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友達

「特にお前に望むものはない」


 王は私にそう言った。

 私は常に雨乞い師として人に求められた。何も見返りを求められないのは初めてだ。


「私の何をそんなに買ってくれたのかしら」


 それでもリジェで雨乞い師として雇用してくれるということだろうから、就職先としてはこれ以上ないほどいいと思う。


 お茶会が終わり、自室でごろんと寝転がった。


 私は足をぶらぶら動かす。昨晩は碌に眠れなかった。睡眠時間は圧倒的に足りないはずなのに何故か目が冴えてしまっていた。


 王はお茶会で、私にミズベリーの紅茶をメイドに用意させていた。安眠効果のあるお茶である。隈は隠せても、眼球の赤みは化粧ではどうにもならなかった。



(一応、私にもお茶の好みはあるのだけれど。いや、ミズベリーティーも好きだけどね)


 多少強引な所はあるが、悪い人ではないのかも知れない。実際、ジョシュア殿下に比べたらとても親切な対応だと思う。殿下だったら紅茶の種類を選ばせてくれるどころか、私の顔を見た瞬間庭を去っていくのだろうから。

 それでも、まだ彼に会いたいという気持ちが残っているのは不思議なものだ。


(あんな風に追い出されたのにな)


 やはり、あれは浮気だったのだろうか。2人の並んだ姿を思い出し、ズンと心臓に重石が乗せられた気分になる。


(だめだめ。こんなマイナス思考じゃ。しっかりしなきゃ)


 きっと、部屋に一人閉じこもっているからこんなことばかり考えてしまうのだろう。


(部屋を出たら怒られるかな?)


 そおっと廊下へ繋がるドアを開けると、前に騎士が立っていた。目が合い驚いた顔をされる。昨日までは確かに兵が立っていた筈だが、いつのまにか陛下の直属の騎士が立つようになっていた。逃げようとしたからだろうか。


 扉の前に立つ男は、騎士といっても、優しげで親しみやすさを感じる、とても雰囲気の良い男性だった。


「あの。散歩がしたいのだけれど」

「え、あ、はい!お供します」


(あ。出てもいいんだ)


「一人でも大丈夫ですよ」

「いいえ、そんな訳には参りません。雨乞い師様に何かあれば陛下が悲しまれます」


(悲しみはしないと思うけど)


 やはり見張りであることには間違いないようだ。


「自分はシモン・キャンベル。陛下の近衛騎士です」


 シモンは20代前半と見られる茶髪の男性だ。愛嬌のある笑顔を浮かべ、人の良さが伝わってくる。


「私はドロシー・レイナー。雨乞い師よ」

「雨乞い師様にも名前が有るのですね!」

「当たり前です」


 名前を呼んでくれたのは王族とメアリーだけだったけれど。


「あ。じゃあ僕、折角なのでドロシー様とお呼びしてよろしいでしょうか」


「是非。友達が出来たみたいで嬉しいわ」

「僕なんかがその様に思っていただけるなんて光栄です」


 シモンは陽だまりの様に暖かく笑う。


「それにしても、ドロシー様とこんな風に話が出来るなんて、夢みたいです。ヘリオス国の秘宝とまで呼ばれているお方ですから」

「何それ。初めて聞いたわ」

 

 まぁ、その名が廃れるのも時間の問題だろうが。


 私はシモンに大使館の中を案内してもらった。この館はリジェ大国の建築様式で造られており、一々装飾が派手だ。インテリアも勿論リジェ大国風で豪奢なものが多い。私は他国に足を踏み入れた事がない為、どれも珍しく思え、シモンを質問責めにしてしまった。


