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サロンでのひととき

 私はサロンで本を読む。今日のティータイムの時間に、夜が退屈だと言うと「サロンにある本を読めばいい」と王に言われた。

 日中の暑さとは異なり、日が沈んだ後のサロンは大きく開いた窓からは気持ちの良い風が通る。


 王は大使館にいる間よくここで過ごしていたらしい。私が本を読んでいると、お風呂を済ませてきたであろう王が正面のソファに寝転がった。数日前まで顔を見るだけで恐怖を感じたのに、彼と過ごすことがだんだんと日常になってきていた。


 王は、大使館故に仕事を殆どしていないのもあるが、私との時間を取ってくれている様に感じる。


 この数日で彼と過ごした時間はジョシュア殿下と過ごした何年分の密度に当たるだろうか。思えばジョシュア殿下とはここ数年行事の後で顔を合わすだけだった。それが私にとってどんなに幸せだっただろうか。

 仕事で忙しいのだと思っていたし、城の侍女もそう言っていた。


(でも、サリ国の雨乞い師と会う時間はあったみたい)


 避けられていたんだなぁとしみじみ思う。それでも殿下が好きだったのは、子供の頃から共に育ち、彼と結婚するのだと小さい頃から教えられたからである。私はずっと王宮の奥で育てられ、同じ年の頃の人間は殿下しか知らなかった。


(残虐王と云われる陛下。でも、本当はこんなに優しい)


 私がチラリと王を見ると、目が合った。


「集中出来ないか?」

「え?」

「さっきから本が1ページも進んでいない」


(見られていたのか)


 この人は私をよく見ていると思う。王族だから人をよく観察する癖があるのかも知れない。


「色々考えたいことがあるんです!」


 手元に視線を落とすと、腕輪が目に入った。


「陛下、この細工を直すとどの位お金がかかるのですか?」


 王が私に向けて手を伸ばすので、腕輪を渡す。


 王は寝転びながら腕輪を眺めた。


「これと同等のものを仕立てるなら1億ルガット位だな」

「それってどの位の金額ですか?私でも稼げます?」

「平民の生涯賃金が3000ルガットだと言われている」

「う〜。そうですか」


 ヘリオス国の紋章が入っているので、リジェに行く前に直せたらと思ったが、どうやら私には土台無理な話らしい。

 私が、腕輪を返して貰おうと王に手を伸ばすと王は赤い目で私をじっと見つめる。


「これはジョシュア王子から受け取ったものか?」

「魔石は我が一族に伝わるもので、代々王家に仕える雨乞い師が継いでいるものなんですが……。細工した腕輪を殿下から頂きました」


 私が腕輪に触れようとすると、陛下は急に腕輪を上げ、私の手は宙を掴んだ。


「何するんですか。子供ですか」

「気に入らん」

「そう仰られましても……。兎に角、大事なものですから返してください」


 私は腕輪を取り返そうとするが、王は上下左右に動かし、取り返すことが出来ない。


「陛下……。私で遊んでますね?」

「別に」

「もう」


 私が手を伸ばすと、再び腕輪が大きく上に振り上げられる。


(もう遠慮なんてしないわよ)


 私は片膝をソファに乗せ大きく身を乗り出すが、王は腕輪を自身の顔の方へと逃がす。それを追いかけるように私は体を捻り、腕輪を捕まえた。


(やった……!)


 しかし、私は無理な体勢をしたためバランスを保てず崩れた。腕輪はカランと音を立て床に落ちる。


「きゃ」


 私の落ちた先は王の胸の上だった。湯上りで薄着な為、体温が直接伝わる。


(これ……。どうすれば。笑って流せばいい?陛下もなんで何もリアクションしてくれないの?)


 混乱する頭では碌なセリフが浮かばない。心臓がドクドクと音を立てる。


 どうすれば気まずい雰囲気を回避できるかと脳みそを回転させていると、王の腕が私の肩に触れた。


(え?)


 そして、次の瞬間サロンのドアが開いた。


「ドロシー様、お飲み物お持ちしましたよ。そろそろ休憩を….…へ!?」


 部屋に乱入してきたのはシモンだ。私と王を見て固まっている。


(だめだ。あの顔は絶対誤解している顔!)


