映画の講評
ショッピングデート編第2話
まず、前提条件を確認しなければならない。
今回俺がこうして日曜日を潰してまで隣の席のお転婆美少女、笠野葵と行くことになった買い物の目的は何だったか。
そう、俺は妹の奏に、笠野は彼氏であるクラス1のイケメン晴野司に、誕生日プレゼントを買う、ということだ。
......だというのに。
「なぁ。何で俺らは映画を見ることになってんだ?」
俺の当たり前の問いに右隣に座る女が答える。
「ほほひょひはひふふほはふほふはふふはひほふぁ(この世には理由のある物の方が少ないのさ)」
「バカが哲学的なこと言ってもばかみたいに聞こえるだけだぞ。あと、口に物入れて喋んな」
今、俺たちはショッピングモールの一角にある映画館で席に座って映画が始まるのを待っている状態だ。
どうして映画館に来ているかは本当に謎だが、経緯を簡単に説明するとこうだ。
『まずはどこに行こうか雨宮君?』
『何を買うのかによらないか? 晴野に何を買うつもりなんだ?』
『うーん、何がいいかな、あ』
『ん? なんかいい店でも見つけたか?』
『うん!! とってもいいとこ見つけたよ!! じゃあ行きましょう!!』
と、いうわけだ。
......うん。いやまあどこに行くのか確認しなかった俺も悪いよ? いやでもまさかあの流れで映画館に行くとは思わないじゃん? そもそもショッピングモールに映画館があるなんて知らなかったしさ。
うん。俺は悪くない。全部このバカが悪い。
「ひふぁふぁんふぁふぁふふひひゅっふぁ(今なんか悪口言った)?」
「言ってはねえよ。てか物食べながら喋んなつってんだろうが。なんか飛んできたぞ!?」
まったく野生の中に生きている奴は恐ろしい。嫌味を頭に思い浮かべただけで察知しやがった。
ちなみにさっきからその件の野獣、笠野はリスのように口いっぱいにポップコーンを頬張っている。
「んっ、ごくっ。まぁそんなカリカリせずに。せっかく来たんだから楽しまなきゃ損だよ」
「誰のせいだと思って」
「あ、もう映画始まるよ!!」
「あ、おいぐおっ!!」
誤魔化すように笠野はポップコーンを俺の口に放り込んできやがった。大量に。
◇◆◇◆◇◆◇
「いやー、感動したねー!!」
上映終了後、映画館を出た直後、笠野は座って凝ってしまった筋肉をほぐすように両腕を真上手と伸ばし、そんな感想を述べた。
俺たちが見た映画は今流行りの恋愛ドラマ映画。笠野と同じなのは癪だが、確かに面白かった。ストーリーもそうだが、役者さんたちの演技も圧巻な物で、つい物語に入り込んでしまった。
そう、確かに面白かったのだが肝心の山場とも言える主人公の女子高生が意中の相手に想いを伝える場面。俺はこのシーンを冷静に見ることができなかった。原因はもちろん隣のやつだ。
そのシーンで思わず力んだのか何か知らんが俺の手をギュッと掴んできやがったのだ。もちろん振り払おうとしたのだが、とてつもない力で握っていたため、それは不可能だった。そして、そんな怪力で握られ続けた俺の手はもう何も力が入らないくらいに戦闘不能状態である。
決して手を握られたことにドキドキして集中できなかったわけではない。まあ手が使い物にならなくなるかもしれないと言う点ではドキドキしたが。
「いや、でも最後無事あの2人が付き合えて良かったよねー」
「そうだな。まあでも俺はてっきり主人公は幼馴染みの男子が好きなのかと思ってたけどな。まさかあんなにいがみ合ってたクラスメイトの男子のことが好きだったとは」
「えー、何言ってんの? 明らかに好きだったでしょ? あー、ダメだね雨宮君は。全然女心っていうのを分かってない。たとえ口ではどれだけ嫌味を言ってたとしても本心ではそうだとは限らないんだよ女の子は」
「うへー、めんどくせえな。ますます人付き合いが嫌になるわ」
「ほんと雨宮君て社交性ゼロだよね」
「はいはいすみませんね協調性ゼロの日陰者で。彼氏持ちのクラス1の人気者とは違うんですよ。って、そういや晴野とは幼馴染みだったけ?」
「ん? そうだよ? それがどうかした?」
「いやそれなら尚更主人公は幼馴染みのことが好きだって思わねえか? 実際自分もそうなんだし」
「んー、主人公と私は別人なんだし考えは別なのは当たり前じゃない?」
「そういうもんか」
「そういうもんだよ。それに」
ふと、笠野は俺の方を向く。そして、
「いがみ合えるクラスメイトってのも意外と悪くないもんだよ? ね?」
うざったるいほど満面の笑顔でそう言った。
「......そういうもんか」
なんてことないようにぶっきらぼうに俺はそう答えた。
ただ映画についての感想を笠野は言っただけだ。そのはずなのだけれど。
どうしてか俺は笠野の顔をその時はちゃんと見れなかった。
「私はお兄ちゃん一択なのです」