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パーティの終わり

 アレクシス様はジョシュア殿下が現れ不快そうに眉を顰めた。


(わ。怒ってる?早く終わらせちゃおう)


「如何致しましたか、殿下?」


 私が愛想よく話かけると、ジョシュア殿下の顔はパッと明るくなった。公式の場で、私がジョシュア殿下に嫌な顔をすることは立場上出来ないのだが、分かっているのだろうか。


「ドロシー……! 私はお前の気持ちに気づくのが遅すぎだようだ」

「と言いますと?」

「お前が、セシールに嫉妬心を抱くのは当然だった。不安にさせて済まない。これからはお前しか愛さないことを誓おう。拗ねてないで、私の元へと帰ってきてほしい」


 思わず真顔になった。


(この人本気なのだろうか?)


 ヘリオス国の貴族からは、殿下の熱烈な愛の言葉にほぉっと感嘆する声が聞こえた。


 私と王子の結婚を望む国内の貴族の前では正直断りづらい雰囲気がある。だが、こんな所ではっきり本音を言う訳にもいかないので、私がお断りの言葉を選んでいると、アレクシス様が私の前に立った。


「私の婚約者に、それも私の目の前で求愛するとはジョシュア王子は随分愛に奔放な者らしい」

「はい?」


 王子は、アレクシス様の言っていることが直ぐに脳内で処理できなかった様だ。目を白黒させて王の顔を見る。この時ばかりは聞き耳を立て(さえず)っていた招待客さえも驚きに目を見開いていた。


「サリ国の女はもう良いのか?雨乞い師を城から追放してまで、欲した女なのだろう?」


 アレクシスが冷笑を浮かべると、ジョシュア殿下は青ざめる。先日の様に民の一部に知られ噂が流れるのと、国の要人が揃うこの場で自身の過ちが暴かれるのとでは訳が違う。


「こ、ここでそのお話をされるのは悪戯が過ぎませんか?」

「王子さえ望めば、サリ国の女にまた会う事も出来よう」

「それは……? 何かご存知なのですか?」


 ジョシュア殿下はセシールの詳細を促すかのように、王に尋ねた。

 アレクシスは羽織っていた上着の内ポケットから、一つの腕輪を取り出した。赤い魔石がはめこまれ見事な細工が施されたそれを見たジョシュア殿下は、目を大きく開いた。


「それは……、私がセシールに贈った……」


 王は満足そうに口を歪めて笑った。


「これを持っていた女はセシールという名ではない。当然、雨乞い師でもない。ただの娼婦だった」

「!?」

「真っ赤な髪をしたその女は、母国に戻ろうとしていたのだろう。ヘリオス国の紋章が入った大量の宝飾品を抱え我が国の検問に引っかかった。サリ大国に行くにはリジェを通るしかないからな」

「……そうでしたか。情報提供感謝致します」

「会いたいか?」


 殿下の目は大きく開かれる。しかし、この愚直な王子の回答は私の予想とは違う言葉を紡いだ。


「彼女は、私にはもう関係のない人です」


 ジョシュア殿下の手が震えている。セシールと縁を繋ぐことを彼は拒否した。あんなに仲睦まじそうにしていたのに。きっとこの人にとって他人とは簡単に捨てることのできる人形なのだ。自分の思い通りにならなければ、愛を囁いた人でさえ捨てられる。

 彼のつり上がった眉を見て、そんなことをぼんやり思った。


「そうか。捕らえた罪人達は情報を絞り出せ次第、順次我が国で処刑する」


 アレクシス様の言葉でジョシュア殿下の瞳が大きく揺れた。俯いて下唇を強く噛むと、何かを振り切る様に私の方に迫る。


「ドロシー」


 切なげな表情で私の腕を掴み迫る殿下から目が離せない。そう、最初に殿下を裏切ったのはセシールだ。王子である彼がセシールを擁護することは出来ないし、する道理もないはずだ。それが正しい。だから、彼は先程彼女を拒否した。


 それなのに。セシールの死刑を宣告されたジョシュア殿下は、私に彼女をなんとか助けて欲しいとそう言っている。


(なんだ、やっぱりちゃんと人を愛することの出来る人じゃない)


 ただ、よっぽど私との相性が悪かったのだ。彼をこんな風に追い詰めて変えてしまうほど。だが、どんなに私に縋られたとしても私の力ではどうにもならない。それに、私を陥れた者達を救いたいとは思わない。

 だが、助けてくれと迫る殿下を無下に一蹴することも出来なかった。上手く説得する言葉も見つからずただ思考をぐるぐるさせ固まっているとアレクシス王は彼の胸ぐらを掴み引き倒した。


「私の婚約者の名を馴れ馴れしく口にするな、恥知らずが」


 鋭い眼光でジョシュア殿下を睨みつけたアレクシス王からは強烈な殺意がほとばしっていた。首元を締められジョシュア殿下は苦しそうにもがくが、王は全く手を緩めない。


 人々が息を飲むのがわかった。そして、息を殺す音さえも抑えようとしている。間違ってもリジェ王の怒りを買わないようにと。中には距離を取りはじめる貴族もいた。


「アレクシス様」

「リジェ王」


 私の声と、サウザー陛下の声が重なった。私は陛下と目が合い、頷いた。


(この場は陛下にお任せしよう)


「我が愚息が、無礼を働きました。此奴に代わりまして私が謝罪致します」


 アレクシス様はジョシュア殿下から手を離す。殿下はむせながら床に転がった。


「あの女は末端の雇われた人間だった。他にも何人か仲間を捕まえることに成功している。城の金品を奪ったのはついでで、目的は雨乞い師だ」


(私!?)


