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招かれざる客①

本日8時頃もう1話更新します

 ドロシーが旅立って数日。私は今日も仕事に追われ、執務室にて書類と向き合っていた。


 ふと、窓を見れば城の門が開き豪奢な馬車が一台城に入ってきたのが見えた。しかし、その馬車に婚約者が乗っているはずもなく、つい溜息が漏れた。


「陛下、少し休憩に致しますか?」

「いや、いい」


 幼馴染の側近である、アルノーがいつになく気にかけてくる。結婚式の延期、婚約者の聖地行き。どうも神というやつは彼女との結婚をすんなりとさせてくれる気はないらしい。溜息も出ると言うものだ。


「あれは。トランジーヌ国の紋章ですね。装飾からして、姫君が乗っておられるのでは?」

「まさか」


 トランジーヌの姫君といえば彼女しかいない。ドロシーと婚約する際、自分が婚約者だと勘違いし散々私の手を煩わせた女だ。あの様な恥をかいたばかりでどうしてまた我が国に来れようか。


「でも、間違いありませんよ。ほら、馬車から出てきました」


 窓から小さく見える豊かな白銀の髪をした女の姿を見て今日一番のため息が出た。


「どう致します?」

「来てしまったものは出迎えるしかなかろう」





「えっ? 延期ですの!?」


 トランジーヌ国の姫、アンネリースは目を見開いて驚きを露わにした。しかも、式の日付を大幅に間違えてやってきた様だ。もし通常通り式を行っていたならば、我が国との距離を考えれば出直せとも言えず、城に暫くの滞在をさせる必要があったはずだ。また我が城に居座る気だったのか。


(白々しい。今度の目的は一体なんだ)


 私の顔を見たアンネリースはびくりと肩を震わせた。思考がつい顔に出ていたのかもしれない。


「ち、違うのです。わたくし本当に知らなくって」


 机の前に置かれた招待状。中を見れば間違った日付が記載されていた。


 招待状関連はドロシーが主体となって行っていた。彼女がこんなミスを? いや、ミスをする事は誰でもあり得る事だ。奇妙なのはトランジーヌの王ではなく、アンネリースが参列にきた点だ。


 私がじっとアンネリースを見ると、彼女はアワアワしながら、身振り手振りを添えて説明する。


「この度わたくしが参列させて頂くのはトランジーヌ王も皇太子も別件の予定があったからですわ。ここに王からの手紙もあります」


 アンネリースの従者が封筒を私に差し出した。


 中を確認すれば、そこには参列出来なかった詫びと代理で姫君が行くという旨が書かれていた。



(怪しすぎる……)



 我が国でも、トランジーヌの姫との婚姻を望む大臣は未だ多い。隣国であり、豊かな国であるトランジーヌと結びつきを作りたいのだろう。彼の国と示し合わせて、式の前にもう一度姫をこちらに送り込んだに違いない。居た堪れない様子のアンネリースを見る限り、彼女がそれを知っているかはわからないが。


 この様な時にドロシーがいないというのも非常に面倒くさい。


「式なら延期となった。再度招待状を送るので」

 出直せ。と言う前に、アンネリースはうっ、と口に手を当て俯いた。


 泣き真似だろうか。アンネリースの顔を改めてみれば、彼女の顔色は悪く具合が悪いことは一目瞭然だった。


 彼女の従者が慌てて駆け寄り、背中をさすった。

「延期……。残念ですわ。それでは一度国に帰った方がよさそうですわね」


「姫様。その体調ではあまりにも無謀です。アレクシス王。実は姫様は車酔いを起こしやすい体質でして……。どうか少しの間、お体を休める時間を頂けないでしょうか」

「ベティー!」


 アンネリースは前に出た従者を諌める。


「しかし、姫様。直ぐに引き返すなど、余りに体に負担が掛かりすぎます。ここに来るまでも碌に食事もとれなかったでしょう?」

「アレクシス様にこれ以上のご迷惑をお掛けするなんてとんでもありません。陛下、わたくしは城下の宿に泊まりますわ。お気になさらないで下さいませ」


 何時もならば、この女の事など気にも留めないことだろう。それに、私が放っておいても優秀な外交官が彼女に手厚く世話を焼く筈だ。城下町には王族の滞在を想定した高級宿もある。


 しかし私の脳裏にはドロシーが浮かぶ。後でこの事を知ったドロシーは、具合の悪い人間を追い出すとは冷た過ぎるのではないかと抗議するに違いない。


「体調が落ち着くまで明月の宮を好きに使って良い」


 姫を含めトランジーヌの従者達は目を丸くして私を見る。その視線が不愉快でやはり人に親切にするものではないと悟る。


「アルノー。後は頼んだ」

「お任せください」


 幼馴染は一礼をし、アンネリースの従者に話しかける。吐き気を催しているのなら直ぐにでも下がりたいだろう。ここまで随分我慢していたともいえる。


「アレクシス様のご厚意に感謝を。このご恩は絶対にお返ししますわ」


 アンネリースは今にも倒れそうな顔色をしていたが、最後まで自分の足で立ち退室していった。

 流石歴史ある国の姫だ。王の前での立ち振る舞いを心得ている。


 後は具合が良くなれば勝手に出て行くだろう。


 しかし、彼女は全くもって私の予想通りには動かなかった。残りの仕事を夜中までやり、翌朝にまだ重たい眼をこすりながら執務室の扉を開ける。中にいた人物の豪奢なドレスのシルエットに、私の眠気は吹き飛んだ。仕事をする内にすっかり忘れていたトランジーヌの姫がそこにはいたのだ。


「おはようございます、陛下。昨日は本当にありがとうございました。どうか、わたくしに恩返しをさせて下さいませ」


 アンネリースは満面の笑みで私を見上げる。


 やはり放っておけば良かった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] アンネリースの行動がいろいろ謎すぎる…。 いきなり執務室の中にいたら、それはビックリですですよね…! 訪問が早すぎたのは裏がありそうですが、彼女自身は味方になってくれるのかどうなのか…。 …
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