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アレクシスとドロシー

 私はアレクシス・ルイス・リジェ。

 2年前、父上が病で崩御したため昨年私はリジェ大国の王となった。父上がお隠れになったのは、幾分急なことで、王太子の地位を以てしても大国の王となるまでには苦労した。他の王子が異議を唱え反乱を起こし争いになった為である。私の即位にはかなりの血が流れた。その出来事と、この冷たい顔立ちから残虐な王、と呼ばれていることは知っている。



 やっと国が落ち着いたかと思えば次は王妃を選ばねばならない。内乱により、私の婚約者候補として名が挙がっていた貴族令嬢がことごとく候補から外れ、新たに選び直さなければならなくなった。新しく候補に挙がっていた女は10名を超えた。国内の有力貴族の娘から他国の姫まで様々だった。


 しかし、私はどの女とも結婚する気が起きなかった。城に来る女共はどれも同じに見える。多少顔の造りが違うくらいで皆同じ。欲まみれの女達だ。


(一番国の利となる女を選ぶしかない)


 そう思っていたある雨の日、ふと、昔父上に連れられた隣国のパーティで見た舞姫のことを思い出した。


 あれはまだ私が15の時だっただろうか。ヘリオス国に国賓として招かれた私達に対しパーティが開かれ、特別に舞が催された。舞うためだけに造られたであろう宮には僅かな明かりと厳かな舞台だけがあった。豪華な客席が設置されており、私はその内の一つに腰掛ける。天井は見上げるほど高く、またガラス張りになっていた。静寂が訪れ、他の招待客達は舞台を注視する。しかし、私はといえばこれからどんな見世物が出されるのか少し冷ややかな目で見ていた。


 舞や演奏、演劇、大道芸が王族の前で披露されることは珍しくなかった。噂で聞く雨乞いの舞もあくまで儀式的なものだろうと、そう思っていた。

 欠伸を噛み締めていると、音楽が流れステージ上に女が現れた。今まで見たどの姫よりも儚げで美しい少女だった。少女は跪いて礼をした後、ステージ上で躍る。雨乞い師が水色のベールをふわふわ揺らし、月明かりを浴びる姿はとても幻想的だった。


 舞が終わるとポツポツとガラスの天井を雨が叩き始めた。次第に雨の勢いは増し、豪雨へと変わる。



 雨乞い師の能力は本物だった。あの女の一族だけが持つ能力だという。

 私は女に目が釘付けになった。


「父上、私はあの者と話がしてみたいです」


 父上に頼めば叶わない願いはなどない。

 しかし、父上は苦笑をして首を横に振った。


「彼女はヘリオス国の生きる秘宝だ。我が国と違い、この国は雨乞い師無しで生活するには厳しい土地だ。彼女は普段は王宮深くに隔離され、誰にも接触させないと聞く。それに、ほら」


 父上が見つめた先を私も見る。

 そこには、嬉しそうにヘリオス国の王子の元へ駆け寄っていく少女の姿があった。

 王子は嫌そうな顔をして雨乞い師の少女を追い払っている。


「あの王子と婚約している。秘宝を他国に盗まれないよう警戒しているのだろうな」


 雨乞い師は王子に追い払われた後、侍女に連れられ王宮の奥へと連れていかれた。


 未だにあの時の光景は忘れられない。大国の王子の私さえ、話す事も出来ぬ存在。それが雨乞い師だった。

 私はあの女の瞳に映ることもなく、名前すら知られることもない。


 あの時の胸の衝動は未だに覚えている。


 しかし、国王となった今そんな思い出など、引きずってはいられない。適当に国の利となる人間と結婚し、国を治める。それが私に課せられた責務だ。


 そう思うものの、どうしても結婚へと一歩踏み出せない。そんな時、側近であるアルノーは言った。


「ヘリオス国からパーティの招待状が来ております。時期的に見て、実質王子の結婚発表の場でしょう」


 ヘリオス国の男子は18歳になれば成人となり結婚が許される。相手女性が多少幼くとも結婚出来たはずだ。あそこの王太子は、確か今年成人を迎える。


(ということは、あの雨乞い師は正式にジョシュア王子と結婚するわけか)


「わかった。出席の返事を出しておけ」

「畏まりました」

「パーティはいつだ」

「来月の瓜の日です」


 約1ヶ月後の日取りである。


「わかった。1週間前には着くようスケジュールを調整しておけ」

「早過ぎませんか?」

「休暇だ」

「……畏まりました」


 アルノーは私の幼い頃からの友人でもある。私が昔、雨乞い師の事を興奮して話していた事を覚えているだろうか。


 あの時の光景が蘇ったからか、雨乞い師のいるあの小国へもう一度ゆっくり訪れてみたい、とそんな気持ちが生まれる。

 それに、我が城に度々やってくる婚約者候補達から離れたいという思いもあった。女達から溢れ出る欲を浴びるのには、もううんざりだ。


 時は過ぎ、私は適当な名を使いヘリオス国に入国する。王として入国すれば、例え笑顔で出迎えられようとも、早過ぎる到着に無礼だとみなされるだろう。それに今はようやく執務や喧騒から離れることができたのだ。暫くぶりの自由を満喫したかった。


 なんとなしに一人街を散策すれば、あちこちに雨乞い師の姿絵が売られていた。謀らずして、成長した雨乞い師の絵姿を見ることになり、私は目を背けた。


 雨乞い師が成長した姿を見るのも、街の人間が王族の結婚の話で盛り上がっているのも、どうも不快だった。


(場所を変えよう)


 そう思い馬車に乗り込もうとした時だった。ドンっと右脇に衝撃が走る。


(しまった、油断した。何者だ!?)