 アレクシス様は私の心が聞こえたかの様に頷いた。


「追放された雨乞い師を捕らえることが奴らの目的だった」

「成る程。彼女をリジェ王に保護して頂き本当に助かりました。もし、雨乞い師をサリ国の者に囚われていたら、我が国はどうなっていたか……」


 王達の会話に私はぶるりと震える。まさか、最初に会った破落戸も仲間の一人だったのだろうか。私と引き換えにヘリオス国に無茶な要求をすることは容易に想像が出来る。


「どこの連中が考えたことかは、これから明らかになるだろう。まぁ、雨乞い師が我が手にある限り、そんな輩はもう湧かぬと思うがな」


 そう言って王は私を抱き寄せた。国境の要であるとはいえ、こんな小国に手を出すことは容易でも、大国の王にちょっかいを出す者はいない。


「そんなにもこの娘を?」


 アレクシス王がどの様な人物か知っているサウザー陛下は目を丸くした。


「その意思は婚約を以って示したはずだ。当然、一生をかけてドロシーを全ての悪意から守ろう」



 サウザー陛下は私達2人を見て眉尻を下げ困った様に微笑んだ後、胸に手を当て礼をした。それは娘を送り出す、ヘリオス国伝統の父親の所作だった。


「リジェ王、お祝いするのが遅れました。ご婚約おめでとうございます」


 私は目頭が熱くなるのがわかった。幼い頃からずっとずっと可愛がって貰っていた。私を道具として大国に送り出すのではなく、本当の肉親のように、祝ってくれているのだとわかった。



「構わん。もともと婚約は我が国で発表する予定だったのでな。雨乞い師は貰うが、この国はドロシーが大切にしている国だ。その思いを最大限尊重し、ヘリオス国の雨は奪わぬことをここに約束しよう」

「陛下。ありがとうございます。私の勝手でご迷惑をおかけしました」


 私の言葉に、サウザー陛下は苦笑する。


「いや。全てはジョシュアが引き起こしたこと。君には辛い思いをさせたな」

「いいえ。今まで育てて頂きありがとうございました」


 確かに自由はなかったけれど、暮らしや教養は王族相当のものが与えられた。この人には感謝こそすれ、恨むことなどない。


 私がアレクシスに笑いかけると、彼も優しく笑って私を見た。


(こんな顔、初めて見たかもしれない)


 リジェ王が手を伸ばし、ヘリオス王がその手を握り返すと割れんばかりの拍手と歓声が起こった。


(とりあえずこの場は収まった……)


「雨乞いに関する費用や、頻度。それに対する我が国の条件について会議の場を頼む」

「はい」


 陛下は手を離すと、床に座り罰の悪そうな顔をしていたジョシュア殿下を見、後ろに控えていた宰相に命令を出した。


「ジョシュアは暫く北の塔に閉じ込めておけ。こいつの罰についてはこの後検討する」

「はっ」


「北の塔!? 嫌です、父上」


 喚くジョシュア殿下を兵が問答無用で引きずり、彼は会場を後にした。部屋で謹慎していたにも関わらずこんな無茶をした挙句、未だセシールの事で何をしでかすかわからない殿下を閉じ込めて置くには、王族を拘束、幽閉する北の塔が確かに最も適している。流石に幽閉とまではいかないと思うが、彼の行く末が少し心配ではある。私はジョシュア殿下の期待に添うことはどうあっても出来ない。アレクシス様の話が本当ならセシールは国家を揺るがす大罪を犯したことになる。隣国のリジェ国がこの件をどの様に裁くかは分からないが、少なくとも彼女を解放することは叶わないだろう。


 パーティはこの騒ぎでお開きになった。私はきゅっと陛下の腕にしがみつく。


「好きです」


 そうポツリと呟けばアレクシス様はコテリと私の肩に頭を落とした。


「なぜ今言う」

「好きな人と一緒にいられるのって幸せなことなんだなぁと思って」


 そう言うと、アレクシス様は私の肩から頭を上げることなく静かになった。私はその愛おしい重みが離れるまで静かに待つ。しばらくして、いつもと変わらぬ不機嫌な表情をして起き上がった彼を見て、見つからぬ様密かに笑う。


 まだ耳が赤いですよ、アレクシス様。

 願わくば、ずっと彼の思いが変わりません様に。


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