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追放

「今日も見事な舞だった、ドロシー」

「ありがとうございます、陛下」


 私は舞台を降り、久々に顔を合わせたサウザー陛下に礼をする。私の頭上にある円状の飾りが、蝋燭の灯りでキラリと光り、そこから伸びる水色の長いベールは、足元まである。ベールの両端は、両手にはまっている中指の指輪と繋がっており、普通のベールとは少し違う作りになっている。これが舞う為の衣装だということは、この国の者は一目で分かるだろう。無数の宝飾品を身につけている反面、ドレスは至ってシンプルな薄手の白いものだ。これが私の仕事着であり、普段着でもある。


「そうかしこまらなくてもよい、お前と私の仲ではないか。瓜の日に行われるパーティーでも、その舞を皆の前で披露しておくれ」

「かしこまりました」


 初老にさしかかった陛下はそう言って、目尻にある皺を深め優しい笑みを浮かべると騎士を引き連れて出口へと向かう。私はそれを頭を下げ見送った。

 陛下が退出したのを確認し、天井を仰ぎ見る。見上げるほど高い天井はガラス張りになっており、空の天気を伺い知ることが出来るようになっていた。今は黒く厚い雨雲が空いっぱいに広がり、雨粒が強くガラス叩きつけ始めている。


「今日もいい調子」


 満足気に独言(ひとりごち)ると舞台袖で待っていた私の侍女、メアリーがキラキラした目を浮かべて待っていた。


「お疲れ様でした、ドロシー様。今日も

素晴らしい雨乞いの舞でした。メアリーはドロシー様にお仕えできてなんと幸せなことか」

「大袈裟よ。メアリー」


 私が苦笑すると、メアリーは「そんなことありません!」と鼻息を荒くした。


 私、ドロシー・レイナーは16歳にして、このヘリオス王国の筆頭雨乞い師である。


 太陽と平地に恵まれたこの小国は、大国に挟まれていた為、重要な貿易地点となっていたが、雨の降らない国であった。

 この国の歴史は数百年と浅く、商人の休憩地であったこの場所が国にまで発展したのは、人をまとめる力があった現王族の存在、水をもたらす雨乞いの一族の協力、安全に貿易が行えるようになるという利点から隣国の力添えを得ることができたからである。商人達から興ったこの国には王族こそいても、貴族は殆どおらず、国民は皆商売に励み暮らしていた。


 私は代々王に仕える雨乞い師の家系に生まれ、そしてその能力を受け継いでいる。傍系故、貴族の位はもっていないが、そんなものに興味はなかった。私にとって重要なことは、この能力を色々試し、舞を舞うことだけだ。


 私の役職は王宮『筆頭』雨乞い師となっているが、現在私以外にこの能力が使える者はいない。雨乞いの力は女系の者にしか遺伝せず、幼い頃母親が死んだ時、私はこの国唯一の雨乞い師となった。昔は数える程いた雨乞い師も私一人となり、語り合う仲間がいないことは寂しい限りである。



「無くてはならない雨乞い師様ですもの。それに瓜の日のパーティーで、婚約者であらせられる王太子様が結婚を発表なされれば、いよいよ王太子妃様はドロシー様に決まったようなものです。あぁ、なんと楽しみなことでしょう」


 雨を呼べる者が居なくては国が枯れてしまうのは時間の問題だ。

 父がいない私は、母が亡くなってから、雨乞い師という貴重な存在として王宮で手厚く保護されることとなった。それと同時に、王太子殿下との婚約が決まり、今度の瓜の日に結婚発表をする予定となっていた。


「パーティーでは支度を手伝ってね」

「勿論でございます!ドロシー様は普段でもこんなにお美しいのですもの。お化粧も、ドレスも、私にどうかお任せ下さい」

「ドレスはこの舞服でいいわ。パーティーでも舞を披露する予定になっているの」

「まぁ。流石、ドロシー様です。当日が待ち遠しいですわ」

「ええ。最高の日にしたいわ。社交界に出るのはとても緊張するけれど」

「ドロシー様なら大丈夫です。それに何があろうと陛下がお守りくださいますよ」


 私は今までパーティーを含め社交界に出ることを禁止されていたが、結婚すればそれも解禁される。普段の暮らしも禁止事項は多くあったが、特に不便に感じることはなかった。それどころか、私の仕事といえば、月に数度こうして雨乞いをする他、大きなパーティーなどで余興として雨乞いの舞をするだけだ。これほど幸せなことはない。私が未成年のため、叙爵されなかったが、暮らしは王族と同等のものを与えられた。これも、(ひとえ)にサウザー陛下に娘の様に可愛がって貰っているからに他ならない。