 暗殺者という嫌な文字が脳をよぎり、剣に手を伸ばす。ところが、ぶつかってきた人物は反動で尻餅をついた。特に体に痛みもない。ただの通行人がぶつかってきたのだろう。


(なんだ、この間抜けは……)


 そして、私はその姿に思わず目を奪われた。


 そこには、水色のベール、プラチナ色の髪、白の薄手の舞服。


 決して私の人生とは交わるはずのない女がいた。


「助けて下さい。追われてるんです」


 彼女にそう乞われ、私は馬車の中に匿った。

 初めての会話。初めて女の視界に映る自分。どうしていいか分からないほど動揺が私を襲った。


 話を聞けば、新しい雨乞い師が現れ、婚約まで破棄され城を追い出されたという。

 とても信じられない話だった。他の雨乞い師がいる可能性は無いと言っていいだろう。そんな能力を持った者が、あちこちにいるはずがない。ヘリオス国の王子が騙されているのだろう。


 しかし、私にそれを教えてやる義理はない。こんな千載一遇のチャンスはきっともう訪れることは無いだろうから。


 私は雨乞い師を大使館へと連れて帰る。雨乞い師が戸惑っているのが目に見えてわかった。


 出迎えたアルノーは目を白黒させていた。女の格好を見れば、何者か一目瞭然だ。

 こそっと私に事情の説明を求めた。


「一体どうしたのです!? まさか、侵略戦争でも起こすのですか?」


 アルノーの杞憂は当然のものだった。それほど、雨乞い師という存在はヘリオス国にとって大きい。


「城を追放されたらしい。それを私が保護したまで」

「追放?まさか」


 信じられないというように、目を見開いたアルノーに雨乞い師から聞いた話を聞かせると、呆れたように溜息を吐いた。


「ヘリオス王はきっと、ご存じないのでしょうねぇ。王子が独断で暴走したとしか思えません」

「とんだ阿呆のお陰で、これ以上ない程の拾い物をした。このまま連れて帰る」

「本気ですか??」

「政治的にも、あの女をとった方が美味しいだろう?」


 私がふっと笑うと、アルノーはモノクルを押さえた。


「わかりました。貴方の意思に従いましょう」

「物分かりのいい幼馴染で助かるよ」


 しかし、無理にここに連れてきたためか雨乞い師は異常に怯えていた。女の警戒を解こうにも、私が視線を合わせると顔を背けられる始末である。


 それが、なんとも不愉快だった。折角雨乞い師を手に入れたはずなのに、全く私の心は満たされない。


(私はこの女が欲しかった訳ではないのか?)


 昔の記憶を美化し、ただなんとなく結婚したくない現実から逃げていただけなのだろうか。


 その夜、いやもうすぐ明け方と言っていい時間に侵入者用の警報が館中に鳴り響いた。リジェ国の大使館に手を出す愚か者は、商人の国であるヘリオス国ではいない。重要な建物には必ず結界が張り巡らせてある。そんな常識さえ知らない人間といえば、思い当たる人物はただ一人だ。


 私は警報の鳴った場所へと向かう。そこには、やはり予想した通り雨乞い師の姿があった。


 怯えた目をした女を私は見下ろす。逃げるなら逃げるで構わない。会話をしてみたいという過去の私の望みは叶った。このままこの女が側にいても、私は満たされることは無いと分かったのだから。


 無関心に返事をしていると突然女はほろほろと涙を流し始めた。この時の私の動揺は如何程だっただろうか。興味はもう既に失せたはずだった。

 女の涙など今更見慣れたものだ。先の内乱では涙し懇願する女の首さえ刎ねたこともある。


(何故、雨乞い師の涙一つで、心がざわつくのだ)


「私は殺されずに済むのでしょうか……」


 そう言った女に私は面食らう。

 雨乞い師はそんな事を考えていたのか。


 殺すつもりはない事を伝えると、雨乞い師は、私が怖かったのだと本音を吐いた。

 ぞくり、とする。女の本音が聞けたことに堪らなく心が満たされた。


(やはり、私にとってこいつは他の女とどこか違う)


 

 その日の昼。私は雨乞い師をお茶に誘った。

 大使館の中にあるガーデンに現れた雨乞い師は、水色のドレスに身を包んでいた。昨日もそうだったが、ドレス姿というのは見たことが無かったので、つい見入ってしまう。


「この度はお茶にお誘い頂きましてありがとうございます」


 雨乞い師はそうして頭を下げる。


「構わない。座れ」


 雨乞い師は少しためらった後、空いていた椅子に座る。


「あれからよく眠れたか?」

「はい。ここの方にもとても良くしてもらっています」


 当然だ、館の者には最大級のもてなしを用意しろと伝えてある。しかし、寝不足なのは確かなのだろう。目が赤くなっている。一応、昼過ぎと時間にゆとりをもって呼んだつもりだが、早く部屋に帰した方が良いかもしれない。


「あの、陛下」

「なんだ?」

「何故私をリジェ大国に誘って頂けたのでしょう。私より相応しい雨乞い師は他にもいるように思います」

「私がお前を欲しいと思ったからだ」


 そう言うと、雨乞い師は俯いてしまった。


「私には舞を舞うことしかできません。共に来いと言うのは、雨乞い師として城でお務めさせて頂けるということで良いのでしょうか」

「私の側にいればそれで良い。城で雨乞い師として働きたいのであればそうすればいい、好きにしろ。特にお前に望むものはない」


 普通は眉を顰める言葉だろう。こういった人間は自分の価値を知り、プライドを持って生きている。


 ところが、雨乞い師を見れば何故か嬉しそうに、はにかんでいる。


 何がそんなに嬉しかったのかはわからない。しかし、自分の言葉に良い反応を返してくれることがとても気分がよかった。

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