「シモン!違うのよ。これは陛下の悪戯で……」


 サッと上半身を起こしたが、王と密着していることに変わりはない。


「はい、はい。悪戯ですね。大丈夫です、大丈夫ですよ」

「ぜ、絶対わかってないわ……」

「あ、お茶ここに置いておきますね。失礼しました」


 そう言い残してシモンは風の様に去っていった。


 彼は大変要らないことをしてくれた。この空気をどうしてくれよう。


「申し訳ありません。失礼しました」


 顔が上気しているのがわかる。

 とても、顔を上げられない。


 王は私の顔をじっと見て満足そうにフンっと鼻で笑った。


「良い」


(なんか機嫌直ったみたい)


 私は落ちた腕輪をはめて、元いたソファに座る。読みかけの本を開くが、さっぱり本のページが進まないのは先程見た王の笑顔が頭から離れないからだ。


「あ、そう言えばリジェに行く前に母に挨拶に行っておきたいのですが」


 つまりはお墓参りである。


「墓は何処にある?」

「街を東に行った丘です」

「いつがいい?」

「ええっと。明日の朝食を食べてすぐでしょうか」

「わかった。時間を空けておく」

「えっ!?まさか、陛下もご一緒に?」

「不都合があるのか?」

「いいえ」


 大国の王を我が一族の墓に連れていくことになるとは夢にも思わなかった。


(お母さん達びっくりするだろうな)


 歴代雨乞い師への墓参りは年に一回、国の行事として行う決まりがある。それでも、王族が参加したことは今までに一度も無かった。


(なんでだろう、めちゃくちゃ嬉しい)


 王族が来るからというよりも、この人が母に会いにきてくれるのが嬉しい。

 私は先程から1ページも進んでいない本で顔を隠す。


(だめだめ、ちゃんと本を読まないと。部屋に戻れって言われちゃうかも)


 私はもっとここにいたかった。それは、王がここに居るからに他ならない。この人のことをもっと知りたいと思った。


 いまいち集中出来ないまま、本を読み進めていく。しかし、しばらくすると互いの衣摺れの音だけが聞こえ、私の意識は本に吸い寄せられていった。

 

 丁度、序章を読み終えた所で、時計の鐘が鳴った。九時を知らせる鐘であった。


「もうこんな時間……」


 明日も早いし、もう寝る準備をしていかなければ。私は本を閉じ、王の方を見ると彼はソファーで眠っていた。


 仮にも王がこんな油断しきった姿を見せても良いのだろうか。


 私は近くに行ってそっとしゃがみ、彼の寝顔をまじまじと見る。人が寝ている姿を見るのは幼い頃以来だ。


(綺麗な顔)


 最初に出会った時も思ったが彼は本当に美しい顔をしている。今は鋭い眼光も無く、まるで幼子のようだ。


(なんかかわいいかも)


 私は彼の艶やかな髪に触れてみた。

 よく手入れがされた髪はさらりと指を抜け、何度でも触ってみたくなる。


 しばらく、そうして遊んでいるうちに、王はゆっくり瞼を開けた。

 私は慌てて髪を弄っていた手を引っ込める。目が合い、その距離の近さに今更ドキドキする。


「もう……いい時間なので、起こそうかと」


(ばれたかな)


 流石に怒られるかもしれない。ヒヤリとしたものを感じる。

 そして、次の瞬間、王は手を伸ばし私の後頭部を掴むと自身の方へ引き寄せた。


(えっ、何?)


 それは一瞬の出来事だった。私の唇に柔らかいものが押し当てられた。王の唇である。


 あまりの衝撃に頭が真っ白になる。暫く彼の感触を感じた後、王はゆっくりと離れた。


「な……なにを?」


 初めての事にどう反応していいかわからない。ただ、死ぬほど恥ずかしい。本当に恥ずかしい。こうして、情けない顔を見せてしまうのも恥ずかしいので、早く平常心を取り戻さなければと思うのに、私の顔は全く言うことを聞いてくれない。


 王は起き上がり、ゆっくり立ち上がる。本を片手に「お返し」と言い意地の悪い表情を見せた。


 それはさっき私が髪を弄った事に対してのことだろう。


「陛下……、さっき起きて……?」


 王はふと笑って、本を棚に投げサロンを退出していった。


 一人残された私はソファのクッションに顔を埋め、声にならない叫びを上げる。


(起きてたなら、なんで直ぐに目を開けないのよぉぉぉ)


 しかも、仕返しがキスなんて。あの王は何を考えているんだろう。


(キスなんて……! キスなんて!)


 どう考えても、あの王は百戦錬磨の猛者だ。それに比べ、私はこの手のことは全くわからない。そんな私でも、あの王が誰それ構わず手を出す様な人間でないことはわかる。


 私は自分の唇に触れる。


「どうして私にキスをしたんですか、陛下」


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