないのだ。そんなことは到底出来るはずもなかったが、世間知らずのあいつはコロリと騙されてくれた。青ざめた顔は実に滑稽で見ものだった。


 月宮にいた侍女と兵は理由をつけて他の場所へとばし、口が堅く信頼できる侍女と兵を数人、月宮に新しく付けた。新任だけでは、仕事がまわらないので、月宮の建物に詳しく私の側についた元ドロシーの侍女メアリーを侍女長として据えた。そしてそこにセシールを住まわせた。


 瓜の日のパーティで彼女をお披露目するのだ。父上や母上は驚くだろうが、彼女の能力を見れば、納得するだろう。


王宮回ですが、思ったより長くなったので2回に分けます。次は8時ごろ更新予定です。次回はセシールが消えて慌てる王子の話です。

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