ドロシーへの想い
前半はアレクシス視点
後半はジョシュア王子視点で進みます
サロンを出た私は自室に戻り、アルノーにワインを用意させた。
「随分ご機嫌ですね。如何しました?」
「良いものを見た」
「ドロシー様と何かあったのですね」
(何故わかるんだ、この眼鏡は)
私はグラスに注がれたワインを口に運び、先程の真っ赤な顔になった雨乞い師の様子を思い出す。先に手を出したのはあちらなのだから、あれくらい構わないだろう。
昔から、人に頭を触られるのは嫌でしょうがなかった。関係のあった女にも触らせることは絶対にしなかったし、髪の手入れやセットなどは極少数の限られた者にしかさせなかった。
しかし、雨乞い師に髪を弄られるのは不思議と嫌では無かった。寧ろ、気持ちが良くて、寝たふりさえした程だ。
会って数日の女にここまで気を許す自分にも驚いている。そもそも、人前で寝入ることなど今までなかったというのに。
雨乞い師のあの表情を独占したい。
もっと慌てて、恥じらう顔が見てみたい。
私の中でそんな欲望が渦巻く。
「ドロシー様を妃に迎えては如何です?」
アルノーの一言に私は目を剥く。
「何故そう思う?」
「何故って。お好きなのでしょう?」
「私が……?雨乞い師を?」
「他に誰がいるのですか」
私を好きだとのたまった女は山程いた。どいつもこいつも頭が沸いているとしか思えなかった。愛だの恋だの、そんな馬鹿馬鹿しいものに時間を割いている暇などない。
俺がそういう人間だということを、アルノーは百も承知だろうに。
「くだらん」
「では、ドロシー様に好きな方が出来たらどうします?」
胸の奥底から不快感が突き上げる。何とも言えない胸の痛みと不安に全身が包まれた。
「ドロシー様は雨乞い師ですからね。結婚を望まれる男性も多くいるのでしょう。陛下はリジェに連れて行ったとして、ドロシー様が他の男と結婚するのを許可されるのですか?」
するわけが無い。雨乞い師に好きな男が出来るだと? 相手を殺してしまうのは簡単だが、そうすれば私は永遠に雨乞い師に恨まれるだろう。
想像するだけで最悪の気分だった。
「雨乞い師は私のものだ」
「そのお気持ちが強いのなら、どうぞ御婚姻下さい。雨乞い師様なら私も賛成致します」
雨乞い師は相手の地位に興味が薄いように思える。自分の中に確立したものがあるからこそ、他人に地位を求めない。おそらく舞が出来るなら何処でも良いのだろう。
だからこそ、私が王だからと言って、喜んで結婚するような女では無い。果たして雨乞い師が私との結婚を喜ぶだろうか。
星の数ほどの女は寄ってきたが、雨乞い師のような女は初めてだ。
いや、初めて舞を見た時から雨乞い師は私の心の奥底にずっと居座り続けていた。あの女が私にとって特別過ぎるのだ。
「そうか、私はあの女が……」
(好きなのか)
そう思えば色んな事が腑に落ち妙に納得した。口づけを自ら交わしたという、初めての行動も、あの女を愛おしいと思ったのだ。
ドロシーへの想いを実感すると、あの女を手放すことは酷く恐ろしいように感じた。
「婚約するなら急いだ方が良いでしょう。ドロシー様の立場上、敵は多いでしょうから」
偽物の雨乞い師だと気がついたヘリオス国の者が慌てて雨乞い師を探している。見つかったら何が何でも連れ戻そうとするだろう。大使館は治外法権故、奴らの捜索の手が入ることは無いだろうが。
ここから出さなければそれだけ、ヘリオス国との接触を減らせる。それでも、雨乞い師が墓参りに行きたいという願いを、叶えてやりたいと思う。
一度我が国に行けば、次にこの小国に来るのはいつになるかもうわからないのだから。
▽
私、ジョシュア・ヘリオスは王宮の一室で項垂れる。
瓜の日までもう日がない。パーティを中止することは出来ない。父上に話した時点で、中止の詫び状を出しても他国には間に合わないからだ。このままでは私の経歴に傷がついてしまう。
私は側近や預かった兵を使い寝る間も惜しんでドロシーを探していた。
(ここまで見つからないとは)
あいつが見つかれば全て丸く収まる。一体どこに行ったのか。私に恥をかかすなど、妃として絶対にあり得ないことだ。
それに、ここ数週間。全く雨が降っていない。どうにかしてくれと街からは嘆願書が山のように届いていた。溜め池の水は減り、作物は萎れ始めている。
究極、他国と水の取引をせざるを得ないが、それは最終手段だ。そんなことをすれば水を脅しに我が国は他国にいいように扱われ、また、経済的負担が増大し国民の暮らしは目も当てられないことになるだろう。水がなければ人は生きていけないのだ。
新聞で雨乞い師の目撃情報を募ったが依然として、報告は来なかった。それどころか、雨乞い師がいなければ国が枯れると騒ぎ出し城に押し掛ける民を抑えるのに精一杯の有様だった。
(追放なんてするんじゃなかった。せめて、妾にでもしておけば)
自分の行いを悔いていると、捜索に出ていた兵が集まりだし、側近が今日の分の報告書を片手に表情を明るくした。
「どうだ!?」
「やりました!街の薬草店で有益な情報を入手しました。それに、それらしい女も確認しております」
皆の顔が明るくなる。側近を含めここに居るのは皆、私と付き合いが長いものだ。なんとか、私を救おうと頑張ってくれている。
私に雨乞い師のセシールを紹介した側近のバンだが、セシールがいなくなった同日、奴も姿を消していたらしい。それに、私の新しく入った側近の何人かも。どうやら皆グルだった様だ。私に近づき悪事を働こうなど、本当に許せない。狙いは月宮の宝石だったのだろうか。
「それで、内容は?」
「はい。昨日、街の薬草店で満月葉がないか聞いて回っていたプラチナブロンドの少女がいたそうです」
「そうか!」
「それと、その女性と思しき女性が、殿下の贈られた腕輪を身につけているのを目撃しました」
「間違い無いのか!?」
「はい。国紋が入っているのをしかと見たそうです。間違いありません」
ドロシーだ。間違いない。
あの魔石の腕輪はドロシーの命にも等しいものだ。他の誰かが身に付けるなど、絶対にあり得ないことだ。
しかし、今までは貴族街から貧民街まで居住区で探せるところは全て探した。あいつの性格から絶対にまだ国内にいると確信が持てるものの、全く足取りが掴めないのは不思議だ。どこかで匿われているか、囚われているか……。
(こちらとしては囚われ、酷い目にあっている方が助かるのだがな)
そうすれば、私は雨乞い師を助け出したヒーローとして持て囃され、ドロシーも私に惚れ直すことだろう。
問題はどうやって見つけ出すか、だ。
隠れられてしまっては国中の家を虱潰しに家探しでもするしかないが、貴族の連中は大反対するだろう。
「実は、一つだけ気になることが……」
報告していた側近は気まずそうに私を見る。
「その女性は、リジェのドレスを纏いリジェ大国の上級貴族と共に居たそうです」
「なに!?」
思わず声が上ずる。大国の上級の貴族から取り返すのは実に厄介と言える。
「……そんな。まだ雨乞い師様は我が国に居らっしゃるだろうか」
兵達からそんな声が上がりどきりとする。
「試して、みよう」
あいつをどうにかして誘き出すんだ。