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街に行こう《後編》

引き続きリジェ王視点です。


 薬草の看板がついた薬草店はこの通りにもいくつかあった。一つずつ巡っても30分あればギリギリ足りるだろう。


 目に入った店から順に入っていくが満月葉を置いてない店が殆どだった。あったとしても、一目見た雨乞い師が渋い顔をする様な代物だった。どうやら貴重なその葉は、状態の良いものは薬草師と馴染みのある貴族や薬剤師の方に回ってしまうらしい。


「これで通りにある薬草店は全部回ってしまいましたね」


 シモンが労わるように雨乞い師に声をかける。


「まさか一枚もないとは思わなかったわ」

「先程在庫を見せてもらったお店のものではダメなんですか?」


 アルノーの問いに雨乞い師はしょぼんとする。


「あれは摘んで五年は経っていると思います。ほぼドライリーフですよ」

「そうなのですか。私も図鑑では拝見したことがあるのですが……。見分けるのは難しいものですね」

「そんなに必要なものなら、城に用意しておこう」


 雨乞い師はしょぼくれた顔をして「ありがとうございます」と言った。やはり直ぐに欲しいらしい。


 来た道を引き返していると、前を歩いていた雨乞い師にぶつかった。

 視線を追いかけると、其処にはフルーツサンドの店があった。


「食べたいのか?」

「お茶の時にタルトも食べましたし」


 言葉とは裏腹に、視線はサンドイッチに釘付けだ。


「食べるか?」


 言い方を変えれば雨乞い師は目を輝かせた。


「いいんですか?」

「私も人混みで疲れた」


 別にそんな事はないが、雨乞い師が嬉しそうなので、サンドイッチくらい構わないと思った。


 平民の行列が出来ていたが、そんなものには並んでいられない。アルノーを行かせ、個室を用意してもらう。


 貴族も来るのだろう、直ぐに貴人用に整えられた個室のガーデンに案内された。


 雨乞い師と2人で席に着き、アルノーとシモンは扉の前に立つ。


「ここのフルーツサンド、とっても有名で美味しいんですよ。ジョシュア殿下がお好きでよく城でも食べたのですが」


 サンドイッチを手に取り嬉しそうに話していた雨乞い師は其処で、はたと言葉に詰まった。

 

 ジョシュア王子の事を話す雨乞い師は見ていてイライラする。それを敏感に感じ取ったのだ。


(自分を追放した男をまだ想っているのか?)


 アルノーとシモンがあわあわし出す。


「ごめんなさい。何か気に障ったのなら謝ります」


 雨乞い師はしゅんとしている。以前なら真っ青になっていたはずだ。私が殺さないと言ったから……。私を信用しているのだろうか。


「……続きを言ってみろ」


 雨乞い師はおずおずと言葉を繋げる。


「店舗限定で販売されているフルーツサンドがあるんです。この国の特産のイチジクなのですが、一度食べてみたくって。だから、アレクシス様と来られて良かったです」


 雨乞い師はふわりと微笑んだ。


「お前の笑顔は悪くない。ずっと笑っていろ」

「ずっとは無理ですよ」


 雨乞い師はふふっと笑った。


(あぁ、私はあの舞を見た時からこの女とこうして話してみたかったのかもしれない)


 雨乞い師の表情一つ一つに目が離せない。そして、初めて舞を見た時、雨乞い師がジョシュア王子に向けた顔を思い出す。


 どうしたら、あの顔を私に向けられるだろうか。


 雨乞い師はもう手に入ったのに、次々に欲望は生まれる。私は一体この女に何を求めているのだろう。



 フルーツサンドを食べ終わり裏口から外に出ると、そこは裏路地となっていた。貴族が通るために整備されているので、大通りに向かう道は綺麗に整備されていたが、分岐した路地の奥の方は薄汚れていた。


「あ、あれ!」


 雨乞い師が指差す薄汚れた奥の道には一軒の店があった。看板には薬草のマークが書かれている。


「お願いします。最後にあの店に寄らせて下さい」


 もう四半刻はとうに過ぎている。


 私が何も答えずにいると、アルノーが「良いそうですよ」と勝手に解釈して答えた。


 雨乞い師は表情を明るくしてアルノーにお礼を言った。


(何故アルノーに言うんだ)


 納得いかぬまま、雨乞い師は先を歩く。


「待て」


 私は咄嗟に襟首を掴んだ。


「きゃっ」

「勝手に先を歩くな」

「でも、店はすぐ目の前ですよ?」

「また突然破落戸でも湧いて出たらどうする」

「今度はシモンがいるじゃないですか」

「だめだ。私から離れるな」


 アルノーがつつっと寄ってきて「過保護過ぎやしませんか」とのたまう。

 過保護なものか。雨乞い師に隙が多いだけだ。

 

 店の中に入ると、今までの薬草店よりずっと多くの薬草が並んでいた。客は一人としておらず、私達の貸切状態だ。古めかしい店で、老人の店主がカウンターにいた。

 店内は薄暗く、唯一光が注いでいるカウンター席で、老人は新聞を読んでいた。一度こちらを見ただけで、老人は視線を新聞へと戻す。


「こんにちは、お爺さん。満月葉はありますか?」


 老人は、顔も上げず一言、「ない」と言った。


 雨乞い師はガックリ肩を落とす。


「う〜。念の為1枚は持っておきたかったんだけどなぁ。雨を呼ぶのは暫く我慢ね」


 項垂れる雨乞い師の言葉に老人は、顔を上げた。


「雨を……呼ぶ?そういえば、お嬢ちゃん満月葉が欲しいといったな」


 雨乞い師はギクリと肩を震わした。


「嬢ちゃん、どうか顔を見せてくれんか」

「行くぞ」

「頼む!何だったら満月葉を譲ってもいい!」


 さっきは無いと言ったくせに。どの口が言うか。

 老人の対応に冷ややかな視線を送り、店を出ようとした時、雨乞い師が後ろにいない事に気がついた。


 雨乞い師は、満月葉に釣られて老人の方にふらふらと寄っていく。

 くそ、なんと面倒な。騒ぎを起こされるくらいなら古びた店の店主など斬って仕舞えばいい。剣を抜こうとしたが、アルノーに止められる。


「止めるな」

「少しお待ちください。老人の様子がおかしいです。もう少し見守りましょう」


 私は直ぐに老人を始末できる距離まで近づく。


「おお。貴女様は間違いなく雨乞い師様。ご無事でございましたか」


 ヘッドドレスを取ったドロシーの顔を見た老人は涙していた。


「おじいさん?」


 老人は持っていた新聞を雨乞い師に差し出した。一面には、雨乞い師が居なくなった為大規模な捜索隊が組まれることが記してあった。


「な、何これ。どう言う事?殿下が追い出したのに」

「雨乞い師様が危険な目に遭っているかと思うと気が気ではありませんでした。今までどちらに?」


 雨乞い師に皆の視線が集まる。

 雨乞い師が大使館のことを言ったり、城に戻ると騒いだりすればこの老人を間違いなく処理する必要が出てくる。


「ごめんなさい。それは言えないわ。それにここに書いてあることは本当のことじゃ無いの。心配してくれてありがとう」

「勿体のうお言葉でございます。先代様の舞から見続けておりましたが、まさか言葉を交わせる日が来るとは……」


 それは私も同じだった。この女の舞は思っているよりも多くの者の心を掴んでいるようだ。


「どうか、私がここにいたことは秘密にして欲しいの。お願いできないかしら」

「今まで私達に雨を恵んで下さっている雨乞い師様をどうして裏切れましょうか。何か事情がおありなのでしょう。秘密は死んでもお守りいたします」


 老人は頭を下げ満月葉を3枚取り出した。


「私が協力出来るのはこれくらいです。どうぞお持ちください」

「わ。すごく良質な物だわ!有難う」

「こちらこそ、ヘリオス国の癒しの女神。どうかこれからも貴女に幸あらんことを」


 アルノーが代金を払いに行ったが結局老人は頑として受け取らなかった。老人は雨乞い師の役に立てたと顔を綻ばせて喜んでいる。この老人は雨乞い師を相当敬っているようだ。


 私は剣から手を離した。


 そんな老人や私達の様子にも気が付かず、雨乞い師は子供のように私に満月葉を見せにくる。


「良かったな」


 私がポツリとそう言うと雨乞い師は「はい」と嬉しそうに返事をした。





 目標を達成した雨乞い師と共に、帰路に就く。いきなり、声を掛けられたのは馬車に乗り込む時だった。


 雨乞い師を先に馬車に入れ、自身も乗り込もうとした際、息を切らした若い男が、駆け寄ってきた。それなりに立派な制服を着ていることから、一般兵ではない事がわかった。


「先程の……、女性の……、腕輪を見せて、頂きたい」


 余程慌てて走ってきたのだろう、肩で息をしながら男は言った。


「私は忙しい」


 それだけ言って乗り込もうとした所、腕を掴まれた。


「お願い致します。……私の知人が持っていたものに酷似しているのです」


(しつこい奴だ)


 私は何をするでも無くただ睨みつけた。すると、蛇に睨まれた蛙のように男は固まった。


「その手を今すぐ離しなさい無礼ですよ。それとも、これがヘリオス国のマナーなのでしょうか」


 アルノーが、冷たい笑みを浮かべて男の手を払った。ヘリオス国の兵士が大国の上級貴族ーー本当は王族なのだがーーに意見をする事は本来ならあり得ない事だ。


「……申し訳ございませんでした」


 男は顔を歪ませて、謝罪する。

 私は男を無視し、馬車に乗り込む。


「どうかされましたか?」


 椅子に腰掛けると、雨乞い師は心配そうに私に話しかけた。


「なんでもない」


 私は端的に答えた。

 次にアルノーが馬車に乗り込み、人違いだった様ですと笑顔で言いのけた。


 しかし、あの男。まさか腕輪を見ただけで、雨乞い師だと気付いたのだろうか。それならば、あの男は雨乞い師に近い男だったのかもしれない。


(早く瓜の日のパーティなど終わってしまえばいい)


 雨乞い師がいない今、あのパーティにはなんの意味もないが、一度出した出席の返事を取り消すわけにはいかない。大国の王が急に欠席すれば、それが国の意志となる。即ち、ヘリオス国とは付き合う気がない、と言っているようなものなのだ。


(面倒な)


 動き出した馬車の中で、私は窓の外の景色を眺めた。


(もし、雨乞い師が城に戻ると言ったら私はどうするだろうか)


 私の潜考を他所に、雨乞い師は貰った葉を眺めにこにこと解説を始めた。如何にこの葉が優れていて、大通りで見た葉のどこがダメだったのかを熱弁する。

 興味もなかったので、よくもまぁそんなに細かいことをと上の空でいると、向かいに座っていた雨乞い師は私の横にストンと座った。



「陛下!ちゃんと聞いてらっしゃいますか?」


 私の隣にいたアルノーは速やかに向かいに座っているシモンの隣へ移動する。


「私には必要のない知識だ」

「そうかもしれませんけど!知識を得るのは楽しくありませんか?」

「……」

「なんですか、その呆れた目は」


 距離が近い。

 雨乞い師はこの外出で大分私の表情が読めるようになったようだ。


 その時、ガタンと馬車が揺れ雨乞い師がこちらに倒れてきた。


「わわ」


 私は抱きしめる。雨乞い師からは甘い香りがした。先程のフルーツサンドのせいだろうか。

 雨乞い師は柔らかく私が腕に力を入れたら圧死してしまうのではと思う程か細い。


 どうしようもない動悸が襲い、雨乞い師を慌てて離した。


「ありがとうございます」


 ふにゃと笑う雨乞い師に、私は舌打ちをする。自分ばかり意識しているようで気に入らない。この呑気な顔を今すぐ乱してやりたいと思った。


 ガタンともう一度馬車が揺れる。

 悪路でぐらぐら体を揺らす雨乞い師が気になって仕方がない。


「ちゃんと掴まっていろ」

「はい」


 そう言って雨乞い師は私の袖を掴んだ。


「……何を、している?」

「えっ?だって掴まっていろって……」


 私が眉根を寄せたまま固まっていると、アルノーが吹き出した。

 私は睨むが、アルノーは笑いを堪え過ぎて涙目になっている。


「申し訳ありません、陛下。あまりにもやり取りが初々し……いえ、新鮮なもので」


 これからはこいつは置いていこう。なにやら鬱陶しくて仕方ない。

 雨乞い師は不思議そうにアルノーを見ている。


「あ、そう言えば。先程の新聞……。王族がなぜ今更私を探しているのでしょうか?」


 偽の雨乞い師と何かあったからだろう、と予想がついた。しかし、ヘリオス国に他に雨乞い師がいないと知ればこの女はきっと城へ戻ると言うだろう。


「さぁな。お前はここにいるのだろう?」

「はい。他の雨乞い師様がいるのに、今更戻れと言われても私も納得しかねますし」


 戻る気は無いという意思に安堵する一方で、他の雨乞い師など存在しないという重要な話を話さないことに幾ばくかの罪悪感を覚える。


 今まで欲しいものは手段を選ばず、勝ち取ってきた。それなのに、こんな小さな嘘が胸に引っかかるのは何故だろうか。


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