「布ひとつ取っても全然違うのよね」


 廊下を歩く私はカーテンを手に取る。


「リジェ大国はヘリオス国ほど暑くは有りませんからね。生地も重厚でたっぷり使って有る方が好まれます」


 お陰で昨日脱出ロープを作った時は、重く厚い布に苦戦した。


「だから、用意して有るドレスも装飾が多いものばかりだったのね。私はシンプルで軽いものの方が好きなのだけれど」


 ヘリオス国は暑い。こちらでは薄手で軽やかなものの方が好まれる。


「陛下にお願いしてみたらどうです?プライベート用なら、用意してくれると思いますよ」

「陛下に!?そんな恐れ多いこと出来ないわ」


 シモンは首を傾けて不思議そうに私を見る。


「あんなに寵愛されているのにですか?」

「ちょ、寵愛!?」


 城では私が一方的に王子殿下をお慕いしていた。誰かに恋愛的な意味で好かれた経験などない。


「昨夜のこともそうでしたが、陛下があんなに人間に優しくしているのは見たことがありません。よっぽどドロシー様の事を思っておられるのですよ」



「……ほう? 何の話をしている、シモン」


 階下から地を這う様な声が聞こえ、私達の体がびくんと跳ねた。


「へ……陛下」


 階下にいたのだろう。階段から王とアルノーが上がってくる。どうやら会話が聞こえていたようだ。


「なにやら聞き捨てならない言葉が聞こえたのだが」

「は。口が過ぎました。申し訳御座いません」


 シモンには目もくれず王はそのまま、私の元へ来る。


(寵愛されてるなんて、絶対うそだ。すごく顔怖いじゃない)


「何故、シモンに名を呼ばせた」

「はい?」


(名?名前?)


「私はお前の名すら聞いていないのだが?」

「『雨乞い師』とお呼び頂ければ大丈夫ですよ?」


 私が首を傾げながら言うと、王の眉間のシワは深くなった。アルノーは額に手を当てやれやれというように首を振っているし、シモンは両腕で大きくバツマークを作っていた。


(え?不正解?)


「ドロシー・レイナーです」


 お辞儀をしながら述べると、王は僅かに口元を緩めた…….気がした。微妙な変化なので、はっきりわからなかったけれど。


「覚えておく」

「はぁ……」


「シモン、お前は雨乞い師の護衛の任を解く。別の者を用意しろ」

「えっ!?ちょっと待ってください」


 私は王に待ったをかける。


「なんだ」


 鋭い視線が私を射抜く。


「あの、折角仲良くなれたので私はシモンを側に置いて欲しいのですが」

「ドロシー様!!」


 嬉しそうな視線を私に送るシモンはまるで忠犬のようだ。いや、仕えているのはこのリジェ王なのだけれど。


 しかし、王はより表情が冷たくなった。


「シモン、お前を近衛から外す」


 これには私も目を丸くする。人選の権利は王にあるとは言え、これはあんまりではないだろうか。王の近衛騎士といえば、花形職業であろう。こんな些細なことでクビにされては可哀想だ。


 城を追放された自分とシモンが重なる。

 私はシモンを庇う様に前へ出た。


「お待ち下さい。では私もここを出て行きます。私は理由もなく不当に処罰する様な王に仕える事など出来ません」

「ほう?」


 王は腰にぶら下がっている剣へと手を伸ばす。


「あいつがそんなに気に入ったか?」

「え……?」


 私が庇う度にシモンへの待遇が悪くなるのは何故だろう。


 私とシモンが青ざめている中、アルノーが動いた。彼は、王が抜刀しないよう(つか)に手を添えた。


「お戯れを、陛下。シモンは人とコミュニケーションを取るのが得意なのです。雨乞い師様もお一人で心細かったのでしょう、話せる者がいるのは良いことではありませんか?」


 全然戯れている様には見えない。現にアルノーにも射る様な視線を向けている。


「シモン、こちらに来なさい」

「はい」


 緊張した面持ちでシモンはアルノー()いては王の元へ行く。



 何やら小声で話をした後、アルノーはにっこりと王に向かって「役に立つでしょう?」と言ってのけた。


「雨乞い師に余計な真似をすれば命は無いと思え」


 王はそう言って去っていった。アルノーはすれ違いざまに、私にウインクを飛ばした。


 表情が抜け落ちたシモンが私の元に戻ってきたので、何を話したの?と聞くと「命が惜しいので余計なことは言いません」と秘密を貫かれてしまった。


 取り敢えず、シモンが引き続き私の護衛をしてくれる様なので安心した。


(やっぱり寵愛されてるなんてシモンの勘違いだわ)


 好きな人に向ける顔があんな氷の様な表情な訳がない。

 あの王が人並みに恋することなんてあるのかしら。そう考えてみても、全く想像できなかった。


 そして、翌日。


 私の部屋には大量のドレスが届いた。どれもヘリオス国の流行りの薄手のドレスであり、また最高級の素材で作られたものだった。


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