紹介します、こちらが俺の彼女です
日曜日、学生や大抵の社会人にとっては週に2日しかない貴重な休日。そして、学生にとっては1週間学んだことの確認作業をし、次の週の勉強へと繋げる大事な日。だというのに、なぜ俺はこんな朝早くからこんなところに来ているのか。
「ごめん、待った?」
最寄りの駅からここまで走って来たのであろう、我がクラス1の美少女、笠野葵は切らした息を整えながら先にショッピングモール前に着いていた俺にそう問いかける。
俺は30分前から待っていた。だが、俺は優しい。だから、さも全く待っていないような雰囲気でこう答えるのだ。
「イヤ、イマキタトコロダヨ」
「めっちゃ棒読みじゃん!!」
いやだって、俺は早くもなく遅くもない集合時間の5分前にここに来ていた。だというのに、この笠野葵とかいう馬鹿野郎は、あろうことか集合時刻から25分も遅れてやって来やがった。いや、正確には26分32秒だ。
ただ、俺が今少々、いやかなり苛立っている最も大きな原因はそこじゃない。
「このやりとりを2回もさせられるこっちの身にもなれや」
そう、実はもうすでに笠野とは5分前に顔を合わせた。だから、正確には今は集合時刻から30分ほど過ぎている。
笠野がやって来てさっきと同じ「ごめん、待った?」というセリフを発した後、何が気に食わなかったのか、やり直しを提案しやがったのだ。
「だって雨宮君が『30分待った。だから今日お前は俺と30メートル離れて歩け』とか言うからでしょ!?」
それの何が悪いんだ?
「それの何が悪いんだ?みたいな顔しないでくれる? ちょー悪いからね? 私の乙女な心ズタズタなんだからね?」
「さらっとエスパー能力発揮しないでもらえます? ていうかお前に乙女心なんてあったのか? なんなら一番遠い存在じゃねえか?」
「な、なんてこと言うんだ雨宮君!! 酷い酷すぎる!! 見損なったよ!! 敵だ敵だ全乙女の敵だ!!」
「うるせえ、こんな人通り多いとこで叫ぶんじゃねえよ」
「雨宮君が私を怒らせるようなこと言うからでしょ? まったく、こんなことでは今日は先が思いやられるよ」
「それには俺も同意見だ。ということで、この先の災難を予測した結果、この場で解散することが最善という結果に落ち着きました。はいさようなら」
そう遺して俺は帰路へと着、
「何さらっと帰ろうしてんだいあんぽんたん!」
く前に襟首をグッと掴まれた。笠野のあんぽんたんに。
「あのねぇ。このデートは雨宮君が誘ったことから始まってるんだよ? なんでその本人が真っ先に帰ろうとしてるの? ん? いやまさかそういう文句で私を家に連れて行こうとしてる? ごめんなさい気持ちは嬉しいのだけど私には家で待ってる夫が」
「はいそれじゃあショッピングにゴー」
とんだ妄想癖のある馬鹿はほっといて俺は目の前のショッピングモールへと向かった。
「ちょっ!? 待ってよ雨宮君!!」
後ろでは犬が吠えている。バウワウ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「置いていくなんて酷くないですかぁ?」
笠野は俺に並んで歩きながらジト目を向けてくる。
「何言ってるんだ、エスコートだよエスコート」
「エスコートって知ってます? 付き添うって意味なんですよ? あなたの場合あれは付き添ってるのではなく、突き放してるんですよ?」
「あなたこそエスコートに護衛するって意味合いがあることを知らないんですか? 俺は常に護衛対象が進む30メートル先の安全を確認してたんですよ?」
「そんなことする必要ないでしょ!? 私は命でも狙われてるん、です、か!?」
鬼の形相で俺の顔に自分の顔を近づけてくる笠野。
「イケメン彼氏のおかげで常に女の嫉妬を買ってる奴が何言ってんですかね?」
そう、こいつにはクラス1のイケメンの彼氏、晴野司がいる。
「そんなことで命狙われるわけないでしょ!?」
「おいおい女の嫉妬ほど怖いものはないぜい。......多分」
「恋愛経験ゼロの人が何言ってるんですかね?」
「ふ、俺にだって彼女がいるさ」
そう、俺には愛すべき女性がいるのだ。あ、妹じゃないぞ? あいつは檻に閉じ込めるべき魔物だ。
「え? 彼女いるの?」
「お、おう」
さっきまでのお調子者な雰囲気はどこへやら。突然ヒュー、と冷たい風の音が聞こえるくらいの無表情になった笠野。
「じょ、冗談だよね? 雨宮君に彼女なんてありえないよ、ありえないアリエナイありえないアイシテルありえないありえないアリエナイアリエナイありえないありえない」
「ひぇ」
え? 何? すごく怖いんだが。突然笠野がヒステリックを起こし始めた。思わず変な声出た。
「ありえないありえないありえないあがらないありえないありえない」
今、さらっと滝の名前言わなかったか? ってかこれは止めないとまずい。
「おい!! 落ち着け!!」
そう呼びかけて俺は笠野の肩を揺する。
「あ。笠野君?」
「落ち着け、俺は雨宮緑。そんで、お前は笠野葵だ」
「雨宮葵?」
「違う。うるさい妹はもう供給過多だ」
これは重症だ。やむを得ん。えいっ。
「いっ!?」
秘技、デコピン。
笠野は呻き声を上げて額を抑える。
「正気になったか?」
「え? 雨宮君?」
「そうです雨宮君です」
「どうしたの?」
「いやどうしたのって、そりゃこっちのセリフだ。俺が彼女がいるって途端、取り乱しやがって」
「あ、雨宮君に彼女、そうだよね。おかしくないよね」
「そう素直に肯定されるのも困り物だな」
「いやいやおかしくないよ雨宮君だもんね。それより、今日私と2人で出掛けてるけど彼女さんは大丈夫なの?」
それは俺のセリフでもあるのだが。というか俺はまったく問題ない。だって、
「ああ、エイコなら連れて来てるから大丈夫だ」
「エイコさんっていうんだ、って、は?」
「ん?」
「連れて来てるって、え、彼女を?」
「ああ。なんなら見るか?」
「え、見るって何」
俺は背負っていたリュックを前に持って来て鞄から俺の大切な存在を出した。
「紹介しよう。こちらが俺の大切な彼女、英子だ」
「え? 本?」
「ただの本じゃあない。英語単語帳だ。愛称は英子。どうだ、素敵だろ?」
なんとこいつには英単語が1000も載っているのだ。そんな学生にとって女神のような存在。そして、俺にとって大事な彼女と呼ぶべき存在。
「......」
シュッ。
「グハッ!!」
なぜか腹に凄まじい右ストレートを喰らった。っていく今一瞬右腕消えてたよな。人間の技じゃねえ。
「はぁ。心配して損した。まったく雨宮君は変わらず雨宮君だね。そんなんじゃきっと彼女ができるなんて夢のまた夢だよ。それと」
パシュッ。
「っ!?」
突然、体内からあらゆる物が出てくるのを抑えていた俺の手から大切な彼女の存在が消えた。
「これ、今日一日没収だから。女の子とのデートで英単語帳を持ってくるとかあり得ないから」
「な!? 返せ!! 英子を返せ!!」
「ダメです。今日は英子ではなく葵を見ていてください」
「そんなもの見たところで何の意味が、グハッ!!」
再びの右ストレート。やばい胃が出る。
「よーし、それじゃあまずどこ行こうか?」
トイレット。
感想ありがとうございます!!
嬉し過ぎて体内の物全部出かけました。
レストルーム。