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出会い

 紙吹雪が舞う中、私はその光景が現実のものとはとても思えず呆然とし、ぺたんと床に腰を下ろした。しかし、目の前に落ちる書類の破片が、これが冗談ではないことを物語っていた。


 殿下に寄り添う赤髪の美女は愉快そうに、形のよい真っ赤な唇を持ち上げて私を見おろしている。


「お、お待ちください殿下、納得いきません。私以外に誰がこの国に雨をもたらせましょうか」

「これからはセシールがやってくれる。彼女は君の様に雨乞いの舞で、満月葉という高額な物を要求したりしないぞ。本物の雨乞い師だ」


 セシールと呼ばれた女性は胸元や脚を強調した妖艶なドレスを着ており、頭には雨乞い師の証であるベールを被っていた。



「貴女のお仕事をとってしまって御免なさいね。でも私の方法は秘術だから貴女には教えられないの」


 セシールは困った様にくすくすと笑い、殿下は彼女の頭を撫でる。


「セシール。君が気に病むことはない。どうか優秀な君が我が国に雨をもたらして欲しい」

「まぁ、殿下!」


「あ、ありえません、殿下。雨乞いの能力は我が家の者に代々伝わる能力で」


 王子は面倒臭そうに顔をしかめた。


「セシールはここから3つ国を超えたサリ国からきたのだ。そこでは、雨乞い師など沢山いるというではないか」


(そんな話は聞いたことがない。でもそもそもサリ国なんて遠くの国の事情なんて私も知らない。私の知識不足だったと言うの?)


「殿下はその者の力を見たというのですか?」

「ああ、雨は確かに降った」


 私は下唇を噛む。


「そなたはもう不要だ。即刻この城から立ち去るがよい」

「そんな。私は幼い頃よりずっとここで雨乞い師として過ごして参りました。今更外に放り出されても、生きる術を持ちません」

「はっ。そんなこと私が知るか。お前は城にいる理由は無くなった。拒否するならば裁判を起そう。今までお前に使ってきた国費を返してもらう」

「……そんなお金」


(持ってるわけない。私は衣食住を保障されていたが、個人的なお金は一切貰っていない)



「ただの平凡な雨乞い師が城で悠々と暮らし、国庫を使ってきた罪は重い。通常なら死刑とするところだが、今まで国に雨をもたらしたことは事実だ。それを鑑み、城からの追放で許してやる。さっさと出て行け」


 周りにいる彼の側近達から睨まれ、怯む。今まで感謝されこそすれ、こんな視線を人に浴びせられた事はなかった。


「メ、メアリー……」


 私は振り返り、唯一の話し相手とも言える彼女を見る。ところが、直ぐに視線をそらされてしまった。私の瞳から、一筋の涙が流れる。


 今まで友達の様に接してきたメアリーにまで拒絶されてしまった。なにより好きだった人から向けられる冷たい眼差しに耐えられない、私は、その場から逃げ出した。




 城を出て、堀に掛かっている橋をとぼとぼと歩く。


(結婚も間近だったのに)


 一転、私は突然何も持たない者となってしまったようだ。まさに急転直下の話である。今でも自分の境遇が信じられなかった。


(他にも雨乞い師がいたなんて)


 自分のアイデンティティさえ覆される。他国に行けば、私より優秀な人が沢山いる?


(井の中の蛙だった訳だ)


 泣いている暇はない。庶民の暮らしなど知らない自分はこの先死に物狂いで生きて行かなければならない。呆然と城下町のメインストリートをふらふらしていると、前から来た男性に肩をぶつけられた。


「いてえ」

「あ、すみません」

「すみませんじゃねえだろって、あれ?こいつ……」


 見るからに柄の悪そうな男達だ。


「舞衣装……?こいつ雨乞い師じゃねぇか」


 男達の目が獲物を見つけた様にギラリと光った。


「ひっ」


 そういえば、そのままの格好で飛び出して来てしまった。


 城の外に出る時には常に護衛がいた。そして、年に数回ある公式行事以外城から出たことがなく、外の世界がどの様なものか私には全くわからなかった。


(これ、捕まったらどうなるんだろう)


 私は追放された衝撃からそんな事も頭から抜け落ちていた。


「売れば金になるぞ、捕まえろ!」

「ひ、人違いです!!」


 私は涙目になって逃げる。幸いここは人がごった返す大通りで、隙間を縫い潜って進める小柄の私の方が有利だ。

 私はするりするりと人混みを抜けていく。しかし、後ろを振り返れば金に目が眩んだ男達が、道を歩く人々を突き飛ばし私に迫っているのが見えた。


「早く、何処かに逃げないと。……きゃ」


 呟いた瞬間、私は通行人にぶつかり、反動で尻餅をついてしまった。碌に前を見ていなかったせいだ。


 思わず見上げれば、そこに居たのは漆黒の髪の男性だった。見たことも無いような綺麗な顔をしているが、その雰囲気は冷たく全身が氷でできたような人物だった。

 丁度馬車に乗るところだったのだろう、邪魔をされてとてつもない不機嫌オーラを纏っていた。


(何この人、怖い)


 直ぐにでも腰にある剣で叩っ斬られそうだ。


「お前……」


 男は、私をまじまじと見た。

 年の頃はもう成人しているくらいだろうか、腰に剣もぶら下げてるし、かなり強そうだ。


「助けて下さい。追われてるんです」


 不機嫌そうな、ましてやこの様な怖そうな人間に普段なら頼み事などしないだろう。でも今はそんな些細なことなど気にしてはいられない。


 藁をもつかむ心境で出た私の言葉だったが、男は「乗れ」と一言言った。男は先に馬車の中に消えていき、私も慌てて後を追う。男の向かいの席に座ると御者が扉を閉め、私はホッと一息ついた。


(かなり良い馬車。外国の出で立ちだけど、身なりはどれも一級品。仕事に訪れた上級貴族かしら)


 破落戸に馬車に乗り込むところを見られたかもしれないが、貴族の馬車を正面から襲う愚か者ではないはずだ。


「それで。雨乞い師が何故ここに?普段は王宮の最奥で保護されているのだろう?」


 やはり私の身元はすぐに割れるらしい


「……。私は自由の身になりました。これからは、国の雨乞いは別の雨乞い師にお任せする事になったので」


 言い淀んだのは、人に話せる程この事実がまだ受け入れられないからだ。プライドが邪魔をする。


「別の?雨乞い師は今一人だろう?」

「サリ国には優秀な方がいると……」

「それでも、王子の婚約者だろう。護衛も付けず何をしている」

「……。婚約は……破棄されました」


 これには男も驚いた表情を見せた。そして、少し考えた後、お前は自由なんだな?と念押しした。

 私は悔しいながらも頷く。


 男がこんこんと杖で壁を叩くと馬車が動き始めた。


「え?」

「いい拾い物をした」

「何を言って……」


(まさか、この人も誘拐魔なのかしら。上級貴族だし、酷い目に合わされることはないと思うけど……)


 私は窓から流れる景色を見る。ドアを開けて飛び出す勇気はない。


 そして、到着した場所に私は背筋が凍りつく。


「ここって」


 屋敷の上には大鷲と盾が描かれた旗が設置してある。


 それは隣国の国旗である。即ちここはリジェ大国の大使館だった。


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