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貴方をお待ちしております

 パーティが終わった後、両国の王による会議が始まった。議題はもちろん雨乞いについてである。長くとも10日に1回は雨を降らせる事、その見返りとして満月葉を含む貴重品を優先してリジェと取引をすること、友好国から同盟国へとし貿易の税率の引き下げを行うことを素案として協議をしていくことになった。


 アレクシス様はこの後、国に帰り一度国内でも話し合う必要がある。いくら王とはいえ、独断で国を動かすことは出来ない。

 会議を終えたアレクシス様は私の手をとり帰るぞ、と促す。


「ドロシー。これでヘリオスに用はなくなった。リジェに行くぞ」


「はい」と返事をしようとして、私は踏みとどまった。


(本当に今リジェに行ってしまっていいの?)


 婚約する前は、あくまで雨乞い師としてリジェに迎えられるはずだった。王が雨乞い師を連れてくるのに、特に反対の声をあげる者はいないだろう。しかし、婚約者としてリジェに行くのはどうだろう。貴族達も寝耳に水だろうし、中には正式な段階を踏まぬ婚約に心象を悪くする者もいるのではないだろうか。不要に反発を招く可能性がある。そもそも、結婚ではなく、婚約の段階で一緒に城に住むのは一体どうだろうか。良家の子女の親ならば、はしたないと普通は反対するだろう。


「アレクシス様。私はリジェに今行くべきでは無いのではありませんか?」

「何を言っているかわからぬ」


 アレクシス様は眉間に皺を寄せる。


「いきなり婚約者として現れた平民の私をリジェの貴族達は笑顔で迎え入れて下さるでしょうか。私はそうは思えません」

「妻とする者は私が決める。貴族如きに私の意思に口出しはさせない」

「それでも、なるべく友好的にやった方がアレクシス様も今後動きやすいのでは無いでしょうか? 私も無駄に敵を増やすよりは妃として認めて貰いたいのです。婚約は先にしてしまいましたが、順序通りに事を進めませんか?」


 婚約・結婚する時はまず互いの両親に認めて貰う所から始まる。この場合リジェ大国の貴族達に、私との結婚を納得させなければならない。書類上だけでなく、きちんと互いの「国」が合意してようやく私はリジェ王の正式な婚約者になれると思っている。


「それには時間がかかりすぎる。根回しをするだけで、一月はかかる。その間お前はどうする」

「私はどこでもやっていけます。その、住むところさえ工面して頂きたく思いますが」

「離れていてはお前を守れない」


 守ると言いつつアレクシス様の顔は氷鬼の様に怖い。


「大丈夫です!アレクシス様の名前を出せばどんな屈強な男だって裸足で逃げ出します」

「ふざけるな。お前を一人にするなど、肉食動物の前に皿に載ってる兎を置いていく様な物だ。例え大使館に住まわせてもお前の行動は到底信用出来ぬ」

「じゃあ、シモンを貸して下さい」


 私がにこやかに言えば、王は今まで見たこと無いほど苦い顔をした。


「それならば、我が城で今までの様に過ごすといい」


 その提案に私は振り向く。案を発した人物は相変わらず朗らかに笑っていた。


「ドロシーは我が娘も同然。城に居るのが安全だろう、遠慮することはない。それに私達も、ドロシーが一人街にいてはおちおち眠ることもできないのでな」


 サウザー陛下は目の下にうっすら隈を作りながら苦笑した。今回のことで随分と心労をかけてしまった様だ。だが、この提案はとても良いと思う。城の中は国中で一番安全だ。


「ジョシュア王子はどうする」


 王はよっぽど、私とジョシュア殿下の接触が嫌らしい。同じ城の中とはいえ、今までも彼とは会おうと思っても会える様なものではなかった。すでに、終わった関係なのにそこまでの心配は無用だと思うのだが。


「まだジョシュアの罰に関しては決定していないことが多い。だが、少なくとも数ヶ月は王族の牢である北の塔で過ごすことになるだろう」


 サウザー陛下は深いため息をついた。私と同様に、いやそれ以上に陛下はジョシュア殿下を可愛がっておられた。本当の親子のつながりをどれほど羨ましく思ったことか。当人が陛下からの溺愛に気付いているかどうかは知らないけれど。最近陛下は「これではいけないな」と厳しく接していると私に愚痴を零していたが、殿下の振る舞いが子供じみていたのもこういったことが要因かもしれない。


 きっと、北の塔に入っている殿下は禊期間としてこれからしばらく厳しい教育を受け直すことになるはずだ。セシールのことがあった殿下の心境を考えるとチクリと胸が痛むのは、まだまだ私も殿下に甘い証左だと言える。だからといって殿下に恋心が残ってることはない。多分これは幼馴染とか家族とかの慣れ親しんだ者に対する情なのだと思う。彼が今後どうなるかは分からないが国の重鎮にはなるはずだ。同盟国として、どうか殿下が立派な人間になることを祈ろう。


「絶対にジョシュア王子を雨乞い師に近づけることのない様に。我が婚約者を頼む」


 アレクシス様はじっくり悩んで結局私とサウザー陛下の案を取ってくれた。離れるのは寂しいけれど、きっと直ぐに会える。


「お任せください」とサウザー陛下が言った。なんだか2人の会話がこそばゆい。養父の様な存在だったヘリオス王と、婚約者のリジェ王。2人が私のことを話すのはなんだか不思議な気分だった。


「秋になるまでには会いに来る」


 アレクシス様の言葉に頷く。


 私の薬指には青い魔石が光っている。これがあれば私はいつまででも待っていられるだろう。秋までに全てが終わるとはとても思えない。


「ドロシー。其方に婚約の祝いをやらねばならぬな」


 サウザー陛下が突然、私にそう言った。


「とても光栄です」


 急になんだろう。何か思いついた様にサウザー陛下はニヤリとした。


「其方に地位を贈ろう。未成年の其方に爵位を授けることは厳しいが、どこかの上級貴族の養女とすることは容易に出来よう。さすればリジェ王も婚約の説得がしやすかろう」


 私は思わず目を見開いた。それは何よりのお祝いだった。


「……良いのですか?」

「勿論。貴族達もリジェ王と縁が結べるなら、とこぞって養子縁組を申し入れるだろう。勿論、この私も」

「それは……」


 私は息をのむ。


「遅くなってすまない、ドロシー。どうか私と本当の家族になってはくれないだろうか。其方さえ良ければ、だが」


 ぼろぼろと涙が溢れた。私を養女にする話はずっと以前に流れたはずだった。家族が羨ましいと膝を抱え涙を流した夜を思い出す。しかし、思い出の中の陛下はずっと私を可愛がってくれていた。養女という括りがないだけで、ジョシュア殿下と同等の温かさを私に注いでくれていた。


「何を仰いますか。ずっと、その様に可愛がって下さったではありませんか。陛下以上に父と呼べる方を私は知りません」

「ドロシー……」

 

 サウザー陛下は何時も様に優しい手で私の頭を優しく撫でた。


 私は暫くその温もりを享受した後、ゆっくりサウザー陛下から離れ筆頭雨乞い師に受け継がれる腕輪を外した。


「アレクシス様、どうかこの腕輪を私だと思ってお持ち下さいませ。私はいつまでも貴方をお待ちしております」


次で最終話の予定です。

更新が不定期になり申し訳ありません。

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