 城の者達にも花よ蝶よと愛され、大好きな舞の練習を思う存分し、何一つ不自由なく暮らしていた。ただ、1つの悩みを除いては……。





「そろそろ行きましょうか」


 ほうっと雨音に耳をすませているメアリーに声をかけ、宮に帰ろうと促す。私は必要以上に自分の宮から外に出ることを禁止されていた。メアリーと廊下を歩いていると、前から金髪の男性が歩いてくるのが見えた。


「ジョシュア様!」


 私は愛しい婚約者に駆け寄る。ジョシュア・ヘリオス殿下。彼こそがこの国の王太子である。私を視界にいれた瞬間、彼の眉がピクリと動いたが、それには気づかない振りをする。


「お久しぶりです。お健やかにお過ごしだったでしょうか」


 ジョシュア殿下と顔を合わせたのは一月ぶりだった。思いも寄らぬ鉢合わせに私の胸は踊る。


「あぁ。話はまた今度。私は忙しいのでな」


 殿下は、私と目を合わすこともなく立ち去ろうとする。「また今度」そう言われること数年、殿下は私との時間を取ってくれたことはない。いくら王宮広しといっても、ほとんど顔を合わすことなく、また私の宮に訪れることもない。彼が私の事をどう思っているかは、察するに余りある。

 しかし、ここで落胆していては彼の心を開くことは出来ないだろう。


「殿下、お待ち下さい。瓜の日のパーティーについて少しお話しませんか?」


 私は勇気を出し、ジョシュア殿下の腕を掴んだ。


 すると、彼からふわりと、杏の香りがした。今は時期でないその香りに、疑問が口をつく。


「杏の……、香り?」


 女性物の香水の様だ。甘ったるい香り。嫌な感覚が胸をぞわりとさせる。ジョシュア殿下はハッとしたように、私の手を乱暴に振り払い睨みつける。


「おい、誰が私に触れても良いと言った! 不愉快だ、離せ」

「も、申し訳ございません」

「私は忙しいと言ったはずだ。無用な時間を取らせるな!」


 ジョシュア殿下はフンっと鼻を鳴らし、歩きを早め去っていった。


 それを私は恭しく見送る。婚約者の笑った顔を見たのはいつのことだったか。ジョシュア殿下とは兄妹の様に幼い頃から共に過ごしてきた。父は居らず、母は急死し、突然ひとりぼっちにされた私に優しくして下さった殿下を好きになるのは当然のことだった。


(あの頃はあんなに優しかったのに……)


 今では、言葉を交わせば大体こうして邪険にされてしまう。これだけが如何ともしがたい私の悩みだった。


(結婚すれば、きっと殿下ももっと私のことを見てくださる)


 そう信じるしかなかった。


「大丈夫です、ドロシー様。殿下は少し機嫌が悪かったのですよ」


 メアリーがそうフォローしてくれるが、そうではないことを私は理解していた。


「ありがとう。早く私の宮に戻りましょうか」



 それから3週間後。


 私が昼食を終え自分の宮で寛いでいると、メアリーは嬉しそうに私の元にやって来た。


「ドロシー様、殿下がお呼びです。自分の部屋に急ぎ来て欲しいと!」

「まぁっ!」


 私は驚き、手に持っていたカップを慌てて、ソーサーに下ろす。


「こんな風にジョシュア殿下が呼び出して下さるなんて」

「直ぐにお化粧直しをしましょう」


 メアリーもうきうきと、化粧道具を取り出した。


(もうすぐ結婚するんだもの。きっと殿下も私との関係を良いものに変えようとして下さってるんだわ)


 嬉しくて嬉しくて、殿下に早く会いたいとの気持ちばかりがはやる。「まだ終わらないの?」「もう暫しお待ちください」との会話を数回繰り返した後、私はジョシュア殿下の部屋へと急いだ。


 メアリーが殿下の部屋をノックし、入室の許可が下りると扉が開く。そして私の目に映ったものは、殿下と、彼にぴったりと寄り添う赤い髪の美女だった。


 彼女から、香る杏の匂いにくらりと目眩がする。


「御機嫌よう、殿下。この度はお呼び頂き嬉しく存じます」


 私は礼をして、2人を視界から外す。ジョシュア殿下は私を遠ざけていても、隣に女性を置いたことは無かった。ドクドク、と嫌な予感に心臓が脈打つ。


「あぁ、きたか」


 殿下は嘲笑と共に、私を見る。


「手短に話そう。ドロシー・レイナー。只今を持ってお前を王宮筆頭雨乞い師の位を剥奪する。それに伴い私との婚約破棄を宣言する」


 ジョシュア殿下はそう言って私の目の前で婚約書を破り捨てた